中国で45億円分の「デジタル人民元」を国民に配布し実証実験を進める理由=田代秀敏
デジタル人民元 全土で進む大規模実証実験 世界に先駆けて実用化間近=田代秀敏
中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)の研究が世界各国で進む中、中国は「デジタル人民元」を主要各国に先駆けて開発し、実証実験を進めている。(中国 本当の危機)
中国人民銀行は2014年に研究に着手し、17年に開発を正式開始した。21年6月現在、全国の14省・市の28カ所で一般市民・店舗が参加する大規模な実証実験を行っており、22年末までに全国で小売り決済に利用可能にする計画だ(表)。
デジタル人民元に比べて、主要各国のCBDCの実用化はまだ遠い。日本銀行は4月、「デジタル円」の実証実験の第1段階を仮想環境で始めたばかり。米欧英の各中央銀行は開発に着手するかどうかを今年中に決定するとしている。クリスティーヌ・ラガルド欧州中央銀行(ECB)総裁は「(開発に着手しても)全てのプロセスは4年あるいはもう少し長くかかる」と述べている。
45億円分を希望者に配布
中国各地で進む実証実験では、累計2.6億元(約45億円)ものデジタル人民元が希望者に抽選で配布された。例えば北京では、一部コーヒーショップや中国人民大学の食堂、金融街の店舗での支払いに使われている。
上海では、大学病院の診療や健康診断検査などのほか、特定の社区(複数の集合住宅から構成され数千世帯が住む行政区画)の家賃や駐車場代、宅配料金の支払いに使われている。
実証実験には外資系企業も参加しており、上海・蘇州近辺のカルフール50店舗で、深圳ではウォルマートなどで、北京郊外の雄安新区ではマクドナルドなど19社で、それぞれ支払いに用いられている。
デジタル人民元は中国人民銀行が発行し、それを商業銀行(中国工商銀行、中国農業銀行など)やアリペイが現金通貨で買い取り、利用希望者は預金の一部をデジタル人民元に置き換えて支払いや受領に用いる、という2階層で運営され、匿名性も担保されている。
紙幣に近い機能持つ
この仕組みによって、デジタル人民元は現金通貨の一部に置き換わるだけでマネーストックの規模を変えず、インフレを引き起こすことはないとされる。決済に時間を要するブロックチェーン技術を利用していないので、決済が迅速という特長もある。
実際、デジタル人民元はインターネット接続なしで利用可能だ。そのため、アリペイやウィーチャットペイなどのオンライン決済サービスより紙幣に近い機能を持っていると言える。
一方で、CBDCについては課題も指摘される。名古屋大学大学院の斉藤誠教授は昨年4月、次の4点を指摘している。
(1)マイナスの付利がありうる、(2)預金口座から瞬時に引き出せるので、商業銀行は預金のほぼ100%に相当する準備金を用意する必要があり貸し出しが実質不可能になる、(3)流動性のわなが消えてしまい、超低金利の下での旺盛な貨幣需要によって支えられる大量の国債消化は受け皿を失う──などだ。
さらに、(4)各国の中銀がCBDCで通貨覇権を競うようになると、ほとんどの中銀が最も競争力のあるCBDCを発行する中銀に従属しかねず、覇権を確立した中銀のCBDCが競争力を突然失うと世界中の通貨システムは大混乱に陥りかねない、とも指摘している。
こうした指摘を意識したのか、中国人民銀行は「デジタル人民元が既存の紙幣に全て置き換わることはなく、紙幣と長く共存する」と強調している。
実用化するに当たっては、中国人民銀行はデジタル人民元に潜む課題を考慮しながら、国内金融改革と人民元の国際化という2大目標に向かって、慎重に活用することになるのだろう。
(田代秀敏、シグマ・キャピタルチーフエコノミスト)