世界最大の豚肉生産・消費国、中国で豚肉価格が高騰から一転大暴落 翻弄される国際市場=高橋寛
昨年から急拡大を続けてきた中国の養豚業が、ここへきて大きな壁にぶつかっている。過剰生産によって中国内の枝肉価格が大暴落しているのだ。中国は国内豚肉需給の窮迫(ひっぱく)によって枝肉輸入を拡大してきた経緯があり、今後、中国の輸入抑制が国際価格の下落を招くのは必至で、日本の畜産関係者の間に衝撃が走っている。
アフリカ豚熱の流行による生産量の激減で高騰した豚肉価格
中国では、2018年8月に発生した豚の伝染病、アフリカ豚熱(ASF、旧名アフリカ豚コレラ)の感染拡大によって中小零細養豚農家の廃業が相次ぎ、一時生産量が激減した。20年の生産量は18年比で3分の1(1770万㌧)減少(図1)。日本の豚肉生産量(20年実績で130万㌧、CWE:枝肉換算重量)の実に13倍もの豚肉が市場から姿を消したのである。
これに伴い、中国内の豚肉の枝肉価格は19年7月から高騰し、20年末までの1年半の間、市場最高値レベルで推移した。ちなみに、19年10月末の価格(1㌔㌘あたり39.80元)は円に換算すると617円で、同時期の東京市場(上格付)の価格(501円)をも上回る。中国は、欧米各国からの豚肉輸入も拡大し、世界的な食肉価格の高騰も招いてきた。
1月をピークにつるべ落としに下落
ところが、である。中国内の枝肉価格は21年1月6日の週に36.33元と最後のピークを付けた後、生産量の増加とともにつるべ落としに下がり続け、6月23日にはついに14.10元と、ASF発生以前(18年1月)の価格をも割り込んだのである(図2)。
図2は、中国政府国家発展和改革委員会(国家発改委)発表の肉豚生体価格について、筆者が毎週モニターしてきたデータの中から、18年1月~21年6月までの2年半分をグラフ化したものである。このグラフは、価格だけでなく、18年1月3日の価格(15.16元)を100%として価格の変化率も示している。ちなみに国家発改委というのは、中国の経済政策と調整・研究を担う国家組織で、小国務院とも呼ばれるほど重要な政策決定に寄与しており、主要な物資の価格動向など様々な統計を発表している。
新規参入相次いだ「豚ホテル」が大打撃
中国では19、20年と、豚肉の価格高騰によって養豚企業が軒並み最高益を出した。新規参入も活発で、いわゆる「豚ホテル」(高層ビル養豚)の新規建築がブームとなった。中国政府の後押しもあり、巨大養豚企業が軒並み繁殖用母豚の頭数を増加させた。さらに昨年からは、養豚業界外の大手マンションや大手ショッピングセンターのデベロッパー、海外の食品企業などがこぞって養豚業に参入した。
図3は巨大養豚企業の繁殖用母豚・育成雌豚の17年と20年12月の飼養頭数の比較である。20年の頭数が驚異的に伸びている。通常、母豚1頭に対し、肉豚が20頭程度産出されるため、この図から、肉豚生産が急加速したことが読み取れる。こうして、肉豚の出荷頭数が大幅に増大した結果、肉豚の供給過剰となり、大幅に価格が下落したのである。
なお、市場に急激な変化が起きた場合など、国務院農業農村部からの発表が突如ストップすることがある。社会的混乱を防ぐためなのだろうか。このため現時点で5月のデータはないのだが、1~4月までの大規模処理場のと畜頭数の表を見れば、21年4月まで前年対比で約4割増と畜頭数が大きく増加していることがわかる。5月はおそらく、相当数のと畜頭数であったと推察される。
それでもトウモロコシ価格は高止まりが続く
さて、これに関連して、もう一つ気になるのが飼料価格だ。養豚の飼料として使われるトウモロコシの価格の推移を図4に示した。これを見ると、豚の飼養頭数の大幅増加に伴う需要の増大によって、トウモロコシ価格も高止まりし、18年初の1.56倍になっている。いきおい中国の大量の買い付けにより、CME(シカゴ先物相場)も1ブッシェル当たり6㌦を超えた水準で高止まりが続いている(6月末現在)。
日本で21年7月に入り、食用油やマヨネーズ、豆腐などの値上げが相次いだのは、大豆やコーン価格が高騰したためであり、その主要因は中国の養豚飼料向け爆買いによるものであった。
中国では現在、豚価格の大幅安、穀物大幅高の状態となっており、養豚企業は大幅な損失となっているが、肥育中の肉豚への給餌も出荷も止められないため、今後更に供給量は増加し、穀物価格が下がらないまま、豚肉価格は落ちるところまで落ちて最安値を付けるのではないかと予測している。
中国政府は繁殖用母豚の減産体制へとかじを切る
最後に図5をご覧いただきたい。国家発改委から毎週発表される豚価(生体)とトウモロコシ価格の比率(豚/穀物比)、これは、中国の豚肉需給の安定化対策の収益性の指標である。算出方法は、1㌔㌘当たり豚出荷価格÷1㌔㌘当たりトウモロコシ卸売価格で、損益分岐点は過去においては5.5とされ(現在は5.86と言われる)、6.0が繁殖用母豚の購入目安となる「目標基準」である。飼養農家は この指標を注視しており、目標基準を上回ると繁殖用母豚を購入して増産を図り、下回ると繁殖能力の落ちた繁殖用母豚を淘汰させて減産する事になる。
中国では、価格が高騰していた19年7月から今年4月まで、価格安定化対策として、調整保管のための冷凍豚肉の放出が実施されてきた。また、表向きは分からないが、関税の減免、国家による豚肉輸入の奨励なども行われてきたものと思われる。
しかしながら今年7月以降は、中国国内の価格下落に伴って、逆に政府が市場から豚肉を買い入れて価格を下支えする調整保管を実施するとともに、母豚淘汰を指導するなどの政策を打ち出すはずである。その場合は当然のごとく、今まで大量に買い付けていた欧米からの豚肉輸入を止める動きになる可能性が高い。
中国の輸入停止で国際的に豚肉がダブつく恐れ
つまり、国際的に豚肉がダブつき、国際価格は下落するものと予想される。また、いままで中国の需要増加のために国際的に不足気味であった穀物も、中国の母豚淘汰・肉豚出荷頭数の減少とともに需要が減少するため、短期的に価格は多少下落する。
ただし、このところのトウモロコシや大豆の値上がりは、中国の養豚の構造的変化、すなわち人間の残飯をエサとしていた庭先養豚(零細養豚)から、大規模な穀物給餌による企業養豚に変化したことが主要因であることを考えれば、依然として中国の穀物需要は強く、価格は底堅いだろう。
それにしても、中国養豚業の変化の激しさ、スピードにはあらためて驚かされる。この変化のスピードと規模の大きさに、今後世界の食糧需給は翻弄され続けることになる。当然ながら牛肉や鶏肉の価格にも、連鎖的に影響が出てくると考えられ、今後も中国の動向を注視する必要がある。
(高橋寛・ブリッジインターナショナル代表)