MMT(現代貨幣理論)理論の第一人者が提唱する「最後の雇い手」=服部茂幸
『ミンスキーと〈不安定性〉の経済学 MMTの源流へ』 評者・服部茂幸
著者 L・ランダル・レイ(バード大学教授) 訳者 横川太郎監訳、鈴木正徳訳 白水社 2640円
現代貨幣理論の核心は「最後の雇い手」にあり
世界大恐慌以後、最悪の金融危機が起きたのは2008年9月のことだった。危機を拡大させていたのが、米国の金融当局だった。例えば、リーマン・ブラザーズが破綻した翌日の米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策を決める連邦公開市場委員会(FOMC)では、複数の参加者がリーマンの破綻を容認したことは正しいと発言している。
危機後、注目を浴びたのがハイマン・P・ミンスキーの金融不安定性仮説である。そして、本書はミンスキーの弟子レイによるミンスキーの経済学の解説書である。
世界金融危機の前、FRBは物価を安定化させる金融政策によって、実体経済も金融も安定化できると信じていた。ところが、「安定性が不安定性を生み出す」というのがミンスキーの重要なビジョンの一つである。FRBが金融危機は起きないという幻想を作り出したことが、過剰なリスクテークを容認し、金融危機を引き起こしたのである。
さて、ミンスキーは60年代にケネディ政権とジョンソン政権で行われた「貧困との戦い」では失業を解決できず、失敗すると論じていた。理由の一つは、いわゆる「ケインズ政策」によって需要を拡大させても、下層の労働者が雇用される前にインフレが生じることである。その代案としてミンスキーが提示したのが、最低賃金で希望する労働者をすべて政府が雇用するという「最後の雇い手」政策である。
80年代以降、新自由主義の政策と経済の金融化によって、新しい資本主義が登場する。ミンスキーはこのことにいち早く気づき、この新しい資本主義を「マネー・マネージャー資本主義」と名づけた。30年代の世界大恐慌が金融資本主義の崩壊だったのと同じく、08年の世界金融危機はマネー・マネージャー資本主義の崩壊だった。
「誰でも貨幣を創造することができる。問題はそれを受け入れさせることができるかである」という認識がミンスキーの貨幣論の中心にある。原理的には借金で物を買うことはできるが、信用力によって借金は制限される。そのため、信用力の違いによって貨幣のヒエラルキーが作られ、その頂点に中央銀行と政府が立つ。そこで、政府の借金によって経済をコントロールしようというのが、レイの主張するMMT(現代貨幣理論)の要点である。
これを機会に、金融不安定性仮説だけでなく、裾野の広いミンスキーの研究全体への関心が広まることを期待したい。
(服部茂幸・同志社大学教授)
L.Randall Wray 1953年生まれ。米パシフィック大学卒業後、ワシントン大学セントルイスで修士号と博士号を取得。この時期に師であるミンスキーと出会う。邦訳されている著書に『MMT現代貨幣理論入門』がある。