国際・政治日本人の知らないアメリカ

世界史を変える力を持つアメリカの大統領令、バイデン新政権が初日15本も署名したワケ

    影が薄いバイデン新大統領 (Bloomberg)
    影が薄いバイデン新大統領 (Bloomberg)

    私たちには理解できない、世界一の超大国アメリカの全貌に迫る「日本人の知らないアメリカ」。1回目は「大統領令」について説く。

     米国の大統領令がどのようなものかご存知だろうか。

     1月20日、大統領就任式を終えたバイデン大統領は早々と大統領執務室に向かった。バイデン大統領の最初の業務は、大統領令」に署名することであった。署名した大統領令の数は15本に達している。これは歴代大統領が初日に署名した大統領令としては最も多い。

    【バイデン大統領の15本の大統領令】

    --新型コロナウイルス対策--

     ・連邦政府の施設内でマスク着用や他人と一定の距離の確保を義務づけ。100日間のマスク着用を要請 

     ・WHO(世界保健機関)からの脱退手続きの停止 ・ワクチン接種促進へ大統領直轄の新型コロナ対策調整官を設置し、全権を委ねる

    --環境--

     ・「パリ協定(地球温暖化対策の国際枠組み)」への復帰

     ・カナダ産原油の米国へのパイプライン建設許可の取り消し

    --人種差別・男女差別--

     ・奴隷制の歴史をゆがめたとの批判があるトランプ前大統領による歴史教育見直しのための諮問機関1776委員会を解体

     ・貧困や平等よって社会から疎外されてきた有色人種を含めたすべての人々の平等を実現するために包括的な取り組みを行う

    --移民--

     ・国勢調査で不法移民も対象に

     ・幼少時に親に連れられ米国に不法入国した若者らの強制送還猶予措置の強化

     ・イスラム圏などからの入国規制の撤回

     ・不法移民取り締まり強化策の撤回

     ・米南部のメキシコ国境沿いの「壁」建設中止

     ・西アフリカのリベリア国民に対する強制退去の猶予措置を延長

    --その他--

     ・連邦政府高官による職務倫理誓約書への署名の義務化

     ・トランプ前政権による規制措置の見直し

    ドナルド・トランプ米大統領=西田進一郎撮影
    ドナルド・トランプ米大統領=西田進一郎撮影

    トランプ政権を覆した初日15本は過去最多

     オバマ大統領は1週間で13本であった。トランプ大統領は就任後1週間で14本の大統領令に署名している。

     一日で15本という数字は過去最高である。

     バイデン大統領が署名した大統領令の大半は、トランプ大統領が署名した大統領令を覆す内容であった。それはトランプ時代が終わったこと示す象徴的な狙いがあった。同時にバイデン政権の基本的な姿勢を示す意味もあった。

    米ホワイトハウスの中庭サウス・ローン=米ワシントンで2019年(令和元年)7月15日、高本耕太撮影
    米ホワイトハウスの中庭サウス・ローン=米ワシントンで2019年(令和元年)7月15日、高本耕太撮影

    新政権の誕生は「無血クーデター」

     米国では、政権の交代は“無血クーデター”と言っても良いほど、新政権は旧政権を徹底的に否定するところから始まる。

     これは米国政治の両極化を反映している。民主党と共和党はそれぞれが全く異なった世界観で政治を主張し、様々な政策を打ち出す。議会も両党は常に対立し、法案成立が進まないなど実質的に機能しない状況が続いている。

     政府にとって迅速に政策を実行に移す手段として大統領令は極めて使い勝手がいい。大統領令は議会の承認を得る必要がなく、大統領が単独で出すことができるからだ。

    4年で220本、オバマ政権を全否定したトランプ政権

     オバマ大統領は8年間で276本の大統領令を出している。

     これに対してトランプ大統領が出した大統領令は220本。トランプ大統領の出した大統領令は、前任者のオバマ大統領の政策をすべて否定する内容であった。

     トランプ大統領の在任期間は4年だった。この数は、任期8年のオバマ大統領より実質的に大幅に増えている。年平均で言えば、オバマ大統領は35本であるのに対して、トランプ大統領は55本に達している

    予算権で大統領令を阻止できる議会

     米国の現実的な政治は大統領令で行われていると言っても過言ではない。大統領は議会を迂回して、極論すれば、どんな政策も打ち出すことができる。

     ただ、アメリカは三権分立を原則とする国であり、執行部と立法府、司法部がそれぞれ独立して、相互チェックする制度になっている。政府は大統領令を出すことで政策を迅速に施行できるとはいえ、予算措置が必要な政策の場合、議会に予算の承認を得る必要がある。議会は予算権を持っており、それを行使することで、大統領令を阻止することができる仕組みになっている。

    米国・メキシコ国境の壁(Bloomberg)
    米国・メキシコ国境の壁(Bloomberg)

    トランプ大統領の「壁の建設」は議会と司法が阻止

     過去の例でいえば、トランプ大統領がメキシコとの国境に壁を建設する大統領令を出したが、壁を建設する予算が必要であり、議会に予算措置を求めたところ、議会が承認しなかった。そこでトランプ大統領は軍事費の中の予備費を壁建設の費用に流用することを決めたが、連邦裁が憲法違反の判決を下し、最終的にトランプ大統領が主張するようなメキシコ国境の壁の建設は進まなかった。

     予算措置の拒否に加え、議会は大統領令を無効にするために、法律を制定することもできる。

    大統領令が違憲判決となった歴史

     現在、議会以上に大統領令をチェックする機能は司法が担っている。

     トランプ大統領はイスラム教徒の入国を規制する大統領令を出した。これに対して、大統領令は憲法が定める宗教の自由に反すると訴訟が起こり、最終的に連邦裁は違憲判決を出した。これ以外にも、トランプ政権の下で連邦裁が違憲判決を下した大統領令はかなりの数に上る。

     最高裁が大統領令を無効とした裁判で一番有名なのは、朝鮮戦争の時、1952年にトルーマン大統領が製鉄会社を政府の管理下に置くという大統領令を出した(この裁判は、Youngstown & Tube Co, v Sawyer裁判と呼ばれている)。この訴訟で、最高裁は大統領令が違憲であるとの判決をくだしている。大統領令は政府にとって極めて有効な政策手段だが、議会と司法によるチェック・システムが存在している。

    最終判断は司法

    米ワシントンの連邦最高裁判所=高本耕太撮影
    米ワシントンの連邦最高裁判所=高本耕太撮影

     では、何を法的な根拠に大統領は大統領令をだすことができるのだろうか。米国の憲法は大雑把で、大統領令に関する明確な規定を定めていない。

     憲法第2章第1項に「執行権は大統領に属す」と書かれている。その条文は、政策をどう執行するかは大統領の権限であることを意味する。大統領は法律が定めた範囲内で、効率的に政策を行う裁量権を持っていると解釈されている。法律解釈で問題が生じたとき、最終的判断を下すのは司法である。

    「奴隷解放」も大統領令だった

     最初に大統領令を出したのは初代大統領のワシントン大統領であった。この大統領令は各省の担当者に書面で報告書の提出を求める、行政手続きに関するものであった。これには政策的な意味合いはなく、まだ確立してにない政府機構を構築するのが目的であった。ワシントン大統領は8年の在任中に8本の大統領令を出している。

     意外に思うかもしれないが、米国社会を変えた奴隷解放は、国民や議会の議論を経て行われたのではなく、リンカーン大統領が出した「奴隷解放宣言」で行われた。「奴隷解放宣言」はリンカーン大統領の「大統領令」であった。後に憲法改正が行われ、奴隷制度が正式に廃止された。

    「日系人の強制収容」はルーズベルトの大統領令だった

     日本人にも関連する大統領令がある。第二次世界大戦の最中、日系アメリカ人が強制収容されたが、それはルーズベルト大統領が出した大統領令によるものである。ルーズベルト大統領の妻エレノアが反対したが、大統領は聞く耳をもたなかった。後年、レーガン大統領が日系アメリカ人に公式に謝罪している。

    世論を分断する大統領令の破壊力

     行政を効率的に執行するために必要とは言っても、議会の審議を経ずに単独で政策を執行するのは問題である。

     今まで説明したように、大統領令は極論すれば、大統領の意志ひとつで決めることができる。その結果、トランプ大統領のように、世論を分断する大統領令が頻繁に出されることになる。最終的には、議会や連邦裁でチェックされるものの、ほぼ無制限で大統領が単独で強引に政策を施行することで、社会的、政治的に非常に大きな軋轢を生んだケースも多い。

    米カンザス州の軍施設に隔離されたスペイン風邪の感染者(1918年)
    米カンザス州の軍施設に隔離されたスペイン風邪の感染者(1918年)

    過去最多の大統領令が出た不幸な時代

     大統領によって出された大統領令の数は大きく異なる。最も多いのはフランクリン・ルーズベルト大統領である。それは大恐慌と第2次世界大戦という状況の中で、迅速な対応が迫られるという差し迫った状況があったからだ。

     また、議会でもニューディール政策に反対する勢力が存在し、議会を迂回して政策を実施する必要性があった。その数は3721本に達している。

     ウィルソン大統領の大統領令は1803本ある。これも第1次世界大戦という状況が要因になっている。同時に、ウィルソン大統領は積極的な進歩主義の政策を実施しており、議会の反対を迂回する必要があった。

     戦後で一番多いのはレーガン大統領の381である。レーガン政権の下で議会は両院とも民主党が多数派を占めていたことが影響しているから、大統領令が多くなったと思われる。

    米国をかく乱する大統領制に注視せよ!

     バイデン大統領は政権初日に多くの大統領令を出して注目されたが、その後も大統領令は続々と出されている。1月27日現在、既に出されている大統領令は19本。大統領令と同じ法的効果を持つ「大統領覚書」や「大統領声明」を加えれば、その数ははるかに多くなる。

     バイデン政権の行方を見るうえで、どのような大統領令が出るか、注目しておく必要がある。

    (中岡望・ジャーナリスト)

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