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下重暁子が語る「人生観」 一日の積み重ねが最期の顔になる〈サンデー毎日〉

下重暁子さん
下重暁子さん

 新著『人生 「散りぎわ」がおもしろい』

 本誌で1年間、エッセーを毎月連載していただいた作家・下重暁子さん。その作品や対談をまとめた『人生 「散りぎわ」がおもしろい』(毎日新聞出版)が出版された。下重さんの人生観など、本書の魅力について伺った。(聞き手/坂巻士朗・本誌編集長)

――好評連載が書籍化されました。本書の表紙は、鮮やかな夏椿(なつつばき)のイラストです。前書き部分でも夏椿の話を書かれていて、本書の核をなす〝重要なアイテム〟になっていますね。

下重 連載をまとめるに当たって、編集担当者の方が「散りぎわ」という言葉を入れたらどうかと言ってくださったんです。その時、『平家物語』の冒頭に出てくる沙羅双樹(さらそうじゅ)に似た夏椿の花が思い浮かび、このような形になりました。

――前書きで書かれているように、夏椿の散り方と下重さんの人生観がオーバーラップしていると感じました。その人生観とは、「生と死」が隣り合わせで、私たちが常日ごろからどう生きていくかが問われているということでしょうか。

下重 その通りです。人は死にぎわだけが格好いいなんて、あり得ません。その人が辿(たど)ってきた人生が、死に顔にも表れるものです。日々の一歩一歩がいかに大事か。一日一日は大したことはなくても、その積み重ねが最期の顔になると感じているし、そう自分に言い聞かせて生きています。

――連載時、下重さんの原稿で感じたことは、「潔さ」でした。今、おっしゃったことが脈々と流れているからこそ、その潔さを感じたわけですね。

下重 夏椿は他の花と違って、朝、白い小ぶりな花を開き、夕方ぽとりと落ちる。あの独特な落ち方は、〝生きたまま死ぬ〟ような気がします。生きたままの形で死ぬ、これこそが、私が描いてきた死生観そのもののように感じたのです。

――新型コロナウイルスのまん延で、だれでも「死」や「病気」を強く意識せざるを得なくなりました。

下重 私の周りでもコロナではありませんが、親しい方が3人亡くなりました。いずれも私にとってはとてもショックな出来事でした。そのうちの一人が日比啓子さん(注1)です。私の歌の先生でした。

――歌を習っていらっしゃったんですね。

下重 実は私は、オペラ歌手になりたかったんですよ(笑)。子どもの頃の夢でした。でも、オペラ歌手になるには、「頭声(とうせい)」という発声法を使うため、ある程度の体格が必要ですが、私は体が小さかった。

――確かに、オペラ歌手は〝体が楽器〟で、体格のいい方が多いですね。

下重 そう、楽器が無いと同じなので諦めました。しかし、50歳を過ぎてから、オペラへの情熱が再び燃え盛り、日比先生に習い始めました。

 私が詩の朗読をして、先生がドイツリートを歌うというスタイルのリサイタルもしました。その先生が昨年、急に亡くなってしまった。棺(ひつぎ)の中で眠っている先生のお顔は今まで見た中で、一番品があり、きれいでした。その時、死に顔にその人の人生が表れると、改めて感じました。

『人生 「散りぎわ」がおもしろい』
『人生 「散りぎわ」がおもしろい』

 コロナ期の過ごし方が問われる

――「どう死ぬか」ではなく、「どう生きたか」ということですね。

下重 事故や事件、戦争で亡くなった場合は違うと思いますが、自分の道を全うした人の最期の顔は美しい。「散りぎわ」は、生と死の境界でどちらかは難しい話です。死ぬ直前なのか、死を迎えた瞬間なのか、その境を考えるのが好きですが、夏椿のように、生そのままの姿の花に「美」を感じ、自分の人生をしっかり歩んでいきたいと願っているのです。

――連載時は、コロナ感染の広がりと重なりました。このコロナ禍だからこそ自分で判断できる環境にあるとお書きになっていました。コロナを後ろ向きに捉えるのではなく、より個人の判断に委ねられる機会だとおっしゃりたかったのかなとの印象を持ちました。

下重 個人の判断こそが大切だという思いはあります。たとえば、GoToトラベルキャンペーン。お上から「行け」と言われて行くのは、旅ではありません。私が行きたくて行くのが旅なわけで、他人からとやかく言われて行くのは、おかしい話です。自分から欲して行きたいと感じ、行動するのが旅ですから。

 本書にも収録されましたが、ジャーナリストの池上彰さんとの対談で、池上さんが「コロナはRNA遺伝子という情報だ」と話していらっしゃいました。菌ではなく、単なる情報だとの教えは、とても示唆に富んだものだと思っています。

――どういうことですか。

下重 情報社会と呼ばれるようになり、今後ますます情報化は進みます。戦争自体も兵器で殺りくすることから情報が主体となっていく時代になるのではないでしょうか。コロナが収束すれば終わるというのはウソ。コロナはこの地球上での変化をもたらす前哨戦ではないでしょうか。何十年後、何百年後に振り返った時「あのコロナが端緒だった」と言われるのだと感じています。

――コロナを「情報」と捉えると、また違ったものが見えてくるわけですね。

下重 連載でも書きましたが、自然は敏感に変化しました。人が活動しなくなった途端、ベネチアの運河が見事にきれいになったり、東京の空でも鳥がさえずるようになったり。これまでの人の支配で汚染されていたものが、瞬く間に輝きを取り戻しました。地球規模で、コロナ禍が示した環境の変化は、今後この星がどうなるのかを指し示しているように感じるのです。

――その中で、私たち人間はどう生きるかが問われているというわけですね。

下重 はい。コロナ期をどう過ごしたか、どう考えて行動するかによって、その人の人生、この社会が変わっていくと思うのです。歴史学者が、過去の感染症でどう社会が変化していったかなどを語っています。それを否定するつもりはありません。しかし私は、このコロナ期が新しい時代の始まりだと感じているのです。決して明るい未来ではなく、人類滅亡さえもあり得る大変な時代の幕開けだと思うのです。

 大切な情報は「自分の内」にある

――コロナを乗り切れば、明るい未来が待っているというのは短絡的だと。

下重 少なくとも元へ戻ることはない。ヒントを示してくれたのが、将棋の棋士、藤井聡太さん(注2)です。藤井さんは、対局がない期間を〝考えて、考えて、考える時間〟に充てた。あの若さで、自分を見つめ直す期間にした。これまでの自分の棋譜を見直し、さらに将棋を究めようとしていたのです。このことで分かることは、自分を見つめ直すことが次につながったということです。まだコロナは収まっていません。しかし、近い将来、ワクチン接種が国民の6割、7割まで進み、爆発的な感染も収まって社会活動が再開した時、藤井さんのように自分の内側に向き合った人と、そうでない人の差はくっきりと浮かび上がるでしょう。

――現在は、今なお自粛している人と、外出して遊ぶ人の差が激しい。

下重 自分と対話したか、自分とは何か、を問い直したか。今の社会は外部に情報があふれ返っていますが、一番大事な情報は「自分の内」にあります。自分から逃げずに見つめ直した人が、コロナ後の社会を生き残っていくのではないでしょうか。

――下重さんは幼少期をそうやって過ごしてきたと。

下重 はい。私にとっては幸せなことに、子どもの頃は病気でした。小学2~3年の2年間、結核のため疎開先の部屋に隔離されて本ばかり読んでいました。その後も人見知りで、人とは話せず、一人でいることが多かった。自分と向き合うことを常にしていました。その時期を経験して、がっちり固めた鎧(よろい)を少しずつ脱げるようになりました。すると、私からアプローチしなくても、いろいろな方が声をかけてくださる。自分と対話した子どもの頃の2年間があってこそ、だと感じています。

――年齢を重ねると、なかなか自分を変えられない人も多いと思います。そのような人に向けてのアドバイスをいただけますか。

下重 人は年を取って個性的になっていく。その過程で、ムダなものを削(そ)ぎ落として、本当の自分、本物の自分が見えてくる。それに向き合って正直に、真摯(しんし)に生きることが大切ではないでしょうか。私自身、他人とのコミュニケーションができず、辛(つら)かった時もありましたが、自分を知り、自分に自信が持てるようになって、自由になりました。しかし、まだ満足していません。もっと自由になりたい。もっと自分を掘りつくしたい。そんな期待があります。その思いがある限り、生きられると感じています。それが無くなった時が〝私の散りぎわ〟ですね(笑)。

(構成/本誌・山田厚俊)

(注1)ひび・けいこ

 東京藝大大学院修了後、ドイツに留学し、シュツットガルト音楽大を卒業。オペラ歌手として国際的に活動。元東邦音楽大総合芸術研究所特任教授。2020年6月12日、骨髄腫で死去、71歳

(注2)ふじい・そうた

 2002年、愛知県生まれ。16年、史上最年少で四段昇段(プロ入り)。その後、無敗で29連勝の公式戦最多連勝記録を樹立。現在は王位、棋聖のタイトルを持っている

しもじゅう・あきこ

 1959年、早稲田大教育学部卒。NHKアナウンサーとして活躍後、民放キャスターを経て文筆活動に入る。著書にノンフィクション『鋼の女 最後の瞽女・小林ハル』(集英社文庫)をはじめ、『家族という病』『極上の孤独』(幻冬舎新書)、『人間の品性』(新潮新書)など多数

「サンデー毎日9月12日増大号」表紙
「サンデー毎日9月12日増大号」表紙

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