週刊エコノミスト Online サンデー毎日
エース!? 田村憲久大臣が無能なのか 〝伏魔殿〟厚労省の病巣
コロナ禍はとどまるところを知らない。役所は人の流れ、すなわち人流抑止の「お願い」ばかり。しかし、感染防止対策が奏功しているとは言い難い。では、元凶はどこにあるのか。〝厚労族のエース〟田村憲久大臣なのか。それとも厚生労働省という組織自体なのか。
「田村はウチが育てた」とほくそ笑む幹部
4月、衆院本会議終了後、自民党の平将明衆院議員は岩屋毅(たけし)衆院議員とともに退席する際、近くにいた田村憲久厚生労働相に「随分、やせたね」(岩屋氏)、「命削ってやってますよね」(平氏)と声をかけた。
これに対し、田村厚労相は「ホント、命を削ってやっているよ」と力なく答えた。平氏は、やせ細った田村氏の顔を見て、驚きを隠せなかった。
田村氏は2020年9月、菅義偉内閣発足に伴い、加藤勝信氏(現・官房長官)の後を継ぎ、厚労相に就任した。自民党が政権を奪還した12年12月、第2次安倍晋三政権で厚労相として初入閣を果たして以来、2度目の厚労相就任となった。
田村氏は厚労相に就任すると連日、国会答弁や新型コロナウイルス対策に追われた。昨年12月に入ると、眼精疲労によって目の焦点が合わない症状が表れたのだという。
「疲労とストレスがかさみ、黒目の移動がスムーズにいかなくなった。そのため一時的に答弁原稿が読めなくなった」(自民党関係者)
治療により公務には差し支えがなくなったというが、なお重責は続いている。
田村氏は1964年三重県生まれの56歳。千葉大法経学部卒業後、父親が社長を務める建設会社に入社。29歳の時、政治家を志し、叔父の田村元(はじめ)・元衆院議長の秘書を務め、96年の衆院選に三重4区から出馬し、初当選を果たした。
政治家になるまでのキャリアを見ると、厚労行政とは無縁だが、初出馬の時から「これからの時代は、医療や介護が政治の重要なテーマになると語り、一から勉強した」(当時を知る地元関係者)という。
初当選以来、田村氏は竹下派の流れを汲(く)む平成研究会に所属。新たな厚労族の担い手として、派閥内の厚労族である橋本龍太郎元首相や津島雄二元厚生相にかわいがられた。さらに、長勢甚遠元法相(町村派、現細田派)など派閥を超え、自民党厚労族が田村氏の面倒を見てきた経緯がある。
だから、か。田村氏の評価は党内で極めて高い。
「厚労相には余人をもって代え難い人材。党としても全幅の信頼を寄せている」(自民党ベテラン衆院議員)
前出の平氏もこう語る。
「厚労行政のエキスパートで、いわば〝エース〟。人柄も温厚で、石破派内で悪口を言う人はいない」
2014年の内閣改造で厚労相を退任した田村氏は、平成研を離脱し、無派閥に。翌15年、石破派(水月会)に入った。同派は19年3月、石崎徹衆院議員が退会し、所属議員は19人に減った(現在18人)。当時、事務総長を務める田村氏がまとめ上げ、結束を新たにし、派閥解体の危機を乗り越えたという。
人の話に耳を傾け、論理的に話す。温和な人柄と、豊富な専門知識を持っているとあれば、エースと呼ばれるのも合点がいく。しかし、田村氏が厚労相就任以降もコロナの第3波、第4波は防げなかった。
しかも、検査体制の拡充や病床数の増加はままならず。事あるごとに医療体制のひっ迫が叫ばれ、21年1月の緊急事態宣言に続き、4月25日には東京都や大阪府などに3回目の緊急事態宣言が発令された。さらに5月14日には、政府は緊急事態宣言に北海道、岡山、広島の1道2県の追加と、群馬、石川、熊本の3県へのまん延防止等重点措置の発令が決定された。
感染防止対策が行き届かない中、人流抑止策ばかりに奔走する自治体だが、元をただせば厚労行政の要となる厚労省の無策が原因ではないかとの指摘もある。いわば、田村厚労相が無能ではないかとの見方だ。
「いや、それ以上に厚労省という組織が、〝霞が関の伏魔殿〟となっていることが問題です」
こう語るのは、民主党政権時代、09年9月から1年間、厚労相を務めた長妻昭衆院議員(現・立憲民主党副代表)だ。
別の野党議員は、第2次安倍政権が誕生し、田村氏が厚労相として初入閣を果たした際、厚労省幹部が次の一言を漏らし、喜んだ姿にあ然としたという。
「田村はウチ(厚労省)が育てた」
自民党議員として、厚労部会などで勉強に励んでいた田村氏を、先輩議員たちが面倒を見てきた一方、厚労省も黙っていなかったというのである。
医師であり、民主党政権時の12年10月、三井辨雄(わきお)厚労相の下で厚労政務官を務めた梅村聡参院議員(現・日本維新の会)もこう語る。
「専門性が高いがゆえ、人を育て、政治を御していくカルチャーが厚労省にはあります。これこそが伏魔殿と呼ばれるゆえんでしょう」
そうした中、満を持して登板した田村氏だが、厚労省や医療現場を熟知しているが故に、強引な手を打てなかったと、長妻氏は読む。
「温和で物分かりがいい性格が災いしているように見える。厚労省内の組織に詳しく、厚労行政に精通している分、『工夫してやってくれ』と、官僚に対して無理を言うことができていない。また、自分は詳しいという自負があるため、多くの指示を出しても厚労省のキャパシティーオーバーになると判断してしまう。つまり、役所に嫌われまいと思うあまり強い指示を出せず、停滞を招いている。強く物事を進めようとすれば、悪評が立つ。評判がいいのは、役所の言いなりになっている裏返しでもある」
〝4頭立て馬車〟でけん制し合う省内人事
しかし、単に田村氏の力量に問題があるというわけではない。伏魔殿が抱える病巣が、コロナ対策の失態を招いているという。
「役所は人事が全てという側面がある。文化の違う役所が統合すると軋轢(あつれき)が生じる。そこで他の省庁では、たすきがけ人事が行われるのが常となっている。たとえば、国土交通省では、旧運輸省と旧建設省の者が交代で事務次官になる。ところが、厚労省はそう簡単な構図ではない」(長妻氏)
旧厚生省には、国家公務員1種(現総合職)試験に合格した文系キャリア官僚の他に、キャリア官僚に準じた医師・歯科医師免許を持つ医系技官と薬学部卒の薬系技官が存在する。さらに、旧労働省系のキャリア官僚もいる。
「この4系列のキャリアグループが常にけん制し合っている。厚労省は、いわば〝4頭立ての馬車〟なのです」(同)
組織内が権力争いでいがみ合うのは、役所も民間も同じことが言えるだろう。しかし、常に4グループが対立していると、物事がスムーズに進まないのは、容易に理解できる。 前出の梅村氏も語る。
「医師免許を持っていればキャリア扱いという特権が、組織をいびつにしている一面はあります」
しかも、専門領域であるため、文官は太刀打ちできず、聖域を形づくっていくというのだ。
厚労省は事務次官とともに医務技監という次官級のポストを設置。さらに、出世の階段を上るのに欠かせないのが、医政局という部局であり、感染症対策の中心となる健康局である。また、介護保険や高齢者対策を担う老健局も重要部局。医系技官はこの局長ポストを手中に収めようと躍起だ。
現在の厚労省事務次官は樽見英樹氏。東大法学部卒で旧厚生省入省。医薬・生活衛生局長、20年から内閣官房新型コロナ感染症対策推進室長を務めていた。
医務技監は、福島靖正氏だ。熊本大医学部卒で、健康局結核感染症課長、同局長、国立保健医療科学院長などを歴任した。
医政局長は迫井正深(さこいまさみ)氏。東大医学部卒業後、東大病院、虎の門病院などで臨床研修・外科臨床を経て、旧厚生省に入省。保険局医療課などを経て米ハーバード大公衆衛生大学院に留学し、公衆衛生修士を取得。昨年、医政局長兼死因究明等推進本部事務局長に就任。医系技官が医政局長に就いたのは約6年ぶりで、話題となった。
コロナ対策の要となる健康局長は正林督章(しょうばやしとくあき)氏。鳥取大医学部卒で、大臣官房厚生科学課などを経て、ロンドン大に留学し、公衆衛生を学んだ。結核感染症課新型インフルエンザ対策推進室長や結核感染症課長、がん対策・健康増進課長、健康課長を務め、昨春は横浜港に停泊していた大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」への対応で事務方責任者として陣頭指揮を執った。
一方、老健局長は土生(はぶ)栄二氏。東大法学部卒の文官キャリア。老健局振興課長、医政局総務課長、大臣官房長などを歴任し、昨年8月、同職に就いた。
今年3月、老健局老人保健課の職員ら23人が東京・銀座の店で深夜まで会食していた問題で、事務方トップの樽見事務次官は文書で厳重注意、土生局長は訓告となった。
安倍長期政権下の人事が影響
長妻氏の指摘の通り〝4頭立ての馬車〟は内部抗争の元凶とも言えそうだ。しかし、問題はそれだけではない。「厚労省の体たらくは安倍長期政権の弊害だ」と語るのは、07年8月から2年余り厚労相を務めた経験がある前東京都知事で国際政治学者の舛添(ますぞえ)要一氏だ。どういうことか。
「安倍前首相は、14年に内閣人事局を創設し、霞が関官僚の幹部人事権を握った。それにより優秀な厚労省キャリアたちは左遷され、忖度(そんたく)官僚が跋扈(ばっこ)するようになった」
舛添氏が厚労相時代からじっくりと進めてきた省内改革は、民主党政権下でも続けられてきたという。しかし、安倍前首相は「〝悪夢の民主党政権〟を支えてきた官僚たちを冷遇した」(舛添氏)というのだ。
「優秀なキャリア官僚が少なくなり、医系技官の力がさらに増大した。持てないはずの権力を持った人たちほど、情報を独占し、自分たちの力を誇示したくなる。すると、いびつな権力構造が生まれ、まともな政策の実現ができなくなる」(舛添氏)
PCR検査の拡充がうまくいかなかったことや、ベッド数の増床がままならなかったのも、医系技官の失敗だと舛添氏は断罪する。「自分たちのキャパシティーを超えることはやらないのが、彼らの基本。民間活用などで検査拡充を進めれば、データの独占がなくなるからです。ベッド数増床は、国は国立病院にしか直接の権限はなく、民間病院については知事の権限でやることです。しかし、省令で進める方策もある。ところが、医師会などの顔色をうかがい、強引な手は避けた」(同)
「遺伝子工学の専門家いない」
舛添氏の衝撃的な発言は続く。コロナ対策の失敗は、この厚労省の医系技官たちを頂点とした日本の公衆衛生医療の脆弱(ぜいじゃく)さにあると断言する。
「ウイルス感染対策の世界的な潮流は、遺伝子工学の専門家が中心となっていることです。米疾病対策センター(CDC)をはじめ、各国の研究機関には必ずいます。しかし、日本で、感染症の専門家の中に遺伝子工学を専攻している人はいない」(同)
そういえば、ⅰPS細胞の研究でノーベル医学生理学賞を受賞した京大ⅰPS細胞研究所長の山中伸弥教授は、昨夏から政府のコロナ対策に疑問を呈し、改善を求めてきた。そう考えると、伏魔殿の病巣は根深いということか。
とはいえ、厚労省は健康、医療、福祉、介護、子育て、雇用、労働、年金など管轄する領域は多岐にわたり、国民の生命に直結する施策を抱える。
「現在の職員数は3万3000人を超えていますが、それでも足りない。もっと増員すべきです」(長妻氏)
複雑怪奇な厚労行政だが、今は一刻も早い厚労省の自浄作用と田村氏の剛腕に期待するしかない。
(本誌・山田厚俊)