資源・エネルギー漂流する原子力政策

東電が柏崎刈羽を完全売却すれば「電力自由化」も「温暖化対策」も確実に進む“リアルなシナリオ”

新潟県の東京電力柏崎刈羽原発=2017年9月、本社ヘリから西本勝撮影
新潟県の東京電力柏崎刈羽原発=2017年9月、本社ヘリから西本勝撮影

 東京電力柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)で侵入者を検知するテロ対策設備に重大な不備が見つかった問題で、原子力規制委員会は3月24日東電に核燃料の移動を禁じる是正措置命令を出す方針を決めた。長期間にわたり第三者が不正に原発内に侵入できる可能性があったことを重く見た。昨年9月に所員が他人のIDカードで中央制御室に不正進入した問題も併せて、規制委は「東電に原発を運転する資格も資質もない」という烙印を押し、再稼働を禁じたということだ。結論を先にいえば、東電は柏崎刈羽原発を完全売却し、これを賠償費用に充てるべきだ。柏崎刈羽を東電が保有している限り、福島原発事故からの復興も賠償も除染も進まず、そして電力自由化や温暖化対策にも支障をきたすからだ。

「東電には原発を運転する資格なし」規制委の更田豊志委員長

 柏崎刈羽原発では、2020年3月以降、監視カメラやセキュリティゲートなどの核物質防護施設が15ヵ所にわたって故障し、敷地内への侵入者を検知することができなくなっていた。東電は代替措置を講じたとしてきたが、原子力規制庁の抜き打ち検査によって、それらも不十分であることが判明した。

 このため、原子力規制委員会は、すでに3月16日の時点で柏崎刈羽原発に関し、核物質防護にかかわる4段階評価のうち最悪の「赤」に当たるとの暫定評価を下していた。

 この結果、原子力規制委員会の許可を得ていた柏崎刈羽原発6・7号機の再稼動は、事実上「凍結」されることになった。

状況確認のため原発構内に向かう県職員たち=新潟県刈羽村の東京電力柏崎刈羽原発ビジターズハウスで2021年3月22日、内藤陽撮影
状況確認のため原発構内に向かう県職員たち=新潟県刈羽村の東京電力柏崎刈羽原発ビジターズハウスで2021年3月22日、内藤陽撮影

東電の出発点は再稼働でなく福島復興である

 しかし、問題の本質はもっと深いところにある。

 われわれが直視しなければならないのは、そもそも、東電を事業主体としたままでの柏崎刈羽原発の再稼動は不可能であり、東電の手を離れなければ柏崎刈羽原発が動くことはないという冷厳な事実である。

 つまり、今回の不祥事がなかったとしても、東電の手による柏崎刈羽原発再稼働はありえなかったと言える。

 東電のあり方を論じるにあたっては、福島第一原発事故の事後処理と事故の被災地である福島の復興から出発すべきである。

廃炉作業が続く東京電力福島第1原発
廃炉作業が続く東京電力福島第1原発

廃炉・賠償・除染の21兆円はどう捻出するのか

 福島事故の事後費用は、廃炉・賠償・除染費用の合計で、少なくとも21兆5,000億円に達するとされている。事故を起こした東京電力が支払える金額をはるかに超えており、電気料金への組み入れ等を通じて、やがて国民が負担することになるのは避けられない。そうしなければ、福島復興はありえないからである。

柏崎刈羽原発の完全売却

 しかし、ものごとには順番がある。まずは東電自身が徹底的なリストラを遂行することが重要で、そのあとで初めて、国民負担は行われるべきである。

 東電の徹底的なリストラとは、柏崎刈羽原子力発電所の完全売却にほかならない。その売却で得た資金は、全額、福島第一原発の廃炉費用に充当すべきである。「福島への責任」のとり方として、第一義的に東電が実行すべきなのは、柏崎刈羽原発の完全売却なのだ。

一連の失態を謝罪する東電の小早川社長(左上モニターの右側)と橘田昌哉・新潟本社代表(右から2人目)=新潟県刈羽村の柏崎刈羽原発ビジターズハウスで2021年3月18日、井口彩撮影
一連の失態を謝罪する東電の小早川社長(左上モニターの右側)と橘田昌哉・新潟本社代表(右から2人目)=新潟県刈羽村の柏崎刈羽原発ビジターズハウスで2021年3月18日、井口彩撮影

東電による再稼働の可能性は皆無

 巨額の国民負担が生じるにもかかわらず、事故を起こした当事者である東電が、たとえ他社と連携する形をとったとしても、柏崎刈羽原発を再稼働し、原子力発電事業を継続することになれば、日本国民の怒りは頂点に達する。

 国民がそのような状況を許すことは、けっしてないだろう。

 つまり、柏崎刈羽原発の再稼働が起こりえるのは、東電が同原発を完全売却し、当事者でなくなった場合だけだということになる。

 東電の手による柏崎刈羽原発再稼働が実現する可能性は、皆無と言ってよいのだ。

準国営にすべき理由

 柏崎刈羽原子力発電所の売却は、東電改革の「はじめの一歩」にもなる。東電は、誰に対して柏崎刈羽原発を売却するのだろうか。

 買い手候補の一番手として名前があがるのは、柏崎市や刈羽村を含む新潟県を供給区域としてきた東北電力である。

 ただし、東日本大震災で大きな被害を受けた東北電力は、柏崎刈羽原発を買収するだけの財務力を有していない。

 国の支援が求められることになるが、直接的な原発国営に関しては、財務省筋からの強い抵抗が予想される。

 そこで、出番があると考えられるのが、日本原子力発電(原電)である。原電の最大株主は東京電力であるが、東電は現在、国の管理下にあり、原電は、事実上、準国策企業だと言える。

 準国策企業である原電が購入先として登場することによって、柏崎刈羽原発は、準国営の状態におかれることになる。

 準国営の運営会社は、柏崎刈羽原発の再稼働を卸電力取引の拡充に結びつけることができる。また、将来、原子力発電自体をたたむことになった場合にも、対応が容易であろう。

日本原電敦賀原発2号機=2020年10月20日、本社ヘリから木葉健二撮影
日本原電敦賀原発2号機=2020年10月20日、本社ヘリから木葉健二撮影

原発が生み出す富は自由化の深化に使え

 準国営の柏崎刈羽原発で生み出された電力は、卸電力取引所に、中立的な価格で「玉出し」される。それは、電力卸取引の拡充をもたらし、電力小売自由化の成果を深化させることに貢献するだろう。今年1月に生じたような電力卸価格の上昇による新電力の経営破綻・電気料金の急騰という事態がある程度回避されるようになることは、間違いない。

崩壊する東電の再建プラン「新々総特」

 柏崎刈羽原発の売却で、2017年5月に認定された東電の事業再建計画である「新々・総合特別事業計画」(新々総特)は、完全に崩壊する。新々総特は、東電の手による柏崎刈羽原発の再稼働を、事業再建の柱としていたからである。

 新々総特の崩壊で東京電力は、火力発電事業からも手を引くことになり、同社と中部電力の合弁で2015年4月に設立された火力事業会社である(株)JERAは、完全に中部電力のものになる。

東京湾岸のLNG火力を売却するという選択肢

 中部電力主導のJERAにとって、東京電力が東京湾岸で運転していたLNG火力発電所をすべてそのまま継承すると、火力発電設備が過剰になる。したがって、東京湾岸のLNG火力発電所の一部を売却するか、それらへの他事業者の資本参加を受け入れることになる。

 他事業者は、それらを買収するか、それらに資本参加するかしさえすれば、最近まで計画していたように東京湾で石炭火力を新設する必要はなくなる。

東京湾に立地するJ E R AのL N G火力発電所
東京湾に立地するJ E R AのL N G火力発電所

原発とLNG火力売却で進む自由化と温暖化対策

 他社のねらいは首都圏での大型電源の確保にあるが、わざわざリスクを負って石炭火力を新設しないでも、JERAの手を離れるLNG火力を買収するか、それらに資本参加するかのいずれかができれば、そのねらいは達成できるからである。

 現在も一部で残る東京湾での大型石炭火力の新設計画が白紙にもどれば、地球温暖化対策に資することは、言うまでもない。

 東電が柏崎刈羽原発を売却することになれば、電力自由化や温暖化対策に肯定的な波及効果が生じるのである。

世界最大級の送電会社が賠償費用を負担する道

 柏崎刈羽原発を売却した場合、東電は存続できるのかという疑問が生じようが、筆者は存続が可能だと考える。

 発電設備売却後の東電は、東京の地下を東西および南北に走る27万5000Vの高圧送電線とそれに連なる配電網を経営の基盤にして、ネットワーク会社および小売会社として生き残る。

 世界有数の需要密集地域で営業するという特徴を活かせば東電の存続は可能であり、獲得する収益の一部を長期にわたって賠償費用に充てることもできるだろう。

従来の1.5倍に容量が増強された送電線「北本連系線」の交直変換所
従来の1.5倍に容量が増強された送電線「北本連系線」の交直変換所

半永久的に福島の賠償を継続する仕組み

 柏崎刈羽原発を売却したのちも、東京電力は、傘下のネットワーク会社・東電パワーグリッドや小売会社・東電エナジーパートナーが、安定的な収益をあげ続けるため、従業員にボーナスを支給しつつ、半永久的に福島への賠償を継続することができる。

 柏崎刈羽原発や東電の火力発電所で働く人員は別の会社にそれぞれ引き継がれるので、雇用の確保や電力の安定供給は担保される。

 一方で、東電自身の従業員数は大幅に減少し、リストラ効果が拡大する。東電は、福島に対して責任をはたすためにも、自社を再生させるためにも、柏崎刈羽原発の売却という「はじめの一歩」を踏み出さなければならないのである。

売却資金は全額廃炉費用に充当

 東電が発電設備の売却によって得た収入は全額廃炉費用に充当されるため、売却対象となった柏崎刈羽原発やその他の発電設備を買収する(あるいは、それへ資本参加する)他の事業者は、「福島リスク」から切り離される。

 「福島リスク」とは、他事業者が東京電力のかかわる施設の運用に関与することによって、福島事故の事後処理費用の分担を求められるリスクのことである。

 東電による柏崎刈羽原発完全売却は、他事業者を「福島リスク」から解放し、柏崎刈羽原発の再稼動にかれらが参画することにも道を開く。柏崎刈羽原発が再稼働する日が来るとすれば、そのときの事業主体は、東電ではない他の電力会社になっていることだろう。

(橘川武郎・国際大学大学院国際経営学研究科教授)

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