経済・企業

旅客数2割減少で採算割れ、原点回帰で鉄道事業を立て直し=梅原淳

鉄道事業の根幹を支える通勤定期旅客 (Bloomberg)
鉄道事業の根幹を支える通勤定期旅客 (Bloomberg)

生き残り戦略 旅客2割減で採算割れ 聖域の人件費にもメス=梅原淳

 2021年7月末から8月初頭にかけて鉄道主要各社は21年度第1四半期(4〜6月期)の決算を公表した。JR旅客会社6社と大手私鉄14グループとで鉄道事業(単体)の営業収支を比較すると、明暗が分かれている。(鉄道緊急事態 特集はこちら)

 JR旅客会社は東日本、東海、西日本、九州の上場4社とも損失を計上した一方、大手私鉄は東武鉄道、小田急電鉄、東急、名古屋鉄道、阪急阪神ホールディングス(HD)、西日本鉄道の6グループが利益を計上した。21年度通期の業績予想はJR東日本、JR東海の両社は黒字化が見込まれるが、JR東海は利益を下方修正している。大手私鉄の勢いは21年度通期の業績予想でも優勢で、先の6グループに加え、京王電鉄、京浜急行電鉄、相鉄HD、近鉄グループホールディングス(GHD)、京阪HDの6グループと、未定の京成電鉄を除く計12グループが営業利益を計上するという。

ターゲット顧客で明暗

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 JR旅客会社と大手私鉄との差はターゲットとする顧客層の違いから生じている。最も多くの利益をJR旅客会社は長距離旅客、特に新幹線の利用者から上げ、大手私鉄は沿線に住む短距離旅客から上げているのだ。

 ところで、JR東日本、JR西日本も首都圏、関西圏の大都市圏で大規模な通勤輸送を展開している。だが、18年度の1日当たりの通勤定期旅客数は前者で892万人、後者で241万人。そして定期運賃の割引率は平均約51%であり、大手私鉄の35%前後と比べて大きい。筆者の試算では通勤定期旅客1人当たりJR東日本は94円、JR西日本は119円の損失が生じている。

 JR東日本、JR西日本がラッシュ時の運賃だけでも値上げする時間帯別運賃の導入を求めたのは当然であるし、国土交通省もまた両社の言い分を認めざるを得ない状況となっている。両社がこのまま損失を出し続けると会社の存続が危ぶまれるだけでなく、両社が実質的に負担する旧国鉄の長期債務の償還にも悪影響を及ぼし、ひいては増税が避けられないからだ。

 一方、大手私鉄全体では通勤定期旅客1人当たりの収支は33円の黒字だが、安泰とはいえない。テレワークの進展などにより旅客数は大幅に減少したままで、しかも今後もコロナ禍前の状態には戻らないと目されるからである。

 表は主な鉄道会社の損益分岐点を試算したものだ。鉄道事業は費用に占める固定費の割合が90%前後と極めて高く、大手私鉄でも旅客数の減少率が21・8%を超えると採算割れしてしまう。

 東急を例に取ると、同社は21年度第1四半期に1日平均245万人の旅客数を記録した。20年度よりは回復傾向にあるものの、コロナ禍前の19年度同期と比べると依然として37・5%減の厳しい状況が続く。東急の場合、採算割れせずに許容できる旅客数の減少率は17・4%と思われるからだ。

 東急の場合、多方面に事業を展開するグループのうまみを生かし、鉄道部門の赤字を他部門で埋めるという発想も考えられる。しかし、他の大手私鉄各社ではそのような考えは見られない。鉄道事業は骨格となる部門であり、ひとたび損失が生じたら他部門では埋められないからだ。そして、鉄道事業の通常時の利益率は20%前後と他部門よりも高いので、鉄道部門の立て直しを図るほうが効果的ともいえる。

保有資産の圧縮

 とはいえ、東急でも検討されている運賃値上げは利用者の批判が大きい上、JR旅客会社、大手私鉄では国土交通大臣による認可制のために実施されるかは不透明だ。そこで、運賃値上げに頼らずに各社とも今まで聖域とされてきた固定費削減の動きも目立つ。その筆頭は人件費の削減だ。

 JR東日本やJR西日本、近鉄GHD、京阪HDなどは駅業務の合理化を目指して遠隔監視システムの拡充を図る。近鉄GHDの場合、19年度末に約7200人であった社員数は24年度には約6600人になるという。

 ワンマン運転化もJR東日本の京浜東北線、東急の東横線といった旅客数の多い通勤路線で計画されている。運転士のなり手が少ないという傾向が見られていたなか、コロナ禍で一気に加速する状況となった。JR東日本やJR九州は無人運転の研究も進めていて、実現した際には地方の路線から導入されるだろう。

 JR九州と西日本鉄道とは、19年に輸送サービスの連携を開始した。現時点ではJR九州の鉄道と西鉄のバスとの接続強化や両社の観光列車のコラボにとどまる。だが、今後を見渡せば両社の鉄道部門における設備やシステムの共通化にも手が付けられそうだ。

 大手私鉄の鉄道部門以外を見ると、固定費の削減に加えてアセットライト、つまり保有資産の圧縮による機動的な経営体制強化の動きも目に付く。西武HDや近鉄GHD、阪急阪神HDは一部のビルやホテルを売却し、資金の創出を図る。西武HDの場合、自社のブランド力を生かし、ホテルを売却後も運営の受託をもくろんでいる。

 以上に加え、大手私鉄では自社の沿線内での利用者の取り込みの強化と、いわば創業時への原点回帰の動きも見られる。各社とも旅客数の減少を快適性の向上と位置付け、自社沿線の価値を高めるべく東急や相鉄HD、京阪HDを中心に沿線でのマンション建設ラッシュが続く。阪急阪神HDは長期ビジョンとして沿線に新産業、先端技術を呼び込んで定住、交流人口の増加を目指す計画を立てている。この動きはコロナ禍前でも京王や小田急、京急、南海でも見られ、各社さらに自社沿線への囲い込みの流れは加速しそうだ。

(梅原淳・鉄道ジャーナリスト)

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