コロナを「インフル化」する厚労省の大罪=鈴木哲夫〈サンデー毎日〉
感染症2類→5類に格下げの「拙速」
新型コロナウイルスの第5波が収まらない。東京五輪閉幕後、全国の新規感染者や重症者の数は連日、過去最多を更新している。その新型コロナを季節性のインフルエンザ並みに「格下げ」する動きがあるというのだ。だが、先に打つべき手があるのではないか。
昨年12月のことだった。旧知の厚生労働省健康局の官僚がこう言った。
「(感染拡大を抑えるため)年末年始の人流を徹底して抑え、酒もダメ。でも、これからは常に新型コロナを『インフルエンザにしていくタイミングも考えていかなければならない』という議論が内部にあります」
驚いた。昨年12月といえば、第3波が全国に広がり始め、大みそかには東京で新規感染者が1000人を超えた時期だ。にもかかわらず、この官僚は早くも〝出口戦略〟が省内に出ていることを明かしたのだ。
官僚が口にした「インフルエンザに……」とは、新型コロナを軽い感染症に〝格下げ〟することだ。感染症法は、病原体の感染力や感染者の致死率により、1~5類、さらに「指定感染症」「新型インフルエンザ等」といった段階に分けている。1類の代表例はペスト。1類に近づくほど厳しい措置がとられる。新型コロナは「指定感染症」だったが、「新型インフルエンザ等」に変更、地方自治体や医療機関は2類、さらには2類以上の厳しい対応をしている。
周知のように保健所を通し、入院・隔離や就業規制を行い、濃厚接触者や感染経路の調査も徹底的に行う。ただ、これによって地域の医療は入院などで逼迫(ひっぱく)し、保健所や自治体も相当な負担になる。医療費は公費、財政負担は続く。
そんな新型コロナを5類の季節性のインフルエンザ並みに扱おうというのだ。近所の医師でも診ることができる。入院勧告や隔離も不要になる。医療費は患者負担になる。そうなれば自治体や医療機関の負担は、大幅に軽減される。
この官僚の話を思い出したのは今夏だ。政府は入院対象者を重症者や重症化リスクの高い人に絞り込み、それ以外は原則自宅療養とする方針を発表していた。感染者が爆発的に増え、病床と医療が破綻するからという理由からだ。しかし、これは滅茶苦茶(めちゃくちゃ)な話だ。
今は感染力が強く、重症化するのが早いデルタ株が主流。自宅療養で急変し、死亡するケースも増えてきた。だが、自宅療養者への訪問診療や保健所の電話聞き取りの体制整備もされていない。医療関係者や世論からは当然、「救える命も救えない」「死の選別」と猛批判が出て、この方針を政府は事実上撤回した。
薬やワクチンが整わず時期尚早
この方針は菅義偉首相、田村憲久厚労相、西村康稔コロナ担当相ら関係閣僚会議で確認されたという。批判は予想できたはず。そこには先述の「インフルエンザに……」が潜在的にあったという。首相官邸に出向する官僚がこう話した。「菅首相がワクチンに全力を挙げ、政府は『最後の段階に入ってきた』という空気が大きくなってきている。『コロナを5類に』という出口戦略は、ずっと官邸や厚労省の頭の中にあった。何かきっかけがあれば、そこへ持って行こうと。今回は感染者が増え、医療逼迫を避けるという大義ができた。そこで自宅療養中心に方針転換し、インフルエンザと同じ扱いに一歩近づけようと……。関係閣僚会議の中でも反対論が出なかったのは、そうした空気が根底にあったから」
確かに、いつかはインフルエンザのように、日常的な感染症になればいい。それは国民の願いだ。しかし、間違ってはいけない。タイミングは今ではない。
昭和大医学部の二木芳人客員教授は、ともに出演したテレビ番組で「かかりつけ医などが日常医療で診ることができることになるのが、最後の段階なのは分かっている。でも、ワクチンや治療薬がまだきちんとしていない。しかも今は感染が爆発している最中。早い」と警告した。その通りだ。
新型コロナの治療に当たる都内の大学病院の専門医は時期尚早と言い切る。
「抗体カクテル療法も入院患者にしか使えない。5類になり、今、かかりつけ医のところに患者が押し寄せたとしても、まともな薬もない。入院可能な病院へ送り込もうとしても(患者が)詰まってしまう」
このような〝インフル化〟より先に、政府はやるべきことをやっているのだろうか。官邸と連絡を取り合う自民党幹部は言った。
「本当なら、東京の新規感染者が1日1000人ペースになってきた7月19日の週に、関係閣僚会議や分科会へ諮り、緊急事態宣言の拡大などを検討してもよかった。しかし、今回はやらなかった。私が官邸に聞いたら『今は重症者も少ないのでもう1週、様子を見る』と。『確実に増える。今週やらないのは(同23日に)五輪開会式があるからか』と聞いたら『それもある』とはっきり言った。五輪で遅れたことが、感染を拡大させたと言われても仕方ないのではないか」
過去に本欄でも取り上げたが、独自対策を進める福井県は、これまで全ての陽性者を病院や宿泊施設に収容してきた。今回の感染爆発に対し、準備してきたのが体育館に100床の臨時病床の設置だ。いわば野戦病院を作ったのだ。
「県は、医師会とこれまでしっかり連携し、信頼関係を作ってきた。東京都や他の自治体でできないのは、爆発的感染に備えて話し合いなどをやってこなかったからではないか」(県幹部)
大阪府は今年4月に感染爆発で病床数が破綻し、自宅療養者が死亡するなどした。だが、苦い教訓から訪問診療や療養施設の拡大、入院までの保健所手続きの簡素化などをした。政府が今回、自宅療養の新方針を打ち出しても、過去の反省から大阪府は入院基準を見直さないと踏ん張った。
これらの手は感染が落ち着いている時期にこそ打たなければならなかった。感染が増えてから慌てても追いつかない。自宅療養中心は「逃げ」に見えてしまう。政府や東京都は「インフル化」の前にやるべきことが、まだまだあるはずだ。
すずき・てつお
1958年生まれ。ジャーナリスト。テレビ西日本、フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経てフリー。豊富な政治家人脈で永田町の舞台裏を描く。テレビ・ラジオのコメンテーターとしても活躍。近著『戦争を知っている最後の政治家 中曽根康弘の言葉』『石破茂の「頭の中」』