上野・多慶屋の訪日タイ人旅客に照準を合わせた三菱UFJ子会社アユタヤ銀のしたたかなキャッシュレス戦略
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)が、タイをはじめとする東南アジアでデジタル事業を加速している。タイでは2013年に買収したアユタヤ銀行を通じ、東南アジアで普及が進むQRコード決済サービスを強化。新型コロナウイルス感染症の影響で非接触型決済の需要が拡大するなか、コロナ収束後に増加が見込まれる訪日タイ人旅行者向けにも決済サービス構築を進めている。
タイでも根付きはじめた非接触型決済
「感染が怖いため、買い物をする時はなるべく非接触型の決済方法を選びたい」「最近はQRコード決済を利用している」
そう話すのは、タイ人の女性会社員、ティタパさん(34)だ。ティタパさんは新型コロナが流行してから、在宅勤務の日が増え、買い物もオンラインでする機会が増えた。外出する際も、なるべく人と接触しない決済方法を選ぶようになったという。
経済成長が続くタイでは中間所得層が拡大し、スマートフォン(スマホ)の普及を背景に、過去数年で電子決済が急速に普及し始めた。それに拍車を掛けたのが、新型コロナウイルスの感染拡大だ。
現在はタイの商業施設に入居する店舗や、駅構内の小売店でも、QRコード決済や電子マネーといった非接触型決済の利用が拡大している。
実際、タイで5月17日に確認された新型コロナウイルスの新規感染者数は9635人となり、1日としての過去最多記録を更新。累計の感染者数も11万1082人となった。
13年に買収したアユタヤ銀行
こうしたタイ人が日本に旅行する際の電子決済需要を取り込もうと奮闘しているのが、MUFG傘下のアユタヤ銀行だ。MUFGは13年、東南アジアの高度成長を取り込む戦略の一環として、三菱UFJ銀行を通じてアユタヤ銀を連結子会社化している。
アユタヤ銀は現地では「クルンシィ(Krungsri)」の呼称で知られ、約75年の歴史を持つ。タイの銀行としては第5位の資産規模だ。
日本で初めてタイ中銀決済を導入したアユタヤ銀行
アユタヤ銀は19年8月、三菱UFJニコスと連携し、タイ人の旅行先として抜群の人気を誇る日本でQRコード決済サービスを開始した。
タイ中央銀行が運営する電子決済システム「プロムペイ」の決済ネットワークを利用したもので、日本でプロムペイを通じた決済サービスを提供する銀行は、アユタヤ銀のみとなっている。
訪日タイ人旅客の人気スポット
当初は、訪日タイ人旅行者がよく訪れる東京・上野の総合ディスカウントストア「多慶屋」で試験的に決済システムを導入した。この多慶屋はインバウンド(訪日観光客)の間では有名なお土産スポットで、SNS(交流サイト)などを通じて訪日タイ人観光客にも広まった。コロナ禍の前までは、中国人観光客と二分するほどの来店客の多さで、「店内ではタイ語が飛び交っていた」(多慶屋の常連客)という。
アユタヤ銀行リテール&コンシューマー部門の仲川哲副部門長によると、新型コロナの感染拡大前は、システムを通じて月数百万バーツ(1バーツは約3.4 円)の取引があった。
加盟店拡大を目指しNTTデータと提携
利用者のニーズが確認できたため、決済システムの加盟店拡大を目指し、昨年10月に日本で最大の決済ネットワークを持つNTTデータとの業務提携を発表。NTTデータによると、今後、日本国内で同社のPOS(販売時点情報管理)決済ソリューションを導入している2000社以上の小売店、決済端末85万台で、サービスを導入する計画。
現在はアユタヤ銀に口座を持つ顧客のみ利用可能だが、今後他行がサービスに参加した場合、他行の顧客も利用ができるようになる見通しだ。
3400万人が登録するタイ最大の電子決済
タイ政府が国を挙げて推進するプロムペイは、サービス開始の17年1月以降、積極的なPRなどが奏功して順調に普及し、国内の電子決済を後押ししている。
地元紙によれば、タイ人1人当たりの年間電子決済件数は、18年の89件から、20年には194件と2倍以上増えた。
仲川氏は、「今年2月時点で既に国民のID(身分証明書)3400万件、携帯電話番号2100万件、事業者17万1000社がプロムペイのシステムに登録されており、取引件数も急激に拡大している。
アユタヤ銀としても最適なサービスを提供するべく、デジタルサービスの強化に注力している」と説明する。
タイは東南アジア最大の訪日客
足元では新型コロナの影響に伴う入国規制が敷かれているため、訪日旅行者の増加は見込めないものの、世界的に新型コロナのワクチン接種が進む中、感染収束後の旅行者の回復も期待される。
タイ人の訪日旅行者は、13年7月に日本政府が短期滞在査証(ビザ)を免除して以降、右肩上がりに伸びており、18年に初めて100万人を突破した。
19年は前年比16.5%増の132万人で、東南アジア諸国連合(ASEAN)では2位のフィリピン(61万人)に大差をつけて首位。世界でも中国、韓国、台湾、香港、米国に次ぎ6位だった。
ベトナム、カンボジアにも進出加速
アユタヤ銀は、タイ周辺国でのQRコード決済の導入も計画している。タイ中銀はQRコードを通じた送金決済を取りまとめる銀行として、カンボジアではサイアム商業銀行、ベトナムはバンコク銀行を選定しており、2行はそれぞれ20年、21年3月にサービスを導入した。
アユタヤ銀も2行のサービスに参加する計画で、東南アジア域内での海外旅行が再開されるタイミングで本格的に2国でのサービス展開を目指す。
シンガポールのグラブとも提携
タイと周辺国では、QRコード決済以外のデジタル事業も推進する。
三菱UFJ銀行は20年2月、シンガポールの配車サービス大手グラブと資本・業務提携を結んだと発表。東南アジアで個人や中小・零細企業との接点をさらに広げるには、グラブのようなプラットフォーマーとの提携が効率的だと判断したからだ。同年11月には、アユタヤ銀がグラブ・タイランドと、同社の契約ドライバーなどを対象とした融資事業で提携したと発表している。
カンボジアでは中銀デジタル通貨も
アユタヤ銀は、カンボジアではハッタバンク、ラオスではクルンシィ・リーシング・サービスといった子会社を通じて事業を展開。デジタルを活用した低廉な手数料で海外送金サービスを導入しているほか、カンボジアではハッタバンクを通じ、顧客が中銀デジタル通貨「バコン」のサービスを利用できるようにしている。
高いスマホの普及率や若者の多さを背景に、デジタル市場が急速に成長するタイとその周辺国で、今後も新たなサービスを展開していく方針だ。
(共同通信グループNNA編集記者 安成志津香)