地球一周に2000年!「海洋深層水の大循環」の驚くべき仕組み
地球の表面の7割は海である。
なめると塩辛い海の水の塩分は、実は海水の運動に重要な働きをしている。
海水を1キロほど鍋に入れて煮詰めると、35グラムの塩分(塩類という)が採れる。その中身は8割ほどが塩化ナトリウム(食塩と同じもの)で、残りが塩化マグネシウム(にがりの成分)や硫酸マグネシウムなどである。
この塩類は地球上どこの海水から採っても同じ組成を示すので、海の水は長い間によくかき混ぜられていることを示している。
北極など極寒の地方では海の水が凍る。
この時、氷に塩類は入らないので、氷が大量にできると残りの海水中の塩類が濃くなっていく。
塩類が増加した水は密度が大きいので、海底へ沈んでいく。沈んだ海水はゆっくり海底を水平方向へと移動し始める。
こうして深海では大きな水流が始まり深層水の大循環が生まれる(図)。
具体的には、北大西洋で冷やされた水は海底に沈み込み、深層水が南大西洋からアフリカの南を抜けて太平洋に至る。
その後、北太平洋でほどよく混ざりゆっくり海面へ上昇する。海面に上がった水は赤道付近を西へと移動する。アフリカ南の浅い水域を抜けて、ふたたび北大西洋へと戻ってくる。
こうした深層水の大循環は2000年ほどをかけて一巡する。米地球物理学者のブロッカー博士が明らかにしたもので、その形状から「ベルトコンベア・モデル」と呼ばれる。
表層海流と同様に深層海流も循環しながら熱輸送しており、1000年単位での気候の安定に寄与している。
深層海流の循環がなければ、赤道付近は今よりもはるかに高温に、また極付近ははるかに低温になっていただろう。
上昇域は豊かな漁場
深層水の大循環は、人類の食糧とも深く関わっている。
深層水の上昇域は魚介など海産資源を供給する重要な場所である。
深層水の移動に伴って、海水に溶け込んでいるリン酸塩や硝酸塩が世界中を循環する。これらは海中に生息する植物プランクトンにとって不可欠の栄養分なのだ。
こうした場所には海産物の生産量が高い漁場が形成される。日本列島を取り囲む北西太平洋の海域は、深層水の大循環の終点でもあり、世界的な漁場となっている。
日本付近の暖流には、南から来る黒潮とこれが対馬海峡へ分岐した対馬海流がある。
一方、寒流としては北方から親潮がやってくる。親潮は黒潮よりも低温の海水で、栄養分が多く溶け込んでおりプランクトンなどの微生物を多く含む。
そして黒潮と親潮がぶつかる場所は「潮目」と呼ばれ、三陸沖は一年を通じて魚が豊富なことで知られている。
黒潮は年によって紀伊半島沖で南にそれて蛇行することがある。こうした場合には、陸上の気象だけでなく漁獲高にも大きな影響を与える。
地球規模から見るとわずかな海流の乱れが、人間生活を直撃する。深層海流の大循環は我々の暮らしとも深く結びついているのである。
(本誌初出 2000年で地球を一巡 気候安定に寄与する深層海流/42 20210309)
■人物略歴
鎌田浩毅(かまた・ひろき)
京都大学大学院人間・環境学研究科教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。「科学の伝道師」を自任し、京大の講義は学生に大人気。