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「流域治水」で災害に強いまち目指せ=石川智優

2020年7月の豪雨で約30メートルにわたり決壊した熊本県人吉市球麿川の堤防
2020年7月の豪雨で約30メートルにわたり決壊した熊本県人吉市球麿川の堤防

法改正 ハード連携の「流域治水」 開発エリア選択に影響も=石川智優

 2019年の水害被害額は2兆1500億円となり、過去最大となった(図1)。今後も気候変動の影響により、降雨量や洪水発生頻度が全国で増加することが見込まれている。(あなたの町の危険度)

 このような時代に対応するために、今年2月に「特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する法律案」、いわゆる「流域治水」関連法案が閣議決定され、国会で成立した(5月10日公布、7月15日から11月までに順次施行)。

 ダムや堤防などのハード整備や治水計画の見直しに加え、国や自治体、企業、住民などあらゆる関係者が共同して取り組む「流域治水」の実効性を高めるために整備された法律だ。「流域治水」関連法は9本の法律を一体的に改正する大掛かりなものとなっており、また、河川対策の法律やまちづくりの法律など管轄の異なる部局が連携した非常に画期的な取り組みだといえる(図2)。

 具体的には(1)特定都市河川浸水被害対策法(「特定都市河川法」)、(2)河川法(一部施行)、(3)下水道法(一部施行)、(4)水防法、(5)土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(「土砂災害防止法」)、(6)都市計画法、(7)防災のための集団移転促進事業に係る国の財政上の特別措置等に関する法律(「防災集団移転特別措置法」、(8)都市緑地法、(9)建築基準法──の9本の法律が改正された。

災害前に集団移転も

 法改正の目的は、(1)流域治水の計画・体制の強化、(2)氾濫をできるだけ防ぐための対策、(3)被害対象を減少させるための対策、(4)被害の軽減、早期復旧・復興のための対策──の大きく四つに分けられる。

 どれも国民生活に関わる重要な法律だが、今回は国民生活への影響が特に大きいと考えられる「(3)被害対象を減少させるための対策」、「(4)被害の軽減、早期復旧・復興のための対策」として挙げられる法改正に着目したい。

 まず、「被害対象を減少させるための対策」は「防災集団移転特別措置法」「特定都市河川法」「都市計画法」の改正による影響について考える。

 従来の防災集団移転促進事業は、災害が実際に発生したエリアや条例で災害危険区域に指定されたエリアを対象として、住宅や施設などを安全なエリアに移転することに対して国や地方公共団体が補助金などを交付することで促進してきた。今回の法改正で、「浸水被害防止区域」「地すべり防止区域」「急傾斜地崩壊危険区域」「土砂災害特別警戒区域」も追加され、災害発生前であっても安全なエリアに集団移転するということが選択肢の一つとなるだろう。

 ここで出てくる「浸水被害防止区域」は、新たに特定都市河川法にて創設されるものだ(今年11月上旬までに施行)。住宅や要配慮施設などの安全を事前確認するため、浸水被害の危険が著しく高いエリアについて、知事が浸水被害防止区域に指定し、個々の開発・建築行為を許可制にするなどの対応が可能となる(特定都市河川法)。また、地区単位の浸水対策を推進するために、地区計画のメニューに居室の床面の高さや敷地のかさ上げなどを盛り込むこととなる(都市計画法)。

危険想定河川8倍に

 次に「被害の軽減、早期復旧・復興のための対策」として挙げられている水防法について考える。昨今の水害は、洪水浸水想定区域に指定されていない中小河川でも多くの浸水被害が発生している。水害リスクがあるにもかかわらず、リスクが周知されていない場合、住民などに対して当該地域が安全であると誤解を招く可能性がある。こうした状況を踏まえ、リスク情報の空白域を解消するために水防法が改正された。

 改正水防法は、想定最大規模の洪水や高潮などに対応したハザードマップ作成エリア、いわゆる浸水想定区域を現行の大河川から住家などのある全ての河川流域、下水道、海岸に拡大することとなった。浸水想定区域を設定する河川数は20年度で2092河川だったものを、25年度には約1万7000河川まで拡充することを目標としている。

 また、水防法改正により、ハザードマップ対象エリアが拡大することが見込まれ、宅地建物取引業法での宅地建物取引業者に対する重要事項説明にも影響することが想定される。ハザードマップの作成・見直しが行われた場合、不動産関連団体、さらには住民などへのしっかりとした周知が必要だ。

資産価値影響の補償を

 一方、住民からすると、自分が住むエリアで従来リスク情報がなかったにもかかわらず、改正法により「浸水被害防止区域」に指定されたり、新たに策定される「浸水想定区域」に入っていたりと、不安な材料を提供することにもなりかねない。それは居住地の選択や土地・家屋などの国民の資産価値、また開発事業者からすると開発エリアの選択などに影響を及ぼす可能性がある。

 そうしたことを踏まえると、新たなハザードマップの作成や移転促進エリアの指定については慎重な対応が求められる。国民や事業者に対して丁寧な説明、そして必要に応じて資産価値に影響した場合の補償などの検討が必要となるだろう。「流域治水」施策が適切に推進されることで災害に強い安全なまちとなり、まちの価値が向上していく取り組みとなることを期待したい。

(石川智優・日本総合研究所創発戦略センターコンサルタント)

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