週刊エコノミスト Online2021年の経営者

新規事業でもうひとつの花王に 長谷部佳宏 花王社長

Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)Photo 武市 公孝、東京都中央区の本社前で
Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)Photo 武市 公孝、東京都中央区の本社前で

新規事業でもうひとつの花王に

 Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

── 新型コロナの影響は。

長谷部 影響が大きかったのは化粧品事業です。特にメーク用品が打撃を受けました。(2021年の経営者)

── 外出が減り、マスクもつけるようになったため、化粧する機会が減ったからですか。

長谷部 それだけではありません。女性は商品を実際に試して、楽しみながら買い物することを大切にしています。コロナでその楽しみが減ってしまいました。そのため、購入意欲が落ちてしまったのではないかとみています。

── どう対応しますか。

長谷部 意外に思われるかもしれませんが、メーク商品は伸びるのではないかと思っています。マスクをつけることが常態化していますが、それが「つまらない」と感じている人もいるはずです。口紅など顔の下半分のメーク用品は調子が良くなくても、目の周りのメーク用品が実は活況です。テレビ会議など「リモート」を意識した新商品を用意していきます。

── コロナ禍でも好調な商品は。

長谷部 手洗い洗浄剤や消毒剤です。除菌スプレーやシートの「ジョアン」も予定をはるかに超える注文がありました。衛生関連商品は生産能力の100倍以上の注文があったため、供給が追い付きませんでした。現在は落ち着いてきましたが、需要は底堅くあります。

── 花王といえば衣料用洗剤「アタック」が看板商品です。

長谷部 昨年は「アタック3X(スリーエックス)」という新商品を発売しました。洗浄力が高い商品と、消臭・抗菌機能が高い商品はそれぞれ分かれていましたが、この商品は機能で両立させました。ただ、販売目標には到達していません。シェアだけではなく、アタックを使って喜んでもらえるかを目標にしています。花王の調査では、アタックに対するブランドイメージは過去最高になりました。「使って良かった」との感想は最も高いレベルにあります。

── 売り上げが伸び悩んでいるのはなぜでしょうか。

長谷部 商売が下手ということはあるでしょう。お客さまに選んでもらえるよう、商品の魅力をしっかり伝えないといけません。

── 新しい分野の商品として、パナソニックと共同で「人工皮膚」の生成機器を開発しました。

長谷部 極細繊維のもとになる液体を専用機器に入れて肌に噴射するだけで人工皮膚が生成できる機器です。肌の表面に極薄の膜を形成して肌をケアします。顔に液体を塗るなどのこれまでの商品と違う、まったく新しい商品です。この技術の狙いは、化粧品だけでなく、医療分野にあります。「見えないばんそうこう」として、皮膚に悩みを持つ人などに提供できるようになればと考えています。

── 現在1兆3800億円の売上高を、2030年に2兆5000億円に伸ばす中期経営計画を発表しました。かなり強気ですね。

長谷部 決して狙えない数字ではありません。花王はM&A(合併・買収)も活用して事業を広げてきた歴史があります。現在の売上高のうち4000億円ぐらいは過去のM&Aによるものでしょう。

「アナザー(もうひとつの)花王」という新規事業に力を入れる方針も掲げています。目標の達成のため、社内だけでなく他の会社とタッグを組んで新しい事業に挑戦していくこともあり得ます。

── AI(人工知能)ベンチャーのプリファードネットワークス(東京)と組み、皮脂から採取したRNA(リボ核酸)を分析する事業を始めました。

長谷部 RNAを分析して得られた体のデータを、プリファードネットワークスが持つAIの技術を使い、高い精度で解析します。これまで以上に肌の状態を把握することができ、よりパーソナライズ(顧客にあった)された商品やサービスが提案できるようになります。この技術を活用して、パーキンソン病などの早期診断も共同研究していきます。

増配は続けたい

── プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)など世界的な日用品メーカーがライバルです。どう戦いますか。

長谷部 P&Gやユニリーバと比較されない会社になりたいと思っています。洗剤など安定した分野に経営資源を集約すれば、利益は上がるかもしれません。しかしさまざまな事業分野を持つことが花王の強みや独自性です。幅広い顧客と接点やネットワークを持つ特徴を生かし、他社と協業をしながらイノベーションを促進します。

── 20年12月期決算は減収減益でしたが、21年12月期も32期連続の増配を計画しています。

長谷部 決して投資家にいい顔をしたいからではありませんが、会社としての意地みたいなものです(笑)。私が社長でいる間もよほどのことがない限り増配をやめることはありません。増配することは前進している証しであると考えているからです。

(構成=神崎修一・編集部)

横顔

Q 30代はどんなビジネスマンでしたか

A 新しい消臭剤の原料などを作る基盤技術の研究に取り組んでいました。

Q 「好きな本」は

A 『下町ロケット』『ノーサイド・ゲーム』など池井戸潤さんの小説に元気をもらっています。

Q 休日の過ごし方

A 掃除、洗濯、片付けなど家事のほか、「日曜大工」にも取り組みます。


 ■人物略歴

長谷部佳宏(はせべ・よしひろ)

 1960年生まれ、東北学院榴ケ岡(つつじがおか)高校(宮城県)、東京理科大学大学院博士課程修了、90年4月花王入社。ヘアビューティ研究所長、研究開発部門統括、専務執行役員などを経て2021年1月から現職。宮城県出身、60歳。


事業内容:化粧品、洗顔料、ヘアケア製品、生理用品、紙おむつ、衣料用洗剤、食器用洗剤、ケミカル製品などの製造・販売

本社所在地:東京都中央区

設立:1940年5月

資本金:854億円

従業員数:3万3409人(2020年12月末、連結)

業績(20年12月期、連結)

 売上高:1兆3820億円

 営業利益:1756億円

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