経済・企業

経営改善策としての上下分離、地域交通の維持は地域が責任をもつべきか=土屋武之

只見線では不通区間の上下分離による復旧が決定した 筆者撮影
只見線では不通区間の上下分離による復旧が決定した 筆者撮影

上下分離の今 公共交通は誰が支えるか 自治体や三セクが線路管理=土屋武之

 天災により運行不能となる公共交通機関は昔からあったが、東日本大震災以降、特にそれが目立つ。鉄道は、高度経済成長期までのような国家事業ではなくなっており、地方交通線では収益性が大きく低下。巨額な復旧費用が必要となる災害を被らずとも、日常的な利用客減によって経営難に陥っている鉄道も数多い。

 自力再建が難しくなっているため浮き上がってきたのが、交通に対する「地域の責任」であり、その手段の一つが、鉄道施設の保有と列車の運行の主体を分離する、いわゆる「上下分離方式」である。(鉄道緊急事態 特集はこちら)

JR東日本セカンドタイプ許可申請

日高線は高波被害で長年のバス代行が続き、廃止された。写真は様似駅 筆者撮影
日高線は高波被害で長年のバス代行が続き、廃止された。写真は様似駅 筆者撮影

 鉄道事業法では、鉄道事業を第一種〜第三種に分けている。もっとも一般的なのは第一種で、自社で線路も列車も保有して事業を行う。第二種は他の事業者から線路を借用して列車を走らせる事業を指す。代表例がJR貨物だ。第三種は、第二種鉄道事業者へ貸し出す目的で、インフラを保有する事業である。

 今年6月30日、2011年の新潟・福島豪雨により、いまだ不通となっている只見線の会津川口─只見間(福島県)について、17年6月に交わされた基本合意書に基づき、JR東日本が第一種鉄道事業の廃止と第二種の許可申請、福島県が第三種の許可申請を国土交通大臣に対して行った。復旧にはJR東日本が責任を持ち、運行再開までに線路などのインフラは福島県に譲渡。以後は県が維持管理の責任を負う約束だ。JR東日本は列車を運行して営業し、福島県に使用料を支払う。

 こうした方式の最大のメリットは、固定費用の負担から運行会社が解放される点。そしてインフラを所有する事業主体が、自治体や第三セクターなど公的資金を投入できる立場なら、収益の多寡に関係なく整備改良や維持管理ができる。都道府県道や市町村道と同じ考え方だ。

 海外ではもっと大規模に、政府が関わる事例もある。経営改善もさることながら、グローバル化の進展により鉄道事業への参入自由化が求められている事情もある。例えばスウェーデンでは、政府出資の特殊会社がインフラ部分を所有・管理し、所定の要件を満たせば、どんな企業体でも自由に列車を走らせて営業できる。日本ではさほど自由化が求められていないため、例えば大手私鉄出資の新規参入企業が夜行列車を走らせるといった動きはないが、インフラ所有者の合意があれば、鉄道事業法上は不可能ではない。

 ただ、自治体が鉄道に対して公的支出を行うとなれば、やはり地域のコンセンサスが必要となる。日本の鉄道会社の大半は私企業だ。そのための上下分離方式でもある。要は福祉、教育、産業振興、そして道路などと同様、自治体が交通に対して責任を持つ一環として、鉄道への支出を認めるかどうかにかかっている。認めたのが福島県の只見線であり、認めずに廃線となった最近の被災鉄道の例が、北海道の日高線の様似─鵡川間だ。支出する方向が一般化してはいるものの、自治体の財政事情もあって、すべての鉄道に対して行うわけにはいかない。

上田電鉄千曲川橋梁の落橋現場(2019年10月) 筆者撮影
上田電鉄千曲川橋梁の落橋現場(2019年10月) 筆者撮影

 公的支出を行うにしても、地方自治体が上下分離によって鉄道事業者となる必要はない。例えば、19年の台風で鉄橋「千曲川橋梁(きょうりょう)」が流失した上田電鉄では、上田市が同鉄橋を買い取って同社に貸し出すスキームを構築し、復旧作業を行った。ここでは、鉄道事業者の変更は行われてない。

 18年に施行された鉄道軌道整備法の一部改正においては、鉄道事業者が黒字であっても、天災で被害を受けた路線が一定の赤字を計上していれば、災害復旧費用の補助が可能となった。JR東日本の只見線こそ好例で、赤字の鉄道事業者に限られていた時代と比べれば大きな改善となった。これを活用し、かつそれまでの鉄道事業者が自社で以後の責任を持つというなら、自治体は「では見守りましょう。今後も支援はします」との姿勢を示す場合もある。先述の上田市がそうだ。

 そもそも今の地方自治体には、鉄道インフラを管理するノウハウや人的資源の蓄積がない。そのいちばん簡単な解決策が以前の所有者への委託であるのは明らか。それならスキームを変更するまでもないとの判断もあって当然と思う。地域の事情はそれぞれだ。一概にこの方式が良いとは言えないのである。

越境流動はどう考える

 地方自治体が交通に対して責任を負うことは、万能の解決策ではない。それを示しているのが、JR九州の西九州新幹線(新鳥栖─長崎間)における佐賀県の姿勢だ。交通は都道府県、市町村の境に関係ないのが当然。けれども自治体の責任範囲は自治体のエリアだけである。だから地域を越えた交通需要に対し、自治体内の事情に鑑みて責任を持ちかねるとしても、やむを得ない。

 新幹線は地元への利益が大きいため、建設費に対する地元負担が求められる。佐賀県は西九州新幹線に対し、「当県にとって利益が薄く、負担だけが重い存在」として県内区間の建設に対し難色を示したため、武雄温泉─長崎間の建設が先行。佐賀市などを通る博多─武雄温泉間は在来線特急でつなぐ変則的な姿で、22年秋に開業する予定だ。

 こうなると政府が介入し調整を図るしかないが、難航している。広域的な交通に対しては、やはり国が主体となって責任を持ち、負担もするのが自然とも思えてくる事例だ。今はケース・バイ・ケースで対応するしかないが、少子化、ひいては就業人口の減少が進み、利用客減が加速すると、鉄道インフラに関しては、いずれ第三種鉄道事業者としての「日本国有鉄道」が復活しても、おかしくはないと考えている。

(土屋武之・鉄道ライター)

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