資源・エネルギー

NTTが四国電力買収でこじ開ける「電力大再編時代」の新たな扉(追記あり)

四国電力の電気事業設備を示す地図(2020年3月31日時点)同社の統合報告書2020より
四国電力の電気事業設備を示す地図(2020年3月31日時点)同社の統合報告書2020より

 2040年度までに温暖化ガス排出の実質ゼロを目指し、再生エネ発電所開発を進めているNTTの「次の一手」に注目が集まっている。業界内では「脱炭素の切り札として四国電力を買収するのでは」との見方も広がっている。一見、これまでの常識ではありえない話にも思えるが、果たして――。

電力会社を買収しないと「ゼロは実現できない」

 こうした噂話が広がるのには理由がある。NTTは、2040年度の温暖化ガス排出「実質ゼロ」を打ち出しているが、これは電力会社を買収しない限り実現できないのでは、との見方があるのだ。

 NTTは18年、東京電力ホールディングスと省エネや脱炭素化を推進する共同出資会社を設立した。20年6月には傘下のNTTアノードエナジーを通じて、三菱商事と協力し、再エネ発電事業やEV、蓄電池を組み合わせたエネルギーマネジメント事業に取り組むと同時に、送配電事業に乗り出すことを明らかにした。

 NTTの通信網を活用し、三菱商事傘下のコンビニのローソンの全国店舗への電力を供給する「スマートエネルギー構想」を打ち出したのだ。これは送配電事業に電力会社以外の事業者が本格参入する初の事例になる。

さらにNTTアノードエナジーは21年7月に都市ガス最大手の東京ガス、宇都宮市などと電力小売事業合弁会社を設立。宇都宮市内のごみ焼却施設で発電したバイオマス電力を市有施設の一部や次世代型路面電車に供給することで、再生可能エネルギーの地産地消を推進する。市内の電力供給を自前で運用する配電事業も予定している。

NTTの澤田純社長=東京都千代田区で2020年12月15日、内藤絵美撮影
NTTの澤田純社長=東京都千代田区で2020年12月15日、内藤絵美撮影

NTTが打ち出した4500億円という投資枠

 しかし、ここまで踏み込んでも、NTTが打ち出している「40年度の(温室効果ガス排出の)実質ゼロは難しい」(エネルギー業界アナリスト)と業界では言われてきた。

 だからこそ、NTTは最近、相次いで驚きの手を打ち出している。9月30日に「30年度までの10年で再エネなどに約4500億円を投じる」計画を明らかにし、10月5日には国内最大となる3000億円のグリーンボンド(環境債)の調達も発表した。

 4500億円を使って、自社グループの再エネ比率を80%とし、その半分を自前の設備で賄う方針だ。NTTとも取引がある再エネ開発業者は「これだけの規模の再エネ比率を達成するには、電力会社を買収するしかないというのが業界の共通認識」と話す。

四国電力の長井啓介社長(同社年次報告書より)
四国電力の長井啓介社長(同社年次報告書より)

四国電力の時価総額は1680億円

 そこで浮上するのが四国電力だ。

四国電力は二酸化炭素(CO2)排出ゼロの水力発電所を100万㌔㍗以上保有しているほか、本州とは中国電力と交流送電線、関西電力と直流送電線で結ばれている。NTTグループが目指す「データセンター事業の温暖化ガス排出の実質ゼロ」を達成するうえでも強力な手段になる可能性がある。

 しかも四国電力の時価総額は10月21日時点で1680億円。ENEOSが買収するジャパン・リニューアブル・エナジーの2000億円を下回る。実際の買収価格は純資産の3500憶円を上回ると考えられるが、NTTの再エネ投資枠4500億円の中で実現できる金額だ。

四国電力の面河水力発電所(愛媛県)同社年次報告書より
四国電力の面河水力発電所(愛媛県)同社年次報告書より

電力量の42%が石炭

 ここで、四国電力の持つアセット(資産)を見てみよう。

 四国電力は、61万5000㌔㍗の本川水力発電所(高知県吾川郡いの町)をはじめ、出力3万㌔㍗以上の水力発電を5カ所持ち、全体で58カ所、114万㌔㍗の水力発電所を保有している。これらがカーボンフリー電源だ。

 火力発電所は4カ所、373万㌔㍗を保有しているが、138万㌔㍗の坂出発電所(香川県)の過半はLNG火力で、CO2排出が多い石炭火力は橘湾発電所(70万㌔㍗、徳島県)のみ。西条発電所(40.6万㌔㍗、愛媛県)は石炭と木質バイオマスの混焼でCO2削減を図っている。他に重油焚きの阿南火力(90万㌔㍗、徳島県)がある。

 このように四国電力の火力発電は“品揃え”が豊富だが、2019年度の電力量で見ると石炭が全体の42%を占めている(円グラフ参照)。

四国電力の発受電電力量(2019年度)同社報告書より
四国電力の発受電電力量(2019年度)同社報告書より

原発は伊方3号の1基のみだが…

 原子力発電所は、福島原発と異なる加圧水型軽水炉(PWR)の伊方発電所(愛媛県)があるが、1・2号機はすでに廃炉作業中だ。1994年に運転を開始した3号機(89万㌔㍗)のみ稼働中で、2016年8月に四国電力の佐伯勇人社長(現・会長)は、伊方原発3号機について「60年運転を念頭に置くべきかと思う」と言及し、法定の40年を超える運転延長を目指す意向を明らかにしている。

伊方原発1号の廃炉が終わるのは2056年度(四国電力の報告書より)
伊方原発1号の廃炉が終わるのは2056年度(四国電力の報告書より)

四国電力を経営する三つのリスク

 この四国電力の経営を引き受けるうえでは「三つのリスクがある」と電力業界の歴史や再編の動向に詳しい橘川武郎・国際大学副学長は指摘する。

 一つはやはり伊方原発。廃炉を含め「3基も原発を抱えるのはリスクだ。しかも伊方3号は60年延長できる可能性が高く30年以上の運転が可能」。NTTには未知の領域だ。

 二つ目は発電アセットが必ずしもCO2削減に適していない点を挙げる。「坂出発電所はLNG火力だが二酸化炭素を排出することには変わりがなく、保有する火力発電所をカーボンゼロに近づけるのは難しい」。

 三つ目は、山間部が多く、「ポツンと一軒家」も散在するため、配電コストの地域格差が大きい。例えば香川県と比して徳島県山間部の配電コストは高く、これを平準化しているため「全体の配電コストが高くなる傾向がある」という。

四国電力の電気事業設備を示す地図(2020年3月31日時点)同社の統合報告書2020より
四国電力の電気事業設備を示す地図(2020年3月31日時点)同社の統合報告書2020より

課題をチャンスにする「ウルトラC」

 しかし、これらの課題を「解決する方法もある」という。「ウルトラC」に近いが、原発だけ切り離して四国電力を買収する方法だ。その場合、カギを握るのは中国電力だ。

 菅政権から岸田新政権に引き継がれた「2030年度の温室効果ガスを13年度比で46%削減」を達成するには、電力会社はキロワット時当たりのCO2排出量を0.37㌔㌘まで落とすというこれまでの目標をさらに深掘りする必要がある。「中国電力がこれを達成するには、伊方3号を組み入れるしか方法がない」(橘川教授)という。

 橘湾の石炭火力もJパワーの技術で石炭ガス化複合発電(IGCC)に転換していけば、CO2削減を進めることはできるという。

 さらに配電コストの引き下げもスマートグリッドやスマートメーターなどの技術を活用し、「節電・創電・蓄電を効率的に組み合わせるVPP(仮想発電所)方式を採用すれば不可能ではない」という。

四国電力のVPP活用イメージ(同社年次報告書より)
四国電力のVPP活用イメージ(同社年次報告書より)

本四連携の「直流送電線」を脱炭素につなげる秘策

「四国と本州をつなぐ直流送電線を活用し、脱炭素につなげる方法もある」と橘川氏はいう。四国電力は、阿南変換所(徳島県)と関西電力の紀北変換所(和歌山県)を結ぶ50万ボルトの直流送電線「阿南紀北直流幹線」を関西電力、Jパワー(電源開発)と共同保有している。

 発電所から家庭やビル、工場などに送電される電流は、ほぼすべて電力ロスが少ない交流だったが、近年、直流送電で電力ロスをなくす動きが起きている。直流送電が実現化した背景にはテクノロジーの進化があり、電線の改良によって交流よりも直流の方が送電時の電力ロスが小さいことも分かってきた。

 NTTは日本全土のデータセンターで大量の電力を消費しており、日本全体の消費電力の1%を消費している日本最大の電力バイヤーだ。NTTファシリティーズによれば、「世界全体のエネルギー需要に対して約2%がデータセンターだといわれ、それが年間10%ずつ増大している」という。

コンピュータが直流で動くデータセンターへの直流送電が実現すれば、交流からの転換コストが削減され、NTTにとってメリットは大きい。橘川教授は「関電の紀北変換所まで伸びた直流送電線をさらにNTTのデータセンターがある地域まで延長できれば送電ロスの削減、ひいては温室効果ガスの削減につなげることができる」という。ちなみにNTTアノードエナジーが力を入れている事業の1つが、再エネ電力活用拡大と省エネ推進を両輪で進める、データセンターのグリーン化だ。

もう一つの買収メリットは西日本最大のデータセンター

 データセンターで言えば、NTTにとってのうまみはもう一つある。四国電力は100%子会社のSTネットが香川県高松市に西日本最大のデータセンターを保有している。STネットによれば、「香川県は首都圏が属する北アメリカプレートとは異なるユーラシアプレートに位置しているため首都圏直下型地震が起きても同時被災のリスクは低い」という。

 災害などが発生したとき、企業が損害を最小限に抑え、事業の継続や復旧を図るBCP(事業継続計画)を実現するうえで、NTTにとって四国電力が持つデータセンターの取得は大きな意味を持つのだ。

首都圏直下型地震を回避できるユーラシアプレートに位置する香川県高松市(四国電力子会社STネットのHPより)
首都圏直下型地震を回避できるユーラシアプレートに位置する香川県高松市(四国電力子会社STネットのHPより)

世界4位のデータセンターを持つNTTの地球に対する責任

 2019年のデータセンター業界の市場シェアでNTTは世界で4位、1.6%を占めているという(業界別売上高ランキング研究会調べ)。

 世界全体で見てもNTTはそれだけ電力を消費しているわけで、デジタル時代の責任をグローバルに果たすためにも「実質ゼロ」はNTTにとって最大の経営課題となるわけだ。

 もちろん、買収実現までには、課題も多い。一つは、既存のビジネスを守りたい大手電力会社、特に電力供給地区が四国電力と隣り合う関西電力や中国電力など西日本の電力会社の反発は必至とみられる。また、四国電力が保有・運営する原子力発電所を、買収後にNTTがどう扱っていくのかも大きな問題だ。

 しかし、これらの課題を乗り越え、NTTによる四国電力買収が実現すれば、電力再編は、異業種参入や送配電統合など従来と異なる新たなステージに入る可能性もある。四国電力以上に水力発電設備が大きい北陸電力を巻き込んだ再編や、秋田沖で計画されている大型洋上風力の電力を首都圏で消費するための送配電会社合併などだ。

電力再編の扉が開くか

 このように、四国電力買収には、「原発切り離し」などNTTに都合の良いウルトラCが必要になるなど、ハードルはあまりに多い。だが、これが現実になれば電力再編の新しい扉を開くことになる。

果たして現実になるのだろうか。

(土守豪・再エネジャーナリスト+編集部)

(追記)北陸電力のほうが安い?

「買収するなら水力発電資源が四国電力より豊富な北陸電力のほうが安い」という意見が読者から寄せられました。実際に北陸電力の水力発電は193万㌔㍗と四国電力の約2倍あり、時価総額も1200億円台です。

 しかし、大型水力を除いた再生エネ、特に太陽光発電のポテンシャルは、四国電力管内のほうが優れています。年間の日射量が北陸より優れており、太陽光パネルを設置する土地が四国電力管内のほうがまだ余力ある。

 すでに四国電力管内のFIT(固定価格買取制度)による再生エネ発電量は増大しており、管内全体の電力需要が最小の季節の時間帯に、電力供給量が需要を上回ってしまう「出力制御」が九州電力に続いて起きると言われている。

 それくらい四国電力管内には太陽光発電所がたくさんある。NTTなら四国電力管内で余剰となる再生エネ電力を直流送電でうまく活用できる道が開けるというわけです。

(土守豪・再エネジャーナリスト)

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