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経済・企業 ほほえみの国の真実

「好みがうるさい上に値切ろうとする」「中国人と韓国人の影で存在感が薄くなった」日本人中高年男性がタイの風俗街で嫌われている理由と背景

タニヤ通りの一角にある日本食店で酒に酔って暴れる50代の日本人男性。愛知県の中小企業で社長を務めているという。
タニヤ通りの一角にある日本食店で酒に酔って暴れる50代の日本人男性。愛知県の中小企業で社長を務めているという。

「鼻つぶされたくなかったらすっこんどれや」

「てめえら、こっちは気いっとんじゃ」

タイの首都バンコクにあるタニヤ通り。きらびやかな日本語のネオンの下、カラオケバーや風俗店がひしめく。

「リトル歌舞伎町」とも呼ばれるこの通りで昨年9月夜、日本語の怒号が響き渡った。

怒鳴り声の主は、愛知県の中小企業で社長を務める50代の男性。

タニヤ通りの一角にある日本食店で酒に酔って暴れ、店主から注意を受けると、この男性はたちまち逆上。

しまいには店主や店員らに脅迫めいた言葉を吐き、店の誹謗(ひぼう)中傷を大勢の人の前で繰り返した。

店主はこの男をタイ刑法の侮辱罪や脅迫罪の容疑で訴え、今年7月に勝訴。裁判所は被告に対し、慰謝料10万バーツ(約34万円)と諸費用の2万バーツを原告に払うよう命じた。

被告の男性は日本に帰国したが支払いに応じないまま、音信不通の状態だという。

しかし、この罪を償わない限り、男性は二度とタイの地を踏むことはできなくなった。

原告側の弁護人を務めた在タイ歴20年の日本人男性は、「20年前のタイなら、こうした振る舞いも容認されたのかもしれない。しかし近代化が進む現在のタイでは到底受け入れられない出来事だ」と憤りを示す。

タイの現地妻を妊娠させて日本へ逃亡した男性も……

タイは日系製造業の集積地として知られ、在留邦人数は7万5,647人(2018年)と、世界では米国、中国、オーストラリアに次ぐ規模だ。

中でも日本人が集まるバンコクのタニヤ通りは、日系企業のタイ進出が始まった1970年代から、日本人駐在員や旅行者の「夜の憩いの場」として名をはせてきた。

タイのタニヤ通りで、店の前に座り客を待つ性風俗店の従業員ら=10月6日
タイのタニヤ通りで、店の前に座り客を待つ性風俗店の従業員ら=10月6日

売春婦らが商品のごとく店前にずらりと並び、酔っぱらいが千鳥足で歩を進める。

無法地帯のようにも思えるこの場所では、これまでも小競り合いやけんかが日常茶飯事のように起きていた。

タニヤ通りに限らず、バンコクの歓楽街では色恋沙汰の事件も絶えない。

2014年にはタイのクラブに所属していた日本人の元サッカー選手が、既婚者にも関わらずタイ人の風俗従業員を妊娠させる事件が発生。

この女性がインターネットで妊娠の事実や2人のツーショット写真などを拡散すると、元選手への批判が相次ぐ事態となった。

事件との関連性は不明だが、元選手は翌15年、現役を引退すると発表した。

前述の弁護士は、「このような事例は氷山の一角。現地妻を妊娠させ、そのまま逃げるように帰国してしまう無責任な駐在員も少なくない」と指摘する。

ただタイ人女性も負けてはいない。妊娠をちらつかせて複数の日本人男性から慰謝料を請求したり、日本人から搾り取った金を本命彼氏に貢いだりしている事例もある。

眠らない町バンコクでは、夜な夜なだまし合いの恋愛ゲームが繰り広げられてきたのだ。

衰退する日本人にとって「タイの夜遊び」はもはや安くはない

そうした様相も新型コロナウイルス感染症の影響で一変し、現在のタニヤ界隈の店舗の営業状況は平常時の2~3割にとどまる。

タイでは3月下旬に発令された非常事態宣言に伴う入国制限が敷かれており、主要な顧客が観光客や出張者だったこの通りは、週末でも人通りがまばらなままだ。

人通りの少ないタニヤ通り。コロナ禍で閉店した店も多い=10月6日
人通りの少ないタニヤ通り。コロナ禍で閉店した店も多い=10月6日

しかしタニヤ衰退の影にあるのは、新型コロナの存在だけなのだろうか。

実業家のタイ人男性(71)は、新型コロナ感染拡大前に日本人向けのカラオケ店を閉めた理由をこう語る。

「最近の日本人は派手な遊び方はしなくなった。30年前は2次会、3次会があるのが当たり前だったが、今では1次会で帰ってしまう人も多い。1回の飲みで使う金額も減った」

この実業家に限らず、タニヤが最も栄えた1980年代と比べると、近年はその勢いが失速していたとする声は多い。

その理由として考えられるのが、特にバブル崩壊、リーマンショック以降の日本経済の低迷を受けた企業の交際費の削減のほか、タイの物価上昇やバーツ高の進行などだ。

例えばバンコク屈指のとあるゴーゴーバー(女性が扇情的な踊りを披露するバー)でいえば、ビール小瓶(330ミリリットル)の価格は、過去5年で約40%高の165バーツに上昇した。

小ぎれいな飲食店に行けば、日本と変わらないかそれ以上の価格帯のメニューが並ぶことも珍しくない。

タイの性風俗事情に詳しいフリーライター、新羽七助氏は、「10年以上前、駐在員の男性たちは月5~6万バーツほどでタイ人女性と愛人契約を結ぶことができたとみられる。だがいま人気のある女性には、10万バーツほど払わなければ見向きもされない」と説明する。

ほかのタイ在住ジャーナリストも、「タイよりも日本の風俗店で遊ぶ方が安くあがるケースもある」と話し、日本人にとってタイの夜の街のコストパフォーマンスが下がってきているとの見方を示す。

為替レートは11年に1万円=4,000バーツを記録して以降、16年を除くとバーツ高の傾向が続き、現在は1万円=3,000バーツを切る水準で推移している。

日本人旅行者にとってタイは、以前のような「安い国」ではなくなってきているのだ。

「タイ人女性を馬鹿にしているのか」日本人ユーチューバーの動画が炎上

こうした状況下で、夜の街のタイ人の日本人を見る目にも変化が起こっている。

タイ人は基本的に親日で、大抵の人が日本人に好意的な態度を示す。ただ前述の新羽氏は、「近年は金払いの良い中国人のほか、韓流ブームによって韓国人の存在感も高まり、以前のような日本人に対する『特別な憧れ』はなくなっている」と指摘する。

店からは、日本人客の態度に苦言を呈す声も上がる。

バンコクで風俗店を経営するオーナーは、「気に入った女性なら金に糸目はつけないのが中国人。安ければなんでも良いというのがインド人。好みにうるさい上、値切ろうとするのが日本人」と形容し、日本人客の扱いが最も手が掛かると指摘する。

日本人男性による亭主関白的な女性への態度も、タイ人からひんしゅくを買っている要因の一つだという。

「例えば欧米人は、タイ人女性が何を食べたいのか、何をしたいのかを聞いて、女性に合わせた行動ができる人が多い。一方で日本人男性の中には、『日本食を食べさせれば喜ぶだろう』と勝手に決めつけて女性を店に連れていき、偉そうにしてしまう客も少なくない」(同)

こうした日本の男尊女卑的な思想が露呈した事件も起きた。

日本人の中年男性らが、タイ人女性にわいせつな行為ができるかを競い合う動画をユーチューブに投稿し、今年5月に内容が日本語からタイ語に翻訳されてツイッターで拡散されると、「タイ人女性を馬鹿にしているのか」「すべてのタイ人女性を売春婦だと思うな」という批判の声が続出した。

「タイ人女性を馬鹿にしている」と大炎上した動画(Youtubeより)
「タイ人女性を馬鹿にしている」と大炎上した動画(Youtubeより)

投稿は1万7,000件以上リツイートされ、男性らは謝罪動画を掲載し、うち1人はタニヤで運営していたバーを閉鎖する事態に追い込まれた。

一方で、インターネットでは「この動画のなにが悪いのか分からない」という日本人男性からの声も少なくなく、先進国の中でもひときわ遅れている日本のジェンダー教育のレベルの低さが浮き彫りになる事態となった。

「タイ人客が増え日本人が減る」タニヤの景色が変わる日

いわばタニヤに広がる景色は、昭和の日本の縮図にも見えてくる。

酔っぱらいのけんかや他人にくだを巻く姿。カラオケバーでは中高年男性らが数十年前のヒットソングを感傷的に歌い上げ、その隣で若いタイ人女性がおとなしく相槌を打つ。

そこからは「令和」というベールで着飾った日本の、本質的な部分では昭和から何も変わっていない姿をまざまざと見せつけられているような気さえする。

そんなタニヤで、顧客層の変化が起きている。

日本人客の来訪が見込めない飲食店が、タイ人の顧客を取り込もうと、ランチの営業開始や、全面禁煙や店舗改装で「健全さ」をアピールしたタイ人好みの店舗作りを進めているのだ。

改装工事後のタニヤプラザとタニヤ通りのイメージ(タイ地元紙より)
改装工事後のタニヤプラザとタニヤ通りのイメージ(タイ地元紙より)

20年以上タニヤで日本食店を運営する店主は、「これまでここは治安が悪かったため、タイ人が敬遠する通りだった。それが健全な店舗が増えたことで、ハイソなタイ人客が増加している」と驚きを隠さない。

さらには1970年に建てられ、通りの象徴的な存在であった商業施設「タニヤプラザ」の改装と、タニヤ通りを含めた周辺の大規模工事が進んでいる。完成後は近代的な姿へと変貌を遂げた同ビルが、タニヤを代表する新たな顔になることが期待されている。

その時タニヤに広がる景色に、「昭和の日本人男性」が幅をきかせたかつての面影はなくなっているのかもしれない。

(安成志津香 共同通信グループ株式会社NNA 編集記者)

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