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なぜバイデン大統領は労働組合強化を推し進めようとするのか=中岡望

    組合結成運動を展開するアマゾンの倉庫労働者たち Bloomberg
    組合結成運動を展開するアマゾンの倉庫労働者たち Bloomberg

    私たちには理解できない、世界一の超大国アメリカの全貌に迫る連載「日本人の知らないアメリカ」。4回目は労働組合の歴史を説く。

     全米第2位の雇用者数を擁するアマゾンで今年4月、労働組合の結成運動が展開された。このときバイデン大統領は、運動を支援するため「組合は、権力を労働者の手に戻す。組合は労働者の健康、安全、高賃金、セクハラに対して労働者がより強い主張をできるようにする」という強いメッセージを発信した。

     バイデン大統領は、おそらく歴代大統領のなかで最も“親労働組合”の大統領であると言っても過言ではない。大統領選挙では、労働組合を支援するため資金援助をすると公約している。では一体なぜ、バイデン大統領はこれほどまで労働組合強化を推し進めようとするのか。その疑問に答えていきたい。

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    「平等な民主主義国家」にはほど遠い国

     まずその前に、アメリカの「階級社会」について説明しておく必要があるだろう。

     多くの日本人は、アメリカは“平等な民主主義国家”だというイメージを抱いている。だが日本人の一般的な理解と違って、アメリカは階級社会である。アメリカでは、日本では死語となっている「労働者」や「労働者階級」という言葉が日常的に使われている。筆者の知人のアメリカ人たちが「あいつは労働者階級の出身だから」と何の躊躇もなく語るのを何度も聞いたことがある。最近では、メディアや学者が「白人労働者」がトランプ大統領の最大の支持基盤になっていると分析している。

    「労働者」はアメリカの政治にとって依然として大きな影響力を持っている“階級”である。本当にアメリカ社会や政治を理解するためには、政治や社会で「労働組合」が果たしている役割を知る必要がある。アメリカの「労働問題」や「労働組合」の持つ意味を理解するには、その歴史と制度を理解する必要がある。

    政策の柱に「中産階級の復活」

     バイデン政権の政策の柱のひとつに中産階級の復活がある。大統領が提案している大規模な「インフラ投資計画」には別名がある。それは「アメリカのためのブルーカラーの青写真(Blue Color Blueprint for Amerika)」である。ブルーカラーは労働者を意味する。インフラ投資計画は「労働者」の復活を主要な目的とする政策でもある。バイデン大統領は「ウォール街が我が国を作り上げたのではない。中産階級が経済を作り上げた。労働組合が中産階級を作り上げた」と発言している。より強い労働組合を作り上げることで労働者の賃金引き上げを実現し、それを梃に中産階級の復活を図ろうとしているのである。

    歴代大統領の中で最も“親労働組合”といえるバイデン大統領 Bloomberg
    歴代大統領の中で最も“親労働組合”といえるバイデン大統領 Bloomberg

     その目的のために、バイデン大統領は議会民主党に「労働組合組織権保護法(Protect the Right to Organize Act)」の成立を要請。下院では同法は可決されている。さらに4月26日に大統領令を出して、ホワイトハウス内に「労働者の組織化と権限強化に関するタスクフォース」の設置を決めている。

    第2のニューディール政策の最大の成果「ワーグナー法」とは

     バイデン大統領の夢、それは「第2のフランクリン・ルーズベルト大統領」になることだ。バイデン大統領は大統領選挙中から、ルーズベルト大統領のニューディール政策に匹敵するアメリカ社会を変革する政策を実現すると訴えてきた。

     ルーズベルト大統領の「第2のニューディール政策」の最大の成果の一つが「ワーグナー法(1935年国家労働関係法)」の制定だ。

     ワーグナー法によって労働者の組合結成権やストライキ権、団体交渉権が認められただけでなく、企業内組合の禁止も定められた。「クローズド・ショップ制」も導入され、労働者は組合への加入が義務付けられた。経営者との契約に違反しなくても、組合費を払わないなどの理由で組合を除名された労働者は解雇された。非組合員として採用されても、一定期間後に組合に参加することが必要な「ユニオン・ショップ制」も導入された。組合費を払えば非組合員に留まることができる「エージェンシー・ショップ制」も合法化された。

    バイデン大統領の夢は「第2のフランクリン・ルーズベルト大統領」になることだ
    バイデン大統領の夢は「第2のフランクリン・ルーズベルト大統領」になることだ

     また、労働争議を調停する国の機関として「国家労働関係委員会(NLRB)」が設置され、労使紛争の調停が行われるようになった。同時に企業による労働関係法違反が厳しく取り締まられるようになった。

     なぜ、資本主義国家としては革命的ともいえるワーグナー法を制定できたのであろうか。アメリカでは労働組合は長い間非合法であり、組合に団体交渉権もストライキ権も認められていなかった。労働者は賃金引上げや労働環境の改善を経営者に訴える手段はなく、劣悪な状況に置かれていた。労働者がストを行えば、企業は暴力団を雇って暴力的にスト破りを行い、警察もストに参加した労働者を逮捕するのが普通であった。労働組合運動はアナキストや共産主義者による扇動だと見られてきた。

     だが大恐慌で労働者の多くが失業し、悲惨な状況に置かれたことで、ルーズベルト大統領は積極的に労働者救済に乗り出したのである。ルーズベルト大統領は企業に対しては厳しい政策を取った。たとえば証券取引委員会を新設し、企業の情報公開強化、インサイダー取引の禁止などを行っている。

    アメリカの「最も幸せな時代」

     もうひとつ、民主党と労働組合の歴史的な関係についても理解する必要がある。

     民主党はもともと、南部を支持基盤とする奴隷制を支持する政党であった。だが南北戦争後の産業革命の過程で企業独占が進み、農民と労働者は疲弊した。その時に誕生したのが、農民と労働者を支持基盤とする「人民党(People’s Party)」である。その党員と支持者は自らを「ポピュリスト」と呼んだ。これがポピュリストという言葉の語源である。

     人民党は連邦議会に議席を獲得するまで支持を増やし、第3党となった。たが1896年の大統領選挙で民主党のブライアン候補支持に回り、最終的に民主党と合体することになる。その結果、共和党が企業寄りの政党になり、民主党が労働者や農民を支持基盤とする政党になった。ルーズベルト大統領の政策は、そうした流れの中にあった。

     12年間に及ぶルーズベルト政権の時代に労働者の状況は著しく改善した。特に労働者の実質賃金は大きく上昇した。それには幾つかの理由がある。まずワーグナー法が成立したことで、労働組合は企業との団体交渉を通して賃上げを実現できた。大恐慌を背景に移民が禁止されて新規の労働者の供給が制限されたこと、さらに第2次世界大戦がはじまり、軍需の増大で生産拡大が必要となり、労働供給逼迫が強まったことも、労働者の実質賃金上昇を可能にした。組合結成も促進され、終戦時の1945年には労働者の組合参加率は35.4%に達していた。約3人に一人が組合に参加したのである。

    労働組合は民主党の強力な支持基盤だ Bloomberg
    労働組合は民主党の強力な支持基盤だ Bloomberg

     その実質賃金上昇が戦後のアメリカ経済の発展を支えることになる。バイデン大統領が指摘するように、戦後、実質賃金上昇を勝ち取った労働者が中産階級拡大のテコとなり、中産階級の増大が消費需要を高めた。1940年代と1950年代は高所得税と労働賃金の上昇を背景に貧富の格差が縮小し、最も平等なアメリカが実現した。アメリカにとって最も幸せな時代であった。

     さらに指摘すれば、「GI法(the Servicemen’s Readjustment Act of 1944)」と呼ばれる復員軍人に対する経済支援法も中産階級を拡大させる役割を果たした。すなわち復員軍人は奨学金の援助を得て大学に進学し、ホワイトカラーの中核となっていく。企業も労働生産性改善の果実の半分以上を賃上げに向けた。労働組合は民主党を支える最大の基盤となり、戦後の政治で無視できない大きな存在となっていく。

    労働組合の力を弱めた「タフト・ハートリー法」

     これに対し、共和党の保守派は企業側に立ち、労働者の権利を制限する試みを始める。その最初の試みがワーグナー法の改正を目指す「タフト・ハートリー法(the Labor Management Relations Act of 1947=労働管理関係法)」の制定である。

     タフト・ハートリー法は共和党のロバート・タフト上院議員とフレッド・ハートリー下院議員が提出した法案で、最大の支持者は産業団体の全国製造業協会であった。当初はトルーマン大統領が拒否権を発動したため成立しなかったが、その後修正が加えられ、1947年に成立した。タフト上院議員は組合の根絶を目指していたのである。

     タフト・ハートリー法の最大のポイントは、ワーグナー法で認められたクローズド・ショップ制を違法としたことだ。さらに各州に対して、ユニオン・ショップ制とエージェンシー・ショップ制を違法とする権限を付与した。こうした改正によって、労働組合の力は大きく低下することになった。

    労働権法を認める州に工場を移す企業が続出

     組合に対する規制は「労働権法(the right-to-work law)」と総称されている。労働権法を定めるかどうかは州政府の権限とされた。現在、労働権法を認めている州は50州のうち27州に達している。その大半が中西部や南部の州である。直近で同法を成立させたのはケンタッキー州で、2017年である。

     さらにタフト・ハートリー法は、組合のスト権に関して様々な制約を課し、山猫ストや政治スト、集団ピケ、政治ストなどを禁止した。クローズド・ショップ制も禁止され、組合の選挙献金も禁止された。

     労働権法は産業立地に大きな影響をもたらした。企業は労働賃金が安く、労働権法を認めている州へ工場を移転し始めた。たとえば多くの自動車会社はデトロイトを離れ、テキサス州など南部へ工場を移転した。

    こうした企業や工場移転を促進したもう一つの要件は、クーラーの普及である。夏に南部に行ったことのある人なら容易に想像がつくが、猛暑の真夏の昼間に工場で働くのは不可能である。工場が冷房されることで、終日、操業を続けることが可能になった。低賃金と労働権法とエアコンの普及が、アメリカの産業立地を東部から南部へと変えていった。同時に人口移動も引き起こした。

     保守派による反組合運動は極めて活発で、2018年6月に最高裁は公共部門の組合が強制的に組合費を徴収するのは憲法違反であるとの判決を下している。保守派は、労働権法を連邦法にすることを主張している。

    労働組合結成に反対したアマゾンの労働者

     さて、話をアマゾンの労働組合結成運動に戻そう。

     2021年のアカデミー賞作品賞を受賞した『ノマランド』に、主人公がアマゾンの倉庫で働く過酷な状況が描かれている。アマゾンの労働者はトイレ時間も管理され(この管理は「タイム・オフ・タスク」と呼ばれている)、休憩する際の椅子も置かれていない状況で仕事を行っている。妊婦が、トイレ時間が長い方からと解雇され、幾つかの訴訟も起こっている。そうした中でアマゾンのアラバマ州ベッセマー倉庫で組合結成運動が始まった。

     他方、アマゾンの経営人は労働者の組合結成を阻止しようとした。タフト・ハートリー法は経営者が反組合キャンペーンを行うことを合法化している。最高裁も、企業が組合活動を理由に労働者に報復したり、第2組合結成を促したり、といったことをしなければ、反組合キャンペーンは合法であると判断を下している。

     アマゾンは様々な反組合キャンペーンを実施する一方、賃金引上げを示唆するなど組合結成運動の切り崩しを図った。「我々は完全ではない。しかし我々のチームと我々が提供するものを誇りに思っており、日々、より良くなるために働き続ける」と、労働者にメッセージを送った。そして会社と組合の団交ではなく、直接、交渉しようと呼びかけた。「組合を結成すれば組合費を取られるだけだ」と、労働者に訴えた。

     アマゾンの労働者の転職率は極めて高く、忠誠心も低い。最終的に組合結成運動は労働者の支持を得られず、賛成738票、反対1798票で否決された。経済的に貧しいアラバマ州では、時給15ドルを払ってくれる会社は他にはない。また健康保険も採用初日から適用されるなど、仕事の内容が厳しくても、地域の他の企業と比べると決して悪い条件ではない。それが組合結成を否決する要因となった。アマゾンの労働者にとって、将来の労働条件の改善や賃上げよりも、目先の利益が優先したといえる。

    バイデン大統領の最初の挫折

     バイデン大統領の労働政策の目的のひとつは、労働権法を見直すことである。既に指摘したように、米下院は労働組織権保護法案を可決している。その狙いは労働権法の見直し、つまり労働組合の結成を支援し、容易にすることにあった。

     しかし、バイデン大統領の親労働組合政策の最初の試みであったアマゾンの労組結成は挫折した。アマゾンは全米で第2の従業員を雇用する会社である。アラバマ州ベッセマー倉庫で組合が結成されれば、アマゾンの他の職場や他の企業でも労働組合結成の動きは強まっただろう。

     バイデン大統領は、アマゾンで労組が結成されれば長期的な労働組合参加率の低下に歯止めを掛けることができると期待していた。バイデン大統領の労働組合強化政策はまだ始まったばかりである。

     一方で、世論の労働組合に対する見方も変わってきている。2021年4月15日発表のピュー・リサーチセンターは世論調査(Majorities of adults see decline of union membership as bad for the U.S. and working people)を発表している。それによると回答者の56%が、1980年代から始まる組合参加率の低下はアメリカにとって、また職場にとって悪いことだと答えている。

     1980年代のレーガン政権に新自由主義の下で組合は傲慢で、生産性向上を阻止していると非難され、組合に悪いイメージが植え付けられた。組合参加率も低下してきた。1983年の組織率は20%を越えていたが、2020年には10.8%にまで低下。民間部門だけでみると、組織率はわずか6.3%まで低下している。

     だが、世論調査は、極端なまでの貧富の格差を背景に、賃上げを求める労働組合の役割を再評価し始めている。バイデン大統領の挑戦はまだ始まったばかりである。

    中岡 望(なかおか のぞむ)

    1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。ハーバード大学ケネディ政治大学院客員研究員、ワシントン大学(セントルイス)客員教授、東洋英和女学院大教授、同副学長などを歴任。著書は『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など

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