国際・政治

酒池肉林の暮らしにピリオド?「コロナでタイの日本人駐在員が改心」の真相

    夕方になっても人がいないバンコクの歓楽街。かつては日本人を含む外国人であふれていた=20年6月、筆者撮影
    夕方になっても人がいないバンコクの歓楽街。かつては日本人を含む外国人であふれていた=20年6月、筆者撮影

    厳しい感染対策が取られた「夜の街」

    「一部の日系企業では、夜の街に出かけるなとのお達しも出ている。タイの夜の街はひあがっていますね」

    そう話すのは、タイの風俗事情に詳しいジャーナリストだ。

    タイは日系の製造業が集積する国として知られ、首都バンコクの夜の街はかつて、顧客や出張者を接待する日本人駐在員の姿であふれていた。

    ところが、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大を受け、駐在員の生活は様変わりした。

    昨年にはコロナ感染対策として、バーやカラオケ店などの営業を3カ月以上停止する命令をバンコク当局が出した。

    一般の飲食店での店内飲食も一時禁止したほか、夜間外出禁止令を発出し、違反者には罰金を科すという厳しい措置を取った。

    このような当局の徹底した対策と、感染リスクを懸念する日本本社からの通達を受けて、駐在員らは「酒池肉林」の暮らしにピリオドを打たざるを得なくなったのだ。

    今年に入ってタイでは市中感染が収まったものの、昨年末にバンコク近郊で発生したクラスターの影響が長引き、バンコクでは2月22日まで店内でのアルコールの提供が禁止されていた。

    現在は23時まで店内での飲酒が可能になったものの、「昔のようにはめを外した飲み方はもうできない」(日本人駐在員)。

    感染者の国籍や感染経路などが細かくメディアで公表されるタイでは、依然として不用意な行動を控える人が大半だ。

    マスクをしないし、適切な医療もない

    一方で、タイの隣国カンボジアでは、駐在員たちはもっと深刻な事態に直面している。

    「市民はほとんどマスクを着用していないですね。車で1時間の場所にコロナ感染症の指定病院もありますが、どこまで適切な処置が可能なのか、正直全くわかりません」

    タイと国境を接するカンボジアの街、ポイペトに住む日系企業の駐在員Aさんは、そう打ち明ける。

    ポイペトの住民らはほとんどマスクを着用していない=20年12月
    ポイペトの住民らはほとんどマスクを着用していない=20年12月

    バンコクから車で約4時間のこの街は、タイより賃金が安く、若い労働力も豊富。在タイ日系製造企業の「分業拠点」として、関心が高まっている。

    Aさんの所属する企業を含め、約10社もの日系企業がポイペトに進出している。

    ところがこの地の生活環境は、バンコクのような大都市と比較とすると、日本人には住みやすいとは言いがたい。

    ポイペトはカンボジア内戦時の激戦地で、かつてはタイ側の国境周辺に難民キャンプが広がっていた。

    内戦終結から約30年がたった今は、怪しい雰囲気を漂わせる中国系のカジノが国境周辺に乱立し、依然として混沌(こんとん)とした町並みが広がる。

    英語はほとんど通じず、コミュニケーションはクメール語かタイ語で行われる。

    不法入国者がコロナを持ち込んでいる?

    日本人にとっては、この地の食事情も悩みの種だ。

    日本食レストランは1店舗のみで、生鮮食品が買えるスーパーも2019年にようやく1軒開業したきり。

    市民は伝統的な市場で買い物するのが一般的で、日本料理の食材を手に入れるのも一苦労だ。

    新型コロナの感染拡大前は、ポイペトから国境をわたり、タイ側で買い物をしたり、美味しい食事をしたりすることが駐在員の息抜きとなっていた。

    ただ新型コロナの感染対策として、昨年3月には国境が閉鎖され、タイとの往来は不可能になった。

    「タイに家族を残している駐在員もいる。彼らは隣国に住みながら、家族に1年以上会えていない状況が続いている」(Aさん)。

    さらに、昨年末から感染拡大が続くタイからの感染者流入も懸念の1つだ。

    タイには多くのカンボジア人が出稼ぎに出ているが、昨年末から年始にかけて、ポイペトなどの国境を通じて1万5,000人以上が帰国。

    入国時の検査でこれまで90人の陽性が確認されている。

    不法ルートを通じた入国者も少なくないとされ、カンボジアの国境周辺ではことさらコロナ感染への恐怖が高まっている。

    国境封鎖で医療がうけられなくなった

    アジア最貧国のラオスも、カンボジア同様にタイと国境を接する国だ。

    タイの分業拠点として日系企業からの注目が集まっているが、生活インフラはまだ発展途上だ。医療体制についてもカンボジアより不安視されている。

    「とにかくコロナにかからないように、大きな事故に遭わないように気をつけている」

    そう話すのは、ラオス在住歴20年のBさんだ。

    首都ビエンチャンには外国人が通える病院が2軒あるが、簡単な内科診療しかできないため、重症患者や外科手術が必要な患者はこれまでタイの病院に搬送されていた。

    ところが新型コロナによってタイとの国境が封鎖され、それができなくなった。

    人であふれるビエンチャンの市場の様子=21年2月
    人であふれるビエンチャンの市場の様子=21年2月

    ラオス在住の外国人は「病気にかからないように、事故に遭わないように」と神経をすり減らす日々が続いているという。

    基礎疾患を持つ外国人の多くは既に帰国しており、昨年ラオスにいた約900人の日本人は、今年は約300人と、半分以下に減少した。

    幸い、ラオスの累計感染者数は2月23日時点で45人にとどまっており、一般市民の間では「コロナは既に終わったもの」との認識が普及しているという。

    ただ、昨年の段階で、ビエンチャンで確保されていたコロナ患者病床は20床程度。

    万が一、急激にコロナ感染者が増加した場合、直ちに医療崩壊に陥ると懸念されている。

    若者の間で大麻販売が拡大?

    日本企業は社員の健康リスクを考慮し、医療体制が未整備の国からは、駐在員を日本に帰国させるケースが大半だ。

    ただこうした発展途上国では、いまだ日本人の責任者がいないと製造現場が回らないことも多く、企業は難しい判断を迫られている。

    日系工場が操業を止めると、現地の雇用が失われる。

    カンボジア、ラオスともに、主要産業である観光業は瀕死(ひんし)状態だ。

    その上、タイへ出稼ぎしていた労働者が、コロナにより多数帰国したことで、両国の失業率は拡大傾向にある。

    そうした動きが、若者の雇用を直撃しているという。

    現地では、職を失った若者を心配する声もあがっている。

    「ラオスではもともと、大麻の生産がさかん。仕事がなくなった若者が不法ルートで大麻を売ったり、自分で使ったりする動きが広がっているようだ」(Bさん)。

    失業者の増加によって窃盗や強盗などが頻発し、治安が悪化することも懸念されている。

    世界的な企業競争に負けじと、日本企業は安い賃金でモノを作れるアジア各国に進出してきた。

    そこで働く日本人海外駐在員たちは、これまでのところ、比較的手厚い手当を享受していた。

    だが、コロナ禍でさまざまな規制が敷かれる中、特にインフラが未発達の国では、日本人駐在員たちはかつてほど豊かな生活を送ることができなくなっている。なかには、かなり厳しい生活を強いられているケースもある。

    ワクチンの接種が進んでいるとはいえ、依然として世界は新型コロナに翻弄(ほんろう)されている。

    世界情勢の先行きが見通せない中、海外駐在員の受難の時代は当面続きそうだ。

    (共同通信グループNNA編集記者 安成志津香)

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