資源・エネルギー漂流する原子力政策

東電を悪役にし、原子力政策を先送りした本当の「犯人」が決めないといけないこと

日本原燃の再処理工場。使用済み核燃料から取り出したプルトニウムが消費されるのか懸念が残る=青森県六ケ所村で2020年11月、本社機「希望」から後藤由耶撮影
日本原燃の再処理工場。使用済み核燃料から取り出したプルトニウムが消費されるのか懸念が残る=青森県六ケ所村で2020年11月、本社機「希望」から後藤由耶撮影

「核燃料サイクルの破たん」を認めるべき時が来た

 東京電力・福島第一原子力発電所事故から10年経った。この間に日本では、エネルギー政策をめぐって、不思議な「まだら模様」が定着してしまった。

 電力システム改革や都市ガスシステム改革は進展したのに、肝心の原子力政策に関する改革はまったく進んでいないのだ。

 原子力規制委員会が発足し、審査の厳正化などを盛り込んだ新しい規制基準が制定されたではないか、という反論が出るかもしれないが、それは、あくまでも原子力規制政策に関する事柄である。

 規制政策と厳格に区別されることになった原子力政策そのものに関しては、改革が手つかずだと言わざるをえない。

東電を叩く側に回った官僚と政治家

 日本の原子力開発は、「国策民営方式」で進められてきた。

 福島第一原発事故のあと、事故を起こした当事者である東京電力(東電)が、福島の被災住民に深く謝罪しゼロベースで出直すのは、当然のことである。

 ただし、それだけではすまないはずである。

 国策として原発を推進した以上、関係する政治家や官僚も、同様にゼロベースで出直すべきである。

 しかし、彼らはそれを避けたかった。

 そこで思いついたのが、「叩かれる側から叩く側に回る」という作戦である。

 この作戦は、東電を「悪役」として存続させ、政治家や官僚は、その悪者をこらしめる「正義の味方」となるという構図で成り立っている。

改革を「錦の御旗」に原子力政策は先送り

 うがち過ぎた見方かもしれないが、その悪者の役回りはやがて、東電から電力業界全体、さらには都市ガス業界全体にまで広げられたようである。

 一方で、政治家や官僚は、火の粉を被るおそれがある原子力問題については、深入りせず先送りする姿勢に徹した。

 このように考えれば、福島第一原発事故後政府が、電力システム改革や都市ガスシステム改革には熱心に取り組みながら、原子力政策については明確な方針を打ち出してこなかった理由が理解できる。

 熱心に「叩く側」に回ることによって、「叩かれる側」になることを巧妙に回避しようとしてきたのである。

 誤解が生じないよう付言すれば、筆者は、電力や都市ガスの小売全面自由化それ自体については、きわめて有意義な改革だと評価している。

3年先しか見えない政治家と官僚

 結果として、福島第一原発事故後10年が経過したにもかかわらず、原子力政策は漂流したままである。

 厳しい言い方をすれば、次の選挙・次のポストを最重要視する政治家・官僚の視界は、3年先にしか及ばない。

 しかし、原子力政策を含むエネルギー政策を的確に打ち出すためには、少なくとも30年先を見通す眼力が求められる。

 このギャップは埋めがたいものがあり、そのため日本の原子力政策をめぐっては、戦略も司令塔も存在しないという不幸な状況が定着するにいたったのである。

2度破たんした核燃サイクル

 原子力政策の漂流は、さまざまな重大問題を引き起こしている。

 その一つに、すでに事実上破たんした核燃料サイクルへの完全依存を、そのまま継続している問題がある。

 日本政府は、使用済み核燃料の処理に関して、世界で広く行われている直接処分方式、つまり1度使用したら廃棄する方式を排除している。

 そして、使用済み核燃料を再利用する核燃料サイクル方式一本槍で対処する方針を、今日でも堅持している。

 しかし、この核燃料サイクル完全依存方針は、二重の意味ですでに破たんしているのだ。

 図にあるように政府は、「高速増殖炉サイクル」と「軽水炉サイクル」の二段構えで、核燃料サイクルを想定していた。

 このうち重きを置いていた高速増殖炉サイクルは、2016年12月の高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の廃炉決定によって、実現が不可能になった。

 これが、第1の破たんである。

(出所)原子力委員会 平成15年8月資料より4
(出所)原子力委員会 平成15年8月資料より4

 残る方策は軽水炉サイクルだけとなった。

 軽水炉サイクルとは、使用済燃料を再処理し、含有している核燃料物質を取り出して、軽水炉で再度利用するサイクルのことだ。

 その成否を決めるのは、MOX(モックス)燃料を既存の原子力発電所の軽水炉で使用するプルサーマルである。

 MOX燃料とは、使用済み核燃料の再処理によって分離されたプルトニウムをウランと混ぜて作り出す、混合酸化物燃料のことである。

プルトニウム利用計画
プルトニウム利用計画

 現在の日本には、MOX燃料を装荷済みでプルサーマル利用できる軽水炉が4基しか存在しない。

 関西電力の高浜発電所3・4号機(プルトニウムの年間利用目安量の合計約1.1トン)、四国電力伊方発電所3号機(約0.5トン)、九州電力玄海原子力発電所3号機(約0.5トン)が、それである(表の黄色部分)。

 つまり、プルトニウムの年間利用目安量はプルサーマル炉1基当たりで約0.5トンということになるが、一方で、青森県・六ヶ所村にある日本原燃の再処理工場がフル稼働した場合には、年間約7トンのプルトニウムが生産される。

7÷0.5=14であるから、再処理工場が生み出すプルトニウムを消費するためには、14基のプルサーマル炉が必要になる。

 ところが、現実にはそれが4基しかない。これが、核燃料サイクル完全依存方針の第2の破たんである。

もはや修復できない核燃サイクル

 たしかに電力会社が集まる業界団体である電気事業連合会は、今年2月に別表にまとめたプルトニウム利用計画を策定し、「2030年度までに少なくとも12基のプルサーマル実施を目指す」ことを打ち出した。

 しかし、同じ電気事業連合会は、じつは2010年9月にもプルトニウム利用計画を作成し、2015年度までに16~18基の軽水炉でプルサーマルを実施する方針を示していた。

 この2010年のプルトニウム利用計画は、きわめて不十分な成果しかあげなかった。

 今年のプルトニウム利用計画は、10年の計画と比べてとくに新味があるわけではない。

 今年のプルトニウム利用計画もまた、核燃料サイクル完全依存方針の第2の破たんを修復することは不可能であろう。

25回の延期で総事業費は14兆円に膨れ上がった再処理工場

六ケ所村の再処理工場自体も1993年に着工したが、設備トラブルや審査の長期化で完成時期が25回にわたり延期が繰り返され、建設費は当初の約7600億円から2兆9000億円に膨らんでいる。40年間の運営費や廃止にかかる費用などを含めた総事業費も12兆6000億円の見通しだったが、国の認可法人「使用済燃料再処理機構」(青森市)の2020年6月の公表では、維持管理費や人件費などが増え、13兆9400億円になり、今後さらに増える見通しだ。

核兵器に転用できるプルトニウム

 日本の核燃料サイクル完全依存方針が破たんしていることは、深刻な国際問題をもたらしかねない。それは、アメリカでのバイデン・民主党政権の誕生によって、日米原子力協定の枠組みが不安定になり、六ヶ所村での日本原燃による使用済み核燃料の再処理事業に大きな影響が出かねないという問題である。

根拠を失うアメリカ政府の後ろ盾

 再処理工場で生産されるプルトニウムは、高度な技術的処置を施せば、核兵器の材料として転用されるおそれがある。 日本が非核兵器保有国でありながら、核燃料サイクル事業として使用済み核燃料の再処理を行うことを国際的に認められているのは、日米原子力協定による後ろ盾があるからである。

 アメリカ政府が後ろ盾を与える根拠は、日本には再処理で生産されるプルトニウムを平和利用するプランがあるという点に求めることができる。

 しかし、ここまで述べてきたように、この平和利用プランの雲行きが怪しくなっている。

事実上破たんしているプルトニウムの平和利用

 六ヶ所再処理工場で生産されるプルトニウムの主要な利用先として想定されていた「もんじゅ」は、すでに廃炉になった。残る利用方法としては、既設の原子炉でプルサーマルを行うしかないが、現在の日本にはプルサーマルができる軽水炉が、必要数の3分の1以下の4基しかない。

 つまり、アメリカ政府の後ろ盾の根拠となっている日本のプルトニウム平和利用プランは、事実上破たんしているのである。

トランプ前政権時代の修正を急ぐバイデン大統領だが(Bloomberg)
トランプ前政権時代の修正を急ぐバイデン大統領だが(Bloomberg)

バイデン政権しだいで失効する日米原子力協定

 それに加えて、日米原子力協定自体が2018年7月に満期を迎え、現在は自動延長期間にはいっているという事情がある。この期間には、日米いずれかが通告するだけで協定の効力は失われる。

 バイデン政権は、コロナ対策が一段落すれば、歴代の民主党政権がそうであったように核不拡散政策に力を入れることが見込まれる。

 そうなれば、民主党のカーター政権がかつて行ったように、日本における使用済み核燃料の再処理に対して厳しい姿勢をとる可能性もある。

 共和党のトランプ政権は関心を示さなかった日米原子力協定に対して、民主党のバイデン政権は見直しを求めてくるかもしれないのである。

現実的な政策は核燃サイクルと直接処分の併用

 原子力政策が漂流するなかで、わが国の核燃料サイクル完全依存方針はすでに破たんしており、根本的な見直しが求められている。

 六ヶ所再処理工場は竣工以前の2006年からアクティブ試験運転を行っており、廃止・原状復帰には膨大な費用がかかるため、その運転を今さら止めることはできない。

 そうであるとすれば、核燃料サイクル一本槍の現在の方針を改め、核燃料サイクルと直接処分つまり核燃料を1度使用したら廃棄する方式とを併用する方針に変えることが、現実的な解決策だと言えよう。

誰も踏み込まない議論をいま喚起するとき

 福島原発事故から10年たったいま、この使用済み核燃料をどう再処理し、プルトニウムの平和利用を世界に理解してもらうか。本来であれば政治家や官僚が議論を仕掛けるべきなのだが、票を減らしたくない政治家は原子力政策を遡上に載せることすらせず、3年先のポストにしか目が向かない官僚も、100年先を見据えたエネルギー政策の議論に踏み込もうとしない。原発ゼロを声高に叫ぶ人々も、「では今ある使用済み核燃料をどうするのか?」「プルトニウムはどう処理するのか?」という問題に踏み込んだ議論をしようとしない。再稼働にこだわる電力会社もその点で具体的な議論をしない。

 世界的にエネルギー政策が脱化石の方向に舵を切り、日本も2050年に地球温暖化ガスの排出ゼロを菅首相が宣言した。いまこそ、日本の原子力政策が直面する使用済み核燃料の処理とプルトニウムの平和利用をどうすべきか、国民を巻き込んだ議論をすべきときである。

(橘川 武郎・国際大学副学長/大学院国際経営学研究科教授)

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