映画 パーフェクト・ケア 高齢者問題と危険な捕食者 海千山千の役者たちが強力=芝山幹郎
鮫(さめ)が出てくる。きれいな歯をした鮫だ。歩くと揺れるブロンド・ボブの髪。高価なジャケットを着てハイヒールを履き、デザイナーズ・サングラスをかけて電子タバコをふかす。頭は切れそうだが、なにを考えているのか読みづらい。
鮫の名はマーラ・グレイソン(ロザムンド・パイク)という。マーラは、裕福な老人の法定後見人を職業としている。
あ、と思った方は、半分以上「パーフェクト・ケア」の世界に引き込まれている。高齢者問題は世界中で起きているが、この映画で描かれる悪事は、誇張が痛烈だ。画面の色彩はポップで軽やかなのに、登場人物の言動がダークで邪悪でひねくれまくっている。それも、主人公だけではない。脇役も敵役も悪党ぞろいだ。見ていて、思わず吹き出したくなるほどに。
マーラは周到な策士で、強欲な捕食者(プレデター)だ。自宅の壁には、標的になりそうな金満老人の写真がべたべたと貼り付けられている。ただ、合法的に事を運ぶには、医師や介護施設や裁判官を丸め込み、彼らの後ろ盾を得る必要がある。
もちろん、彼女にぬかりはない。医師に診断書を書かせ、裁判所で入所措置を決定させて施設に送り込んだあとは、自宅の鍵を取り上げ、資産を思うままに「溶かす」。熟練の手口だ。
これは危険なペテン師ではないか。観客がそう思った矢先、マーラはジェニファー(ダイアン・ウィースト)という老婦人に遭遇する。裕福で、独身で、身寄りがなく、たまに物忘れをする……理想的なカモと思えたジェニファーだが、施設に送り込んだあとから、事態が急転回していく。当然でしょう。マーラが連戦連勝するようなら、話に曲がなくなってしまう。
ジェニファーがどう逆襲するかはくわしく述べない。悪徳弁護士やロシアン・マフィアのローマン(ピーター・ディンクレイジ)らの出方も、ここでは伏せておく。ただ、無敵だったはずのマーラが、これまでとは異次元の強敵に出会い、とんでもない悪戦苦闘を強いられるということは、明かしておいてもかまわないだろう。
脚本・監督のJ・ブレイクソン(年齢不詳だが、英国出身の若手だ)は、回転の速い頭脳でさまざまな伏線を張り、それらを手際よく回収していく。
ちょっとご都合主義では……という展開もときおり見られるが、そこをカバーするのがパイクやディンクレイジ、さらにはウィーストといった海千山千の役者たちだ。とくに渋いのがウィースト。英国勢の曲者芝居を巧みにいなし、平然と「死んだふり」をしてみせる技は見逃さないでもらいたい。
(芝山幹郎・翻訳家、評論家)
監督 J・ブレイクソン
出演 ロザムンド・パイク、ピーター・ディンクレイジ、エイザ・ゴンザレス、ダイアン・ウィースト
2020年 アメリカ
12月3日(金)より全国劇場【3週限定】公開&デジタル配信中
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