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日本が韓国大統領選で「ポスト文在寅」の保守派候補に期待しすぎてはいけない理由 澤田克己

進歩派与党の李在明候補(左)と保守派野党の尹錫悦候補(右)による事実上の一騎打ちとなった韓国大統領選。日本では尹氏への期待が高まっているが…
進歩派与党の李在明候補(左)と保守派野党の尹錫悦候補(右)による事実上の一騎打ちとなった韓国大統領選。日本では尹氏への期待が高まっているが…

 来年3月の韓国大統領選まで3カ月となった。文在寅政権の進歩派与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補=前京畿道知事=と保守派野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補=前検事総長=による事実上の一騎打ちで、激しい選挙戦が戦われている。11月初旬、野党候補が決まった直後の世論調査で尹氏が大きくリードしていたこともあり、日本国内では新政権の下での「日韓関係改善」に期待する報道が目に付いた。だが実際は、そう簡単でもなさそうだ。

野党候補決定直後の尹氏リードは「ご祝儀相場」

 野党候補が決まった直後の世論調査における「尹氏リード」、これはいわゆる「ご祝儀相場」だった。韓国では、メディアの注目を浴びるイベント直後の支持率上昇を「コンベンション効果」と呼ぶが、まさにそれである。

 その後、リードは徐々に縮まり、韓国ギャラップ社の12月3日発表の調査では、両氏ともに36%と横一線に並んだ。小政党の候補2人がそれぞれ5%ずつの支持を集めており、この2人との合従連衡も最終盤に向けた情勢の変動要因となる。

 進歩派の文政権下での日韓関係の悪化を背景に、日本では保守派の尹氏に期待する向きがあるようだ。「ご祝儀相場」での尹氏大幅リードの世論調査結果に必要以上の反応を示した日本メディアも見られたが、そこにはこうした期待感があったのだろう。

 確かに両氏の日本がらみの発言を見ると、尹氏の方が落ち着いていることは論を待たない。というより、李氏の発言には耳を疑うようなものが多い。

 ただ、だからといって尹氏に期待しすぎるのは禁物だ。どちらが勝ったとしても、対日政策を大きく変えることは難しいだろう。

日本がらみで落ち着いた発言をしている尹氏だが…

 李、尹の両氏はいずれも、日韓関係改善への意欲は示している。未来志向の日韓関係をうたった98年の日韓共同宣言を重視し、そこに盛り込まれた「日本の心からの謝罪と反省」がベースになると主張している点も同じだ。とはいえニュアンスはかなり違う。

 李氏は「日本は完全な友邦国家だろうか」などという疑念を口にし、竹島問題や歴史問題で日本を激しく非難する。

 それに対して尹氏は「過去は過去として、後世が歴史を正確に記憶するために真相を明確にすべきだが、未来については未来世代のため実用的に協力しなければならない」と語る。

 ブレーンを見ても、李氏陣営に日本専門家は見当たらない一方、尹氏陣営には有名な日本専門家が複数入っている。日本と付き合いのある人も尹氏側に多いから、日本が尹氏に期待してしまうのも無理はない。

 ただ、尹氏の日本についての発言を注意深く見てみると、日韓関係を最悪の状態にした文政権をこき下ろす文脈が多い。専門家の間では「表面的なことしか語っていない」という評価もある。そもそも「過去と未来を切り分ける」というのは、文政権が言ってきたことでもある。

 それ以上に懸念されるのは、尹氏が当選した場合の政権運営の行方だ。仮に尹氏が当選したら、議席の6割強を進歩派野党が押さえる国会と向き合うことになる。首相の任命には国会の同意が必要なので、野党の協力が得られなければ組閣すら難しい。韓国の国会に解散はなく、2024年の次期総選挙まで勢力図は変わらない。

 現在の韓国において、対日政策の優先度は低いものの、対応を間違えると世論から感情的な反発を受ける厄介な問題である。国会情勢を見ても大胆に動くのは難しいし、とりあえず「後回し」ともなりかねない。

過去の保守政権でも楽観論が裏切られている

 12月3日、筆者は両国の政治家や研究者、記者が議論する「日韓フォーラム」に参加した。1993年から毎年開かれている会議で、昨年と今年はオンライン形式での開催となった。フォーラムでは、大統領選へ向ける日本側の視線について「行き過ぎた楽観論が裏切られると、反動が大きい。日韓関係では、そうしたことが繰り返されてきた」と懸念する声が韓国側から上がった。

保守派の朴槿恵政権下では、日本の期待に反して日韓関係が悪化した
保守派の朴槿恵政権下では、日本の期待に反して日韓関係が悪化した

 2013年に保守派の朴槿恵(パク・クネ)氏が大統領になった時、日本側に根拠なき期待が広まったことを念頭に置いた発言だろう。実際には、朴氏は就任当初から慰安婦問題で厳しい対日姿勢を取り、前任の李明博(イ・ミョンバク)大統領による竹島上陸で悪化していた日韓関係はさらに悪くなった。

 ただ、朴氏は当選翌日に「正しい歴史認識」を強調するスピーチをしている。選挙戦終盤でも歴史問題には厳しい姿勢を見せていた。「行き過ぎた期待」をしたのであれば、それは日本側の判断ミスであったと言える。

李氏も最初は現実路線に?

 日韓フォーラムでは、李氏についても、「大統領になれば現実的な政策を取るのではないか」という参加者がいた。「ポピュリスト」と批判される李氏は、国民生活に直結する看板政策であっても、旗色が悪くなると公約を平気で引っ込める。そうした様子を見る限り、「少なくとも就任当初は現実的な対応を取るだろう」というわけだ。

 実際、先月の記者会見で、李氏は外交安保政策に関する質問に次のように答えている。

「状況が変わったのに考えを変えないことを、わからず屋と呼ぶ。国益に合わせて柔軟に動くべき外交領域でわからず屋の態度を取ると、大変なことになる。国際関係では現状というものが重要だ。その時の状況で最善の選択と決定をしていかなければならない」

 文大統領に対しても、就任当初は日本政府内に「意外と現実的」という評価が多かった。雲行きが変わったのは、18年秋に慰安婦合意で設立された財団の解散を決めた頃からだ。ここでは詳述しないが、対日姿勢の変化は、南北関係が進展したことで日本の重要度が下がったことを反映したものだったと考えられる。

 韓国の大統領選ではもともと、対日政策は争点になってこなかった。最大の争点は国内問題であり、対外政策では南北関係と米韓関係が争点となることがある程度だ。今回だけ対日政策が争点になるという“異変”は起きないだろう。

 今回の争点は、新型コロナウイルス対応に加え、不動産急騰や深刻化する格差拡大への対応だ。対外政策については、対北朝鮮政策ですら突っ込んだ議論はされていない。政策論争より、相手候補のスキャンダルたたきばかりが目立つ選挙戦だ。

 こうした状況で日本が「行き過ぎた期待」を持つことも、過剰な警戒心を抱くことも、あまり意味があるとは思えない。

「日韓関係を悪化させたのは進歩派政権」という錯覚

 保守派政権への期待が日本で語られる背景についても、改めて考える必要があるだろう。

 1965年の国交正常化から93年まで、韓国の大統領は軍人出身だった。朴正熙(パク・チョンヒ)と全斗煥(チョン・ドゥファン)、盧泰愚(ノ・テウ)である。そして金泳三(キム・ヨンサム)、金大中(キム・デジュン)という長老政治家の時代を経て、進歩派の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権になって日韓関係が大きく悪化し始め、文政権でさらに悪くなったイメージが強い。

 だが実際には、保守派の李明博大統領が竹島上陸で日韓関係をそれまでにないほど悪化させ、後任の朴槿恵大統領も他国で日本を批判する「告げ口外交」をしているとして反発を買った。

大統領選の結果次第で文在寅政権から何かが大きく変わるというのは「行き過ぎた期待」かもしれない
大統領選の結果次第で文在寅政権から何かが大きく変わるというのは「行き過ぎた期待」かもしれない

 つまり「保守だから」「進歩だから」というのは当たらないのである。もちろん「韓国そのものが反日国家だから」というのではない。冷戦終結による国際環境の変化に加え、韓国の民主化と経済成長、バブル崩壊後の日本の相対的な国力低下という構造的要因が背景にある。結果として日韓ともども相手国との関係を重要視しなくなり、関係悪化に歯止めがかからなくなった。

 保守派が韓国社会の主流だった冷戦時代には、安全保障上の問題として日韓関係を管理する必要性が双方に共有されていた。そうした状況が大きく変わったのにも関わらず、互いに適切な対応ができていないのである。

 ただ実際には、両国の関係悪化は互いに不利益をもたらすだけであり、機会損失は計り知れない。それぞれの国益や外交的狙いに違いがあるのは当然だが、感情的な対立からは抜け出さなければいけない。そのためには現実を直視して、地道に対応策を取っていく必要がある。

 指導者の個性は、現状を冷静にとらえるための雰囲気を作れるかという点では、大きな要素であるといえる。それでも、大統領選の結果次第で何かが大きく変わると考えるのは「行き過ぎた期待」である。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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