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経済・企業 エコノミストリポート

コロナで供給途絶!迫り来る牛・豚「食肉ショック」の衝撃=高橋寛(ブリッジインターナショナル代表)

価格上昇は消費者を苦しめる (Bloomberg)
価格上昇は消費者を苦しめる (Bloomberg)

 世界的な新型コロナウイルス感染拡大は、食肉業界の需要・供給双方に影響を及ぼしている。牛肉・豚肉とも世界的に需給ひっ迫、価格上昇のおそれがあり、日本でも輸入牛肉を多く用いるハンバーガーや牛丼、また主に輸入の冷凍豚肉を原料とするハム、ソーセージ、ベーコンなどの価格上昇につながる懸念がある。本稿では、牛肉・豚肉、国内・国外の別に需給要因を分析していきたい。

 まず、日本では和牛の消費が急激に落ち込んでいる。3月以降、インバウンド(訪日外国人)需要がほぼゼロになったことや、外出自粛により外食消費が激減したためだ。消費の落ち込みにより、2~3月は、和牛の価格が大きく下落した(図1)。A5ランクの最高級和牛の価格が、2等級格下のA3の前年同月水準、A3ランクの高級和牛の価格が、格下の交雑種B3の前年同月水準まで下落しているのである。

(出所)農畜産業振興機構(ALIC)より筆者作成
(出所)農畜産業振興機構(ALIC)より筆者作成

 農林水産省は、和牛価格の低迷は、新型コロナによる外食業界の営業不振やインバウンド減少が続く限り、持ち直すのは不可能であると判断。4月10日、生産体制の崩壊を防ぐことを目的に「畜産経営の安定に関する法律」を根拠として、民間による買い上げ、いわゆる調整保管の実施を発表した。

 予算規模は約500億円で卸売業者が小売業者などに和牛を販売した場合に1キロ当たり1000円の奨励金を交付するほか、在庫を保管するための追加経費についても補助する。スーパーなどでのセールを通じて消費の回復につなげたいとの考えによるものだ。

 国産豚肉に関しては、新型コロナの影響はほとんど見られない。豚肉は高級和牛のような「ハレの日の食肉」ではなく、ほとんどが「日常の食肉」であるため、外食需要の低下を量販店や精肉店での売り上げが補っているからだ。加えて、例年4~5月以降は、暑さに弱い豚の供給が細ることから、枝肉相場が上昇する。

 今年3月には1キロ当たり400円台後半だった国産豚肉(上格付け)は、5月には同700円超の高値を付ける日も出ている。現状までの価格推移を見れば、新型コロナの影響はほとんどないと考えられ、和牛生産者対策のような補助金は出されないようである。

日本の牛輸入は6割超

 次に世界の状況については、新型コロナの感染拡大による北米・南米の食肉処理施設の一時的閉鎖や、稼働率の大幅低下が伝えられている。5月の米農務省(USDA)のデータによると、米国の大手牛肉処理施設の稼働率は65%、大手豚肉処理施設の稼働率は60%程度である。特に、牛肉では米国が世界総生産量(2018年、6069万トン)の2割近くを占めており、世界市場への影響は大きい。

 筆者の友人で、米コンサルティング会社グローバル・アグリトレンズのブレット・スチュワート社長はブルームバーグのインタビュー(4月28日付)で、「全く前例のない事態だ。生産者はすべてを失うリスクを負い、消費者はより高い価格で食肉を購入せざるを得ないリスクを負う。どちらにとっても不利な状況だ。1週間でレストランから新鮮な牛ひき肉がなくなる可能性がある」と話している。

 米国内の在庫は、保存期間が短い冷蔵流通がほとんどであり、せいぜい2週間分程度しかないため、相当緊迫感のあるコメントとなった。ただ、4月28日にトランプ米大統領が、戦時中に制定された「国防生産法」に基づき、市場への牛肉や豚肉、鶏肉の供給を継続するよう食肉解体加工業者(パッカー)に命じる大統領令に署名したため、当面の供給不安は解消されているようだ。

 しかし、食肉処理施設が再開したにしても作業員の距離を保つなど感染対策のため、稼働率が10~20%程度落ちることは避けられず、新型コロナの影響が一段落するまで供給不足は避けられないとみられる。実際、今年5月初旬のステーキ用などの牛肉価格は、前年同期比で15%程度高い。今後、北米は夏場のバーベキューシーズンの需要期になるため、ロースやランプ、スペアリブなどの現地価格が更に高騰するものと考えられる。

 日本では、輸入牛肉はハンバーガー、牛丼などや、スーパーの精肉として販売され、消費の6割超を支える。現況は、輸入牛肉で11万~12万トン程度(消費量の約2カ月半分)の在庫があることや、日本国内の食肉処理場が問題なく稼働しているため、すぐには供給不安に陥らないだろう。しかし、もしこのまま米国で低い稼働率が続けば、将来的な供給に不安が残る。

 一方、豪州では、4月下旬にビクトリア州の羊肉の食肉処理施設が新型コロナ発生によって一時閉鎖されたが、それ以外の食肉処理施設での発生は報告されていない。食肉処理施設の多くは、労働者の密集を避けるために稼働率を60~70%程度に落としていると伝えられている。

 近年、所得向上を背景に中国が豪州の牛肉を“爆買い”しており、日本と中国の買い付け競争が顕在化していた。しかし、新型コロナを巡って、豪州政府が原因調査を中国に強く要求したことから、中国は報復として5月14日以降、豪州産牛肉の輸入を停止している。このため、日中間の豪州牛肉買い付け競争は当面は沈静化しそうである。

加速する“爆買い”

 世界の豚肉供給者を見ると、北米パッカーの稼働率が5月上旬で6割程度に下がったため、ロースやヒレ肉などの現地価格が高騰している。しかし、欧州の生産に関しては相対的に順調と伝えられており、世界市場での供給は安定する中、価格も落ち着いているように見える。

 しかし、「豚肉は国民食」と言われる中国が、欧州産や南米産豚肉の買い付けを加速しつつあり、今年4月の輸入量は前年同月比3倍の約40万トンと、史上最高を記録した(香港経由での輸入を含む)。18年夏から拡大したアフリカ豚熱による中国国内の豚肉不足を補うためだ。

 今後も中国の豚肉“爆買い”は続くものと予想され、米農務省は、世界総輸入量(20年予測、962万トン)の4割、日本の輸入量の3倍近い年間414万トンを輸入するものと予測している(図2)。中国は、アフリカ豚熱禍前の18年で世界総生産量・消費量双方で5割を占め、同国内での供給減少の影響は大きい。

 日本の商社やハム・ソーセージメーカーは中国の豚肉買い占めを懸念し、早い段階で冷凍豚肉の在庫を積み増した。日本でのハム、ソーセージの原料不安、価格高騰は当面の間は心配はなさそうである。ただし、新型コロナ禍が長期間続き、供給国の食肉処理工場閉鎖や更なる稼働率低下が起きれば、大変な状況になる。

冷凍・冷蔵で影響に差

 中国のアフリカ豚熱感染拡大の影響にも触れておきたい。米農務省のデータによると、中国の飼育頭数はアフリカ豚熱発生前の18年1月で4億3600万頭と、世界全体(8億700万頭)の過半数を占めていた。しかし、発生後の20年1月は3億1000万頭に落ち込んだ。

 中国の生産量で言えば、20年(予測値)が3400万トンと、18年の63%に激減する(図3)。実数にして年間2000万トンの減少であり、18年の全米の生産量約1200万トンの1・7倍に当たるすさまじい量である。

 最後に中国の豚肉価格について触れたい、豚肉の過去10年間の平均価格は1キロ当たり20・68元(約310円)だったのが、19年11月には49・22元(約740円)に高騰し、20年5月初頭でも41・09元(約616円)と、過去平均の2倍の高値を付けている(図4)。

 同時期の日本の豚肉価格は400~700円であり、世界でも高コストと言われる日本の国産豚肉と同じレンジの価格が続いているのだ。このことが意味するのは、昨年、複合的な要因から割高だった豚肉の国際相場は、今年も高値で推移することである。

 ところが、6月1日付のロイター電によると、中国政府が国有企業に対して米国産豚肉や大豆などの輸入停止を指示したとのことである。国有企業への指示という形だが、民間企業も中国政府の決定を忖度(そんたく)するため、実質的にはほぼ全面的な輸入停止となるはずだ。

 その場合、中国の豚肉需要は欧州・南米に向かい、欧州産が主流である冷凍豚肉(ハム、ベーコンなどの加工原料)の対日価格は押し上げられることになる。一方、新型コロナの状況にもよるが、北米産が主流の冷蔵豚肉(トンカツなど調理食材)の対日価格は、若干押し下げられるものと考える。

(高橋寛・ブリッジインターナショナル代表)

(本誌初出 食肉 新型コロナで価格高騰リスク 牛肉は米処理施設で稼働低下 中国のアフリカ豚熱も追い打ち=高橋寛 2020・6・23)コロナで供給途絶! 迫り来る牛・豚「肉ショック」の衝撃=高橋寛(ブリッジインターナショナル代表)

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