需要大爆発で争奪戦に 頭を抱える食肉業者=市川明代/白鳥達哉
穀物や金属など資源の国際価格が高騰している。資源価格は新型コロナウイルスの感染拡大によって経済活動がストップした昨年春から夏にかけて底を打ち、急速に価格水準を切り上げてきた。米国で取引される大豆先物価格は今年3月15日時点で、2020年3月末と比べて60%上昇。トウモロコシも61%上昇し、鉄鉱石は90%上昇、銅も90%上昇と軒並み跳ね上がり、原油価格は倍になった。(資源高襲来!)
最大の要因は、コロナによる景気悪化から一足早く抜け出した中国の需要爆発と、米国を中心とする世界各国の経済の急回復だ。今後も世界が経済活動の正常化に向かえば、資源への需要は高まることはあっても減ることはない。そうした状況を早くから見越し、大規模な金融緩和にも支えられた大量のマネーが商品市場に流入。資源高に拍車をかけている。
牛丼用も値上がり
「こんなに米国産牛の価格が上がるとは……」。東京都内にある食肉卸売業者の担当者がため息をつく。脂肪と赤身が交互に入る牛バラ肉の部位の一つ、ショートプレート。そのスライス肉は安価で、牛丼チェーン店や焼き肉店での需要が高いが、3月第3週の卸売価格は1カ月前に比べ2割以上も上昇した。穀物高に加え、中国や韓国で需要が伸び、円安も相まって価格を押し上げている。
米国産牛肉については、政府が3月18日から30日間、関税引き上げによる緊急輸入制限(セーフガード)を発動した。干ばつの影響で豪州産牛肉が飼育制限をしていたため、米国産牛肉の輸入が急増し、日米貿易協定で定めた基準を上回ったためだ。価格上昇に追い打ちをかける形だが、担当者は「販売先の飲食店やホテルがコロナで経営が厳しく、価格上昇分を売り値に簡単には転嫁できない。かなり利益が圧迫される」と漏らす。
中国の穀物需要は今後もさらに加速する見込みだ。大手商社によると、豚などの飼料となる中国の大豆需要は00年の2700万トンから、20年には1億1700万トンと4倍超に増え、30年には1億3000万トンに達する見通しという。資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表は「穀物は水や土地利用の制約などから、世界的に生産量が限界に近づいている。価格は今後も高止まりするだろう」と分析する。
日本でも資源高の影響は端々で現れている。農林水産省は4月から、輸入小麦の政府売り渡し価格を平均5・5%引き上げた。引き上げ幅は8年ぶりの大きさで、製粉各社が今後値上げに転じるのは避けられない。また、国際的な砂糖市況の値上がりを受け、国内製糖最大手の三井製糖(DM三井製糖ホールディングス)が1月、4年ぶりに砂糖の出荷価格を引き上げると発表するなど、製糖業界にも値上げの動きが広がる。
中国の需要爆発は穀物だけでない。旺盛な不動産投資も鉄鉱石など金属資源の価格高騰を引き起こしている。中国国家統計局は3月、1~2月の不動産投資が前年同期比38・3%増と発表した。コロナ前の19年1~2月と比べても、15・7%増加している。住宅投資も活発で、新築住宅(床面積ベース)は64・3%増と大幅に伸びた。
資源高のもう一つの要因は、世界各国における製造業の回復だ。米サプライ管理協会(ISM)が毎月発表する製造業景況感指数は今年2月、60・8と18年2月以来の高水準を記録した。特に顕著なのが半導体への需要で、自動車販売の急回復に加え、5G(第5世代移動通信システム)スマートフォン販売なども好調で、世界的な半導体不足を招いている。まさに今、モノの奪い合いが繰り広げられている状況だ。
加えて、高止まりする海運市況も資源価格高騰に追い打ちをかける。コロナ禍で船員の確保が難しくなったところに、世界的に「巣ごもり需要」の拡大などで荷動きが活発化。鉄鉱石や穀物などを運搬する外航ばら積み船運賃の総合指数であるバルチック海運指数(1985年=1000)は昨年秋から上昇し、今年3月下旬には2300超と昨年末から7割上昇。前年同期比では3倍近くまで上がった。
不定期船の市況を分析するトランプデータサービスは「中国が穀物の調達先を南米から米国にも広げたことで、収穫期に合わせて年間を通じて荷が動いている。常に船が足りない状況が続いている」。コンテナ船の荷動きも活発で、日本海事センターによれば、中国などアジア18カ国と米国を結ぶ北米航路では昨年7月~今年2月、貨物量が各月で過去最高を記録。限られた積載スペースを巡って争奪戦も展開されているという。
スエズ座礁で海運逼迫
ただでさえ逼迫(ひっぱく)する海運市況を、さらに脅かしたのがスエズ運河での座礁事故だ。地中海と紅海をつなぎ、アジアと欧州を結ぶ物流の要衝だが、3月23日に正栄汽船(愛媛県今治市)が所有する大型コンテナ船が座礁。エジプトのスエズ運河庁によれば足止めされた船は422隻にものぼり、29日には運航を再開したものの、物流の遅延解消にはまだしばらく時間がかかる見通しだ。
資源高の物価への影響は、特に新興国で顕在化している。ブラジルの今年2月の拡大消費者物価指数(IPCA)は前年同月比5・2%上昇となり、ブラジル中銀のインフレ率目標(3・75%)を大きく上回った。トルコでも2月の消費者物価指数(CPI)が15・6%上昇と、4カ月連続で伸びが加速。利上げで対処しようとしたトルコ中銀総裁を3月20日、エルドアン大統領が解任するなど混乱が広がっている。
デフレが長く続いた日本で、インフレになるかどうかは見通しにくい。それでも、ニッセイアセットマネジメントの坪井暁アナリストは「川上に近い企業ほど価格転嫁しやすいが、材料を購入して加工品を販売する企業にしわ寄せがくる」と指摘。20年10~12月期で過去最高益をたたき出した企業も、資源高の影響で21年1~3月期業績は予想以上に弱含む可能性がある」と警戒する。襲い来る資源高に、企業も家計も備えが必要だ。
(市川明代・編集部)
(白鳥達哉・編集部)