国際・政治 ほほえみの国の真実
「日本人はだましやすい」タイで横行する「マスク詐欺」の実態
手付金を払ったものの、商品が届かない……
新型コロナウイルス感染症の影響で、世界的にマスクやゴム手袋の需給が逼迫(ひっぱく)する中、タイでこうした商品の販売を巡る詐欺が横行している。
「昨年8月から被害の相談が増えた。手口はどれも似通っている」
「日本人はだましやすいのだろう。タイ人の詐欺グループの間で、日本人はこう言えば引っ掛かり、諦めるという情報が出回っているようだ」
そう話すのは、タイ在住の日本人弁護士だ。
日系のA社は昨年、タイ企業からマスクを調達し、日本で売る事業を本格化させた。
1社目の企業との取引は問題なく、順調に売り上げを拡大させると、追加でマスクの確保が必要になった。
その際、仲介業者からタイのB社を紹介された。
A社の社長によると、海外の中小企業間でのマスクやゴム手袋の取引では、販売業者の手元に商品があるかどうかを確認するため、商品と日付が確認できる物を一緒に撮影した動画を送ってもらってから契約を交わすのが一般的という。
コロナ禍で、現地での商品確認が困難な状況にあるためだ。
ただB社は、この動画が用意できなかったという。
「それでも、いくらでもマスクを用意できると言われた。かなりの利益が見込める取引だったので、舞い上がってしまった」(A社社長)
信頼していた仲介業者の紹介だったことも後押しし、B社に医療用高機能マスク100万枚の代金(運賃・保険料込み)325万米ドル(約3億4,900万円)のうち、手付金10万米ドルを振り込んでしまったという。
ところが、8月に代金を振り込んでから、半年以上たったいまも、商品は手元に届いていない。
「B社に返金を再三要求しているが、『もう少し待ってほしい』という返答がくるだけで、らちが明かない」(A社社長)
事件を担当する弁護士は、次のように指摘する。
「こうした企業は詐欺の常習犯で、裁判になっても出廷してこなかったり、そもそも法人がタイではなくマレーシアにあることが判明したり、非常に不可解なケースが多い」
「こうした詐欺に遭わないためには、法人の登記や過去の決算、取引実績を確認することが必要不可欠。コロナ禍で難しいのは分かるが、現地の工場で確実に商品があるのか見るべきだ」
この弁護士によると、このような状況に陥りながらも、告訴まで踏み切れない企業も少なくない。
「加害者側の『必ず返金する』というありきたりな言い訳に被害者が惑わされ、決定的な法的手段を取るに至らない」ためだ。
二次被害の危険性もあるという。
「問題の発覚後、タイの軍や警察と深い関係にあることをちらつかせて、『金を払えば問題を解決してやる』という仲介業者が出てきている」
こうした業者にだまされ、被害が拡大した企業もあるとし、注意を呼び掛けた。
使用済みゴム手袋の販売も・・・
タイでは、医療用のゴム手袋詐欺の被害も増えている。
韓国企業のC社は昨年半ば、仲介業者を通じ、タイ企業D社とゴム手袋の購入契約を結んだ。ただ、手付金約26万米ドルを支払った後も、取引は一向に進まなかった。
その後、フェイスブックで同様の詐欺に遭った被害者グループのアカウントを発見し、事の重大さに気付いたという。
「D社は同じ手口で数社から金を巻き上げ、責任者が当局に逮捕されていることが分かった。国際訴訟の手続きを進めているが、通常の訴訟よりもかなりの時間と金が必要になり、この先が思いやられる」(C社担当者)
タイは、量ベースで15%のシェアを占める世界第2位のゴム手袋輸出国だ。
新型コロナの流行により20年のゴム手袋の世界需要は前年比20%増の3,600億枚に達している。今年も、少なく見積もっても10%以上は増加すると予測されている。
こうした中、大手タイメーカーの商品名を語り、偽物の手袋を販売する業者も増えているという。
タイのゴム手袋メーカーSGMPは自社のフェイスブックで、「約30社がSGMPの正式な販売代理店であるとの虚偽説明を行っている」と指摘。
「当社は販売代理店を持っておらず、直接的な取引しかしていない」と強調した。
一部の販売業者はSGMPと代理店契約を結んだとの虚偽の書類を作成し、顧客を騙していたとみられている。
ゴム手袋に関連する事件はこれにとどまらない。
今年1月にはバンコクで、使用済み手袋を販売しようとしたタイ人の男が逮捕されている。
男性の自宅からは10万枚以上の医療用のゴム手袋が発見された。使用済みの手袋を洗濯機で洗い、再び販売しようとしていたとみられている。
世界では新型コロナのワクチン接種が始まったとはいえ、マスクや医療用ゴム手袋の不足はまだまだ続きそうだが、その取引には十分注意し、信頼出来る業者を見極める必要がありそうだ。
(共同通信グループNNA編集記者 安成志津香)