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「予防軽視」と「治療薬優先」が招いたワクチン敗北 なぜ日本は出遅れたのか=鈴木哲夫〈サンデー毎日〉

ここに来てワクチン接種も滞りがちだ
ここに来てワクチン接種も滞りがちだ

 コロナ禍の日本はワクチンで出遅れた。供給はいまだに海外製頼み。ここに来て接種も滞り、先進各国に対し「敗北」の様相だ。その理由は何だったのか。探ってみると、日本の厚生労働行政のひずみや、政治家らのリーダーシップの欠如が見えてくる。

「ワクチンしかない」

 昨年12月のことだ。菅義偉首相は主管の厚生労働省を中心に関係各所へ、供給確保と接種体制を「1分1秒でも早く」と指示を出した。「菅首相はワクチン接種への熱量がすごい。新型コロナウイルス対策の最後の切り札だとハラをくくった」(首相周辺)のだ。

 だが、その後の行き詰まりは枚挙にいとまがない。国内での接種開始そのものの遅れ。縦割り行政の弊害。菅首相が明言する接種終了の目標期日は二転三転。供給量の滞り。接種予約のストップ……。東京五輪開幕前には到底行き渡らず、参加する関係者やボランティアですら未接種者が大半だ。菅首相は7月23日に米製薬大手ファイザー社のトップと会談し、供給前倒しを働きかけた。ワクチン担当の河野太郎行革担当相は謝罪とともに供給プランの再調整などに当たる。

 だが、現在起きている行き詰まりだけを問題視したところで、根本的な解決にはならない。改めて俯瞰(ふかん)してみると、日本のワクチン政策そのものの問題点が見えてくる。

 そもそも政治行政において「ワクチンに対しての認識が薄い」と話すのは、自民党の厚労族でもあるベテラン議員だ。こう続ける。

「新型コロナが深刻化し始めた昨年3月ごろ。残念ながら、首相官邸や政府内ではワクチンよりも治療薬のほうに目が向いた。アビガンとか。(クルーズ船)ダイヤモンド・プリンセス号の患者にトライアル的にアビガンを使っているケースもあったし、即効的な政策という意味でも、政治行政全体が治療薬に向かっていった。それがワクチン政策のスタートが遅れた原因の一つ」

 ワクチンに対しては、日本国民全体に警戒感のようなものもあるという。最近では、子宮頸(けい)がんを予防するHPVワクチンの接種が国の補助によって進む一方、副作用がマスコミなどで取り上げられ、接種を踏みとどまるケースが相次いだことを見ても分かる。新型コロナワクチンも接種に慎重な国民が多い。

 また、厚労省OBは日本におけるワクチン政策についての傾向をこう話す。

「12年ほど前、自民党や厚労省内で新型インフルエンザ対策として『日本でもワクチン開発を進めるべき』という議論になった。新型コロナはメッセンジャー(m)RNAワクチンを投与するだが、日本のメーカーはDNAなどを操作してワクチンを作ることに積極的じゃなかった。世界では、その10年ほど前からmRNAワクチンに本格的に取り組んでいた。それだけ見ても日本は10年遅れている」

 行き詰まりの要因には、政治力の欠如もある。

 確保について、たとえば日本はファイザーとの契約を厚労省が担当したが、なかなか進まなかった。正面からの交渉だったからだ。担当者には権限も予算もなく、値段や数量などタフな交渉ができるわけがない。

 接種が早かったイスラエルなどは昨年夏前から首相や保健省トップがファイザーCEOと十数回にわたり交渉したという。交渉では「優先的に回してもらうために購入価格に色を付けたり、他の医薬品購入も約束したり、あの手この手だったようだ。イスラエル以外では医薬品のブローカーを使った国もある」(与党ベテラン議員)という。

 こうした交渉は瞬間瞬間で、常に政治決断が求められるという。前出の厚労族のベテランが続ける。

「たとえばファイザーが『日本人の治験をこれだけやっている』と言ってきて、『それでは国民は納得しない。治験数を増やしてくれ』と要望したら、治験に時間がかかり供給は遅れる。副反応が起きた場合に補償をどうするかも、交渉では出てくる。そうした時に『治験数はそれだけでいい』とか『補償は日本政府が持つ』とか。そんな政治決断を、その場で即断して初めて契約が進む。ただの商売上の契約ではない。首相や大臣など、政治決断できる人が交渉に立たなければならないのに、それを分かっていなかった」

 ちなみに、菅首相がファイザーCEOと直接協議したのは今年4月。しかも、それは電話だった。

 問われる政治のリーダーシップ

 接種が始まってからも問題が起きている。それは厚労省を中心に集団接種というレールを敷いたことだ。

 確かに、大規模な集団接種は会場数も限定できる。関係する医療関係者の確保やワクチンの運搬・管理などが比較的に楽だ。だが、集団接種は必ず詰まる。会場に行くための交通機関や予約調整で混乱が起きる。実際に大規模接種を行ってきた東京の自治体の首長は、こう話す。

「最も接種のスピードを上げるのは『身近な生活区域で接種できる』ということを組み合わせることです。大規模会場をドーンと置くのではなく、中規模の接種会場をいくつも設け、そこへかかりつけ医や集会所での小規模接種、職域、学校などを組み合わせるのがベストです。練馬区や地方でも中規模の自治体は、それをやって接種のスピードを速めました。最初から国がそうしたプランを作り、臨んでいれば、五輪までに間に合ったと思います」

 こう見ると、ワクチン政策が遅れ、行き詰まったのには必然がある。自民党の新型コロナワクチン対策プロジェクトチーム座長で、医師でもある鴨下一郎衆院議員は指摘する。

「今、ワクチン政策で政治リーダーに求められるのは、あえて危険性があることを理解した上で行動・発言するリスクテイク。官邸で、それができるのは総理か官房長官しかいない。ワクチンによって『高齢者3000万人はコロナの危機から外れた』と言い切る。そして『不平等』と言われても今、感染の中心になっている40~50代に接種を優先するとか。そうしたリーダーシップしかない」

すずき・てつお

 1958年生まれ。ジャーナリスト。テレビ西日本、フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経てフリー。豊富な政治家人脈で永田町の舞台裏を描く。テレビ・ラジオのコメンテーターとしても活躍。近著『戦争を知っている最後の政治家 中曽根康弘の言葉』『石破茂の「頭の中」』

「サンデー毎日8月8日増大号」表紙
「サンデー毎日8月8日増大号」表紙

 7月27日発売の「サンデー毎日8月8日増大号」は、ほかにも「辞任ドミノでも責任を取らない武藤組織委事務総長の厚顔」「実体験したワクチン副反応の苦しみ」「猛暑!汗にまつわるウソホント」などの記事も掲載しています。

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