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水道橋博士の藝人余録 天敵文化人「佐高信と猪瀬直樹」とボク〈サンデー毎日〉

水道橋博士
水道橋博士

 「クレーマー論客」はなぜボクを「原発芸人」呼ばわりしたのか

 タレント、作家、政治家……すべて表現者を「藝人」と見なし、自らとの交友を裏も表も明かして綴る、水道橋博士の人物論エンターテインメント。今回は、犬猿の仲で知られる佐高信氏と猪瀬直樹氏の2人、その仕事ぶりと人間性について、博士だけが知る事実を語り尽くす――。

 「元都知事」はなぜオリンピックに熱狂するのか

 前回、5月23日号の『サンデー毎日』に寄稿させていただいた原稿が好評をいただいたことにより、今回から「毎日」でも「週イチ」でもなく、週刊誌に「月イチ」連載?という珍しい機会をいただいた浅草キッドの水道橋博士です。

 本連載は「藝人余録」と題して、芸能界、テレビ界の交遊録風なエッセーを書いていきたいと思います。

 前回の原稿でも申し上げた通り、今、テレビ界でボクは30年ぶりに地上波のレギュラーがありません。しかし、暇かと言うと、そうではなく、現在、You Tubeに番組を2本展開しており多忙を極めております。

 ここでボクのYouTube番組を説明しますと、毎週、「阿佐ヶ谷ロフトA」で『阿佐ヶ谷ヤング洋品店』、略して「アサヤン」というトークライブを開催しています。この題名は90年代のテレビ東京の伝説的なバラエティ番組『浅草橋ヤング洋品店』のパロディです。

 今年の3月から始まり、最近でも、6月26日には『猪木vsアリ戦45周年』と題して、古舘伊知郎さんをゲストに迎えた企画、7月13日は70歳を迎えた音楽家・随筆家の近田春夫さん、7月20日は、『砲撃!!週刊文春ナイト』と題して、大傑作ノンフィクション『2016年の週刊文春』(光文社)の著者・柳澤健さん、そしてコメンテーターに東野幸治という布陣で、出版文化寄りの企画を開催しました。

 どうでしょうか? タイトルを見ると『サンデー毎日』の読者には打てば響くようなラインナップではないでしょうか。

 上から目線とカマシは猪瀬氏の得意技

 その一方で、『博士の異常な対談』という番組も立ち上げました。

 こちらは、ボクがライフワーク的に媒体を変えて続けていた『博士の異常な……』シリーズのYouTube版です。と言ってもご存知無い方に説明すると、評論家の宮崎哲弥さんとボクがタッグを組み、斯界(しかい)の大物、政治家、学者、文化人から専門分野の濃い話を聴き出す鼎談(ていだん)シリーズです。この番組は今もYouTubeで再生回数が多く人気コンテンツですが、今回はテレビ番組と同じスタッフが集結して、鼎談から対談に様式を変えて、最初から無料YouTube番組として制作されています。

 1回目のゲストが、『週刊文春』元編集長の新谷学さんでした。今年7月1日より『文藝春秋』本誌に編集長として返り咲いた、かの「文春砲」の立役者であり、業界注目の編集長とは、ボクが『週刊文春』にシリーズ連載している「藝人春秋」を、自らの最初の編集長就任と共に連載陣に抜擢(ばってき)してくれた関係です。

 ボクは芸能人ですが、「芸能界に潜入したルポライター」と自称するほどなので、すぐに意気投合、新谷編集長の経歴、人格、出版事情、及び、週刊文春、文藝春秋の昨今の歴史、スクープ論などの裏話に花が咲きました。

 週刊誌とは人生の縮図であり論戦の場です。

 抜いたり抜かれたり、名誉を傷つけたり回復したり、人間社会の喜怒哀楽が詰まっている、合わせ鏡そのものです。

 週刊誌を読んでいると、「世界は遊びとはいえない殺し合いのようなキャッチボール」という大槻ケンヂの一節を思い出します。

 そして2回目のゲストが、作家で元東京都知事の猪瀬直樹さんでした。猪瀬さんは元々、週刊誌を主戦場にしたルポライター出身であり、ボクが全集レベルで愛読するノンフィクションの大家でもあり、ボクが市民として忌憚(きたん)のない意見を具申させてもらう元政治家でもあります。

 久しぶりにお会いしましたが、「俺はやさしいだろ!」とボクやスタッフに凄(すご)む独特の猪瀬節は今も健在であり、上下関係や長幼の序にこだわらず、常に上から目線で話しつつも、「作家は忖度(そんたく)しないもの」という、その矜持(きょうじ)にも、氏の変わらないスタンスを感じました。

 猪瀬さんのような立場の人へのインタビューはとても難しいものです。

 なぜなら大宅賞受賞のルポライターとして確固たる名誉を築き、長年、国家的政策に直言し、そして小泉政権の道路公団改革では政権中枢にコミット、その後は、同じ作家の石原慎太郎知事の要請を受けて東京都の副知事に就任、そして憲政史上最高の得票数を得て東京都知事に就任した経歴を誇ります。揶揄(やゆ)ではなく、十分敬意を払うべきエラい人なのです。取材することも、されることにも精通した熟練のツワモノなのです。

 カマシは猪瀬さんの得意技です。ともすれば相手のご高説を伺うだけになります。しかし、ボクは相手の意見も聞きながらも、自分の口を閉ざすことはしません。

 この回も五輪開催に関して侃々諤々(かんかんがくがく)の議論にもなりました。

 「俺は佐高信みたいなものは書かない」

 ボクは猪瀬さんの名著『昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)で負け戦の予測分析が出来ていながら、太平洋戦争から撤退が出来なかった往年の指導者たちの頑迷さを告発した猪瀬さんが、コロナ禍の五輪招致に賛成することが不思議でなりませんでした。

 勿論、都知事時代に五輪招致を実現した張本人であり、国際的な大舞台を実現したい心情、本音は抱いて当然のことと思います。

 しかし、今回は、猪瀬さんが言うところの「情緒に流されないファクトとロジックで裏付ける」物言いに首肯できないことばかりでした。

「五輪が開催されメダルラッシュになれば、国民の五輪及び政権への支持率も上がるはずだ」という未来予測は、たとえ当たったとしても、長期、俯瞰(ふかん)的な文明論をテーマに綴(つづ)ってきた作家の視点に思えないし、コロナの感染拡大が仮にあったとしても、死亡者数が抑えられ、医療崩壊は起きないはず、という希望的な観測がベースであり、それはあまりにも楽観的に過ぎます。

 ボクは、昔から、猪瀬さんの持論である「痛みを伴う改革」の「痛み」に対する軽視した表現も的を射てるとは思えないのです。

 ボクがコロナ禍を有事と見立て、先の大戦への無謀な突入と変わらない、と指摘をしても、世間のIОC批判を「尊皇攘夷(じょうい)」と呼ぶ、時代がかった言い回しも引っかかります。

 そう言えば積もる話のなかで、猪瀬さんが「ボクは人の悪口を書いたことがない」という話に「そうですかぁ?」と眉に唾して疑念を口にしても、「俺は佐高信みたいなものは書かないから」と言っていました。

 ちなみに、評論家の佐高信さんは常々、猪瀬さんに批判的であり、以前には『自分を売る男、猪瀬直樹』(七ツ森書館)を著しています。

 佐高信さんが論壇のなかでも人一倍のクレーマー論客であるのは承知しています。

 ここから「余録」そのものを書きます。2005年12月26日――。

 ボクが故・筑紫哲也さん司会の『ニュース23』に初めて呼ばれた時の共演者のひとりに佐高信さんがいました。

 佐高さんは「テレビは政治に利用されたのか?」というテーマの座談に加わった、場違いなお笑いタレントの出演を温かく迎え入れてくれました。

 その後、2011年の3・11の大震災が訪れます。

 原子力発電所を巡る是非で言論界も激震、踏み絵もどきの二元論が飛び交いました。

 3・11の直前にボクたちが原子力発電所を推進する電事連の雑誌広告に出演していたことで、『週刊金曜日』に掲載の佐高氏の原稿で〝原発芸人〟として名指しで叩(たた)かれました。

 事実がベースなので反論も出来ないツラい経験でしたが、しかし、これは甘んじて受けねばならない批判です。

 しばらく、自省を中心とした鬱々とした期間を送りました。

 ボクは自分への批判者に対しては無視を決め込むことなく、相手の著作、発言を通じて、論法や姿勢をチェックすることにしています。

 その後、ボクがあまりにも無知のままであった原子力の行政政策はもちろんのこと、佐高信さんの新刊、エッセー類も気に留めて読むことになりました。

 なかでも、佐高信さんが常々、大批判をしている標的である田原総一朗さんとの共著『激突!朝まで生対談 田原総一朗×佐高信』(毎日新聞社)は、意見が合わないものが向かい合うことの意味や意義が紙面に表れていてエキサイティングでした。

 佐高氏はバツの悪そうな顔で笑った

 そして、佐高さんのあるエッセーのなかで、飛行機のファーストクラスやビジネスクラスにふんぞり返る文化人批判がありました。その文章を「なるほど!」と思い当たる人を目に浮かべながら読んだ記憶が残ったままの2012年、8月9日――。

 山形の庄内空港のロビーで、ボクたちが現地で番組ロケを終えた後、佐高信さんと偶然出会いました。

 山形は佐高さんの地元なのでお盆で帰郷されていたのでしょうか、いずれにしろボクにとっては『ニュース23』の時以来です。

 お互い顔に気が付きましたが、素知らぬ顔をしていた佐高さんに駆け寄り挨拶(あいさつ)したところ、

「ああキミ、筑紫さんの番組で一緒になったね」と応じてくださいました。

「田原総一朗さんとの対談本読みました!」

「それはありがとうね」

「それと『週刊金曜日』で原発芸人と名指しでご批判頂き、ありがとうございました。あれは、正直、こたえましたよ!」

 と言うと、佐高さんはバツが悪そうな顔で笑ってボクの肩を抱かれました。

 帰途、ANA便に搭乗しようとすると、番組スタッフから「今日は誕生日席ですから!」と、プレミアムシートのチケットを渡されました。ちょうど10日後がボクの50回目の誕生日でした。何度もそういう気遣いは固辞したのですが、結局、その日だけご厚意に甘えて座らせてもらいました。ひとり偉そうで申し訳ない……と思いつつ、ボクが旅客機の先頭のエリアに腰掛けた時、後から搭乗した佐高さんが……ボクを一瞥(いちべつ)しました。

 ビジネスクラスはボクひとりだけで独占状態でした。

 ボクは席を立ち「佐高さん、これには……(事情があり)」と言いかけたところで、氏は後部の座席へと消えていきました。

 事実だけを書いています。

 人の世は、悪口を言ったり言われたり、むやみな誤解をしたり受けたり、確かに「遊びとは言えない、殺し合いのようなキャッチボール」、そんなシーンの連続なのです。

 猪瀬直樹さんとの対談の席で、今までどこにも書いたことのない、こんな話を走馬灯のように思い出していました。

すいどうばしはかせ

 1962年、岡山県生まれ。お笑い芸人。玉袋筋太郎とのコンビで「浅草キッド」を結成。独自の批評精神を発揮したエッセーなどでも注目され、著書に『藝人春秋』1~3、『水道橋博士の異常な愛情』ほか多数ある

「サンデー毎日9月5日号」表紙
「サンデー毎日9月5日号」表紙

(「サンデー毎日9月5日号」掲載)

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