資源・エネルギー鎌田浩毅の役に立つ地学

東日本大震災10年/3 南海トラフで「ゆっくり滑り」/45 

 日本で近い将来に懸念される激甚災害の筆頭は南海トラフ巨大地震である。首都圏から九州までの6000万人が被災し、172兆~220兆円の経済被害が想定されている。

 西日本の太平洋沖にある南海トラフでは、海底のプレート(岩板)が日本列島のプレートの下に長期間もぐり込み続けている。プレートの境界には固着している部分とゆっくり滑っている部分があり、固着域が急に滑ると巨大地震や津波を引き起こす。

 前回起きた南海トラフ巨大地震である東南海地震(1944年)と南海地震(46年)では、プレートが強く固着した領域が一気にはがれることで巨大地震が発生した。

 一方、こうした境目が数日から数年かけてゆっくり滑る現象が時折起きており、「スロースリップ」(ゆっくり滑り)と呼ばれる。その間はたまったひずみを少しずつ解放するため、大きな地震は発生しない。スロースリップは通常の地震計では捉えられないが、地面のかすかな動き(地殻変動)に表れるため、陸上のGPS(全地球測位システム)で観測されている。

 2011年の東日本大震災では、スロースリップが本震の起きる2カ月ほど前から震源近くで発生し、巨大地震の引き金となった可能性がある。近年地震が多発する千葉県の東方沖でも、スロースリップが発生した後に比較的大きな地震が起きている。

2030年代に「発生」

 東京大学と海上保安庁の共同研究グループは昨年1月、南海トラフでも場所によって、5~8センチのゆっくり滑る地殻変動が起きていることを明らかにした(図)。その直下では海底のプレートが北西に向けてもぐり込むが、スロースリップの動きはこれとは反対の方向だ。

 気象庁は南海トラフの想定震源域で異常な動きを見つけると、専門家を招集して精査する。ここで巨大地震の引き金になると判断されれば、臨時情報を出して注意を呼びかける。南海トラフ巨大地震の可能性が高まったことを伝える「南海トラフ地震臨時情報」などが発表されるのだ。

 次に起きる南海トラフ巨大地震のマグニチュードは9・1と予想され、最大34メートルの巨大津波が数分で襲ってくる。名古屋や大阪の低地に津波が押し寄せ、首都圏の超高層ビルも大きく揺れる。太平洋ベルト地帯の産業経済が大打撃を受けることは必至である。

 実は、南海トラフ巨大地震を年月日の単位で「短期予知」することは、現在の地震学では全く不可能である。よって、過去に起きた地震の解析から、2035年±5年ごろに起こると「長期予測」されているだけである。

 我々は南海トラフ巨大地震が最初に発生する地点と時期を可能な限り特定することに全力を挙げている。今回紹介したスロースリップなどの新知見が、南海トラフ巨大地震の予測と減災につながることが期待されている。次回は、過去の南海トラフ巨大地震が誘発した富士山の大噴火について解説しよう。


 ■人物略歴

かまた・ひろき

 京都大学大学院人間・環境学研究科教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。「科学の伝道師」を自任し、京大の講義は学生に大人気。

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