アメリカのLGBT問題の解決を阻む保守派キリスト教徒「エバンジェリカル」とは=中岡望
私たちには理解できない、世界一の超大国アメリカの全貌に迫る連載「日本人の知らないアメリカ」。5回目は「LGBT問題」に焦点を当て、アメリカ社会の現実を紹介する。
アメリカは“分裂国家”だと言われる。保守派とリベラル派の間で社会的倫理観や価値観を巡る“文化戦争”が展開されてきた。その文化戦争の主要なテーマの一つが、LGBT問題である。
バイデン政権はLGBTを閣僚に起用
バイデン大統領は歴代大統領のなかで最も“親LGBT”の大統領だ。ホワイトハウスの大統領人事局は4月29日に「バイデン政権100日間の歴史的な大統領指名人事」と題するデータを公表した。その資料は、バイデン大統領がいかに女性や黒人、性的マイノリティを積極的に起用しているかを示している。
100日間に政府の様々な部門に起用された約1500人の内訳を見ると、女性が58%、黒人が18%、ヒスパニック系が15%、アジア系が15%、LGBTQが14%。ピート・ブティジェッジ運輸長官は初のLGBTの閣僚だ。レイチェル・レヴィン健康福祉次官補は、トランスジェンダーで閣僚級の要職に就いた最初の人物である。同次官補はハーバード大学医学部を卒業し、男性から女性へ性転換している。
ちなみに、LGBTの州知事は、過去に3人誕生している。ジム・ルリーンヴィ・ニュージャージー州知事は最初のLGBTの知事だ。だが、2004年にカムアウトすると同時に知事の職を辞任している。当時はカムアウトすることは公的な地位を失うことを意味していた。最近ではLGBTに対する世論の見方も変わってきており、15年の選挙で当選したオレゴン州のケイト・ブラウン知事や、19年の選挙で当選したコロラド州のジェレッド・ポリス知事は、いずれも選挙前にLGBTであることを公表し、有権者に受け入れられている。
バイデン大統領は、6月1日には、「LGBTQのプライド月間(Pride Month)」を定める大統領宣言に署名している。
6月が「プライド月間」と呼ばれるようになったのは、1969年6月28日にニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン」で行われた警察官の強制調査にLGBTが反発し、暴動へと発展した「ストーンウォールの暴動」がきっかけだ。LGBTによる権利獲得を求める最初の暴力的な抗議運動とされ、この事件を契機に毎年6月に各国で、LGBTの平等を求める様々な行事が行われるようになった。
バイデン大統領は、この「プライド月間」を公式なものにすると宣言したのである。大統領宣言の中でバイデン大統領は「プライド月間はLGBTQコミュニティが耐えてきた試練に思いを馳せ、完全な平等を達成するために勇敢に戦い、現在も戦い続けている先駆者を祝福するためのものである」と、その意義を述べ、「憲法と合衆国法によって付与された権限に基づいて21年6月をLGBTQのプライド月間と宣言する」と語った。
世論調査で5.6%が「自分はLGBTである」と回答
米世論調査会社ギャラップが、LGBTに関する興味深い調査結果を発表している(「LGBT Identification Rises to 5.7% in Latest U.S. Estimate」, 21年3月24日)。調査対象は18歳以上の成人。調査によると、20年の時点で自分がLGBTであると答えたのは全体の5.6%であった。ここから推定すると、アメリカのLGBT人口は約1456万人ということになる。
この調査結果でもう一つ特徴的なのは、「LGBTである」と答えた人の割合が徐々に上昇している点だ。これはLGBT人口が増えているというより、時代の変化によって、カムアウトしやすくなってきていることが要因だと考えられる。いずれにせよ、LGBTコミュニティは今や、社会的にも、政治的にも、文化的にも、無視できないほどの規模を持っているのは間違いない。
一方で、世代ごとの内訳を見ると、世代間格差が非常に大きいことが分かる。97年から02年に生まれた「ジェネレーションZ世代」で、自分はLGBTであると答えた人は、全体の15.9%。81年から96年生まれの「ミレニアル世代」は9.1%、65年から80年生まれの「ジェネレーションX世代」は3.8%、46年から64年生まれの「ベビーブーム世代」は2.0%、46年以前に生まれた世代はわずか1.3%に過ぎなかった。若い世代ほどLGBTの比率が高いのは、LGBTに対する差別意識が薄い文化の中で育ったことが影響しているのかもしれない。さらに興味深いことに、女性の方が男性よりもLGBTの比率が高い(女性6.4%、男性4.9%)。
ギャラップ調査だけでは正確さを欠くかもしれないので、カリフォルニア大学ロサンジェルス校のウィリアムズ研究所の調査も紹介しておこう(「Adult LGBT Population in the United States」, 20年7月)。この調査によると、LGBT人口は全体の4.5%であった。ギャラップ調査よりも低いが、それでも非常に高い水準である。この調査では、LGBT人口を1134万人と推定している。
LGBTは低所得、低学歴、無党派
もうひとつの世論調査、「The 2019 American Value Atlas」を紹介しよう。他の調査と同様、LGBTは人口の5%を占めるとしている。内訳は、2%がゲイとレスビアン、3%がバイセクシャル、1%未満がトランスジェンダー。世代別にみると、LGBTのうち18歳から29歳が47%、30歳から49歳が32%、50歳から64歳が12%、65歳以上が8%だった。これはギャラップ調査とほぼ一致する。
さらに注目されるのは、低所得層ほどLGBTの比率が高いことだ。これは高学歴のインテリにLGBTが多いという筆者の予想に反する結果であった。調査結果では、年収5万ドル以下のLGBTが全体の49%を占めた。年収10万ドル以上のLGBTは14%に過ぎない。
政党支持率も重要である。LGBTの43%は無党派で、民主党支持が40%、共和党支持が11%であった。民主党にとってLGBTは重要な支持基盤である。共和党がLGBTに対して厳しい主張をする理由は、LGBTを批判しても票を失うことがないことに加え、民主党批判の材料となり得るからである。最も弱いものを攻撃するというのが、共和党の戦略だ。1000万人を越えるLGBTの有権者の動向は、選挙結果を左右するだけの影響力がある。もちろん政治的な思惑だけではないだろうが、バイデン大統領がLGBT支援のメッセージを送るのには、それなりの理由があると言える。
加えて興味深いのが、LGBTの宗教観だ。47%が無宗教と答えているが、主流派プロテスタントは7%、白人カトリック教徒は6%、最も保守的でLGBTを最も激しく攻撃している保守的な白人エバンジェルカルも5%存在する。
ヘイト・クライムの最大の被害者は黒人LGBT
今度は、LGBTと人種について見ていこう。ウィリアムズ研究所が、LGBTと人種に関する調査結果を発表している(「LGBT Well-Bing at the Intersection of Race」、21年5月)。調査結果によると、LGBTの約40%が黒人やアジア系を含む有色人種であるという。中でも黒人のLGBTの比率は極めて高い。黒人のLGBTは人種差別と性差別という“二重の差別”に直面しているのであり、LGBTに関する犯罪の被害者の多くが黒人である。反LGBTによる殺人事件の被害者の70%が黒人であったという報告もある。(「70% of Anti- LGBT Murder Victims Are People of Color」、Colorlines, 2011年7月18日)。
LGBTはヘイト・クライムの被害者にもなっている。FBIの「2019年犯罪統計」によると、19年に7314件のヘイト・クライム事件が発生しており、このうち最も多いのは人種に関するもので3963件、被害者数は4930人である。反ユダヤ主義など宗教に関連するヘイト・クライム事件は1521件で、被害者数は1715人。LGBTに関連するヘイト・クライム事件は1195件発生しており、被害者数は1429人だった。
一方で、LGBTは警察から厳しい監視の目を向けられている。ウィリアムズ研究所の調査(「Policing LGBQ People」、2021年5月)によれば、道路など公共の場で警察官に呼び止められ、職務質問をされたことがあるという人の割合は、LGBTは6%であるのに対して、それ以外の人では1%に過ぎない。同研究所の報告は「LGBQの人々は警察の過剰に取り締まりの対象になっており、LGBQコミュニティに対して偏見に基づく捜査が行われている可能性がある」と指摘している。
最高裁で裁かれたLGBTの職場での差別
犯罪に巻き込まれる以上に深刻なのは、LGBTであるがゆえに雇用や賃金、住宅、医療保険など様々な分野で差別を受けることだ。
90年代に米軍のゲイの兵士を軍隊から排除するかどうかを巡って論争が起こった。その時、クリントン大統領は明確な判断を下さず、ゲイの兵士に対して「ゲイであることを告白するな。ゲイであるかどうか聞くな(Don’t say, don’t ask)」と指示した。クリントン大統領のLGBT問題に対する曖昧な態度はリベラル派の反発を招いた。その後、トランプ大統領はLGBTの兵士を排除する決定を行った。
バイデン大統領は、トランプ大統領の決定を取り消した。バイデン大統領は政府機関に対して、連邦法に基づき公務員採用に際してLGBTを理由に差別してはいけないという指示も出している。
民間企業ではLGBTに対する差別が今も公然と行われている。ただ、職場における差別に関しては、画期的な最高裁判決もある。20年の「ボストック対クレイトン郡裁判」である。原告のジェラルド・ボストックは、仕事中にゲイに関する話をしたことを理由に解雇されたのは違法であると訴えた。最高裁は同様の内容の他の2件の訴訟を合わせて審議を行い、LGBTの従業員に対しても64年公民権法が適用されるとして、解雇は違法であるという判決を下した。LGBTにとっては大きな勝利であった。
アメリカの50州のうち30州は、LGBTの権利を守る法律を制定していない。最高裁判決を受け、リベラル派は連邦法でLGBTの雇用や職場での差別を禁止するよう主張した。今年、民主党が「平等法(Equality Act)案」を議会に提出し、下院で可決されている。共和党は反対したが、3人の共和党下院議員が支持に回った。法案は現在、上院で審議されているが、上院では共和党の議員全員が反対しており、法律が成立するかどうかは不透明だ。
最高裁判決で合法化された同性婚
日本でも、LGBT(性的少数者)への理解を深めることなどを目的とする「LGBT理解増進法案」の国会提出が、自民党の一部議員の反対で見送られたばかりだ。
一方で、LGBT問題について、アメリカが日本と大きく異なるのは、同性婚が合法であると認められている点であると言えるだろう。アメリカでは15年の「オーバーグフェル対ホッジス裁判」において、最高裁が「同性婚は合憲」という判決を出している。結婚という基本的な権利は、異性の間の結婚だけでなく、同性の間の結婚に対しても保障されると判断された。
この判決は、アメリカ国民の同性婚に対する意識を大きく変えたと言われている。ギャラップ調査(「Record-High 70% in U.S. Support Same-Sex Marriage」、21年6月8日)によると、97年当時はわずか27%に過ぎなかった同性婚支持率は、現在70%に達している。
アメリカ社会では、同性婚はLGBTの基本的権利として受け入れられているのである。同性婚に反対してきた保守的な共和党支持層の55%も同性婚を支持するまでになっている。
「宗教的自由」を根拠に反LGBTを主張する白人エバンジェリカル
アメリカはキリスト教国家だ。ピュー・リサーチ・センターの調査(「Religious Landscape Study」15年5月)によれば、キリスト教徒は国民の70%強を占める。このうち、共和党の最大の支持基盤と言われているのが、キリスト教原理主義者であるエバンジェリカルである。
現在、エバンジェリカルの25.4%がLGBTに反対している。エバンジェリカルは「聖書」は神の言葉であり、そこに書かれていることは真実だと信じている。神が人を創ったという「創世記」を信じ、進化論を否定する。「聖書」の中の奇跡はすべて真実だと信じている。彼らがLGBTに反対するのは、「聖書」の中に同性愛を否定する言葉が書かれているからだ。セックスは子供を産むための行為であると主張し、同性婚は不道徳とみなす。無宗教の日本人からすると異様に見えるが、彼らにとってはそれが“真実”なのである。
世俗の世界では中絶も合法化され、同性婚も合法化されている。そうした中で、彼らが取った抵抗手段は、「宗教の自由」を主張することであった。彼らの主張においては、「宗教的自由」は信者が自らの宗教的信念に従って生きる権利があるという意味合いで用いられる。宗教が認めていないことを行う義務はないという論理である。エバンジェリカルの医師が中絶を拒否するのは、「宗教的自由(religious freedom/religious liberty)」に基づく行為であると主張する。
実は、最高裁は、そうした「宗教的自由」を認める判決を下しているのである。
時代に逆行する二つの最高裁判決
2018年7月、「マスターピース・ケーキショップ対コロラド公民権委員会裁判」で、時代に逆行する最高裁判決が下された。
コロラド州レイクウッドで同性愛のカップルがケーキショップに赴き、結婚ケーキを注文した。だが、同性婚に反対する店主は、自分の宗教的信念に基づき、販売を拒否。カップルは、この行為が同性愛者に対する差別にあたるとして、州の公民権委員会を相手に訴訟を起こしたのである。
最高裁は7対3で、この訴えを退けた。つまり、宗教的信念に基づくものであれば、LGBTへの差別も合法的とみなされる、ということだ。LGBT運動にとっては、大きな挫折である。
もう一つ、「宗教的自由」を認めた判決がある。「フルトン対フィラデルフィア市裁判」。フィラデルフィア市が、同性婚の夫婦に対する養子縁組の手続きを宗教的理由から拒否したカトリック系の社会団体との契約を拒否できるかどうかが争われた。21年6月17日の最高裁判決では、カトリック系の社会団体の主張が認められ、フィラデルフィア市は敗訴となった。ロバーツ最高裁首席判事は判決理由について、カトリック系の社会団体との契約拒否は憲法修正第1条の信教の自由に反すると説明している。
二つの判決は、「宗教的自由の観点からすれば、LGBTに対する差別が例外として容認される」と結論づけるものである。つまり、キリスト教系の学校が、宗教的理由から教員や従業員を解雇することも合法ということになる。既に、こうした訴訟が幾つか起こされている。
最後に、詳細は省くが、反LGBTの動きはトランスジェンダーをターゲットにし始めている。具体的には、トランスジェンダーのスポーツ競技への参加禁止や、ロッカールームの共有の禁止などで、幾つかの州が、禁止する法案を成立させている。
アメリカのLGBT問題は、「解決」には程遠い状況である。今後、“文化戦争”はさらに激しさを増していくだろう。
中岡 望(なかおか のぞむ)
1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。ハーバード大学ケネディ政治大学院客員研究員、ワシントン大学(セントルイス)客員教授、東洋英和女学院大教授、同副学長などを歴任。著書は『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など