保守派に配慮の有識者会議よ 「女性宮家」議論を回避するな 緊急連載・社会学的皇室ウォッチング!/15=成城大教授・森暢平〈サンデー毎日〉
安定的な皇位継承を議論する政府の有識者会議(座長=清家篤・元慶應義塾長)は2021年末に最終報告書を取りまとめる。前号で述べたとおり、A女性皇族が結婚後も皇室に残る案、B戦後に皇籍を離脱した旧宮家の男子が養子縁組して皇室に復帰する案――の2案が軸となった。だが、国会から求められた「女性宮家の創設」議論は避けた形で、保守派への配慮ばかりが目立つ検討であった。
そもそも、17年6月、平成の天皇の退位特例法が成立したとき、衆参両院は「安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について」検討を行い、国会に報告するとした付帯決議を可決した。
もともと、同年3月17日、退位特例法に関する衆参正副議長による「議論の取りまとめ」が与野党間で合意された。そこには、「女性宮家の創設等については(略)速やかに検討すべきとの点において各政党・各会派の共通認識に至っていた」と明記されていた。
ところが、同年4月18日に与党が最初に示した付帯決議案には「女性宮家の創設等」の文言が抜け落ちていた。超党派の保守系議員による「日本会議国会議員懇談会」の皇室制度プロジェクトチームも同年5月23日、会合を開いた。出席者から「安定継承の手段として女性宮家を検討するのはおかしい」と反対が相次いだ。
これに対し、当時の民進党が反発した。結局、与野党協議で「女性宮家の創設等」の文言は復活し、採択されたのである。
国会軽視の論点ずらし
遡(さかのぼ)れば、2012年、民主党の野田佳彦政権のとき、「女性宮家」が検討されたと一般には考えられている。しかし、当時の野田首相は、女性宮家の問題を、女性の皇位継承権の問題と切り離す方針をとった。つまり、女性・女系天皇の是非には踏み込まず、単に皇室成員の減少対策という名目で、いわゆる「女性宮家」の検討を行ったのである。
最終的には「女性宮家」という呼び方もせず、女性皇族が結婚後も皇室に残る案、当時の言い方だと「女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持することを可能とする案」が提案された(12年10月の論点整理)。
朝日新聞の元皇室担当記者である岩井克己(かつみ)氏は、皇位継承者が当主となる家が宮家、継承権を持たない女性皇族が皇室に残る案は「女性宮家」ではなく、「内親王家」と呼ぶべきだと主張している。
この論に沿えば、野田政権が検討した案は「内親王家」案つまり、皇位継承権のない女性が当主となる案であった。将来、皇位継承者がいなくなる事態に備えた暫定的な措置と言える。
当面、「内親王家」をつくって皇位継承の予備候補者を確保しておき、20年後、30年後の状況に応じて、「女性宮家」の是非を判断すればいい――。これが、女性皇族が皇室に残る案のポイントである。
法技術的には、皇室典範第12条に、皇族女子が結婚したとき、皇族の身分を離れるとした規定の改正が中心となる。案のひとつに沿えば、たとえば、愛子さまが一般男性と結婚したとき、配偶者も子供も皇族とし、その子が結婚のとき皇籍を離脱するとされていた。この子供は、女系となり、これまでの継承ルールと異なる。与党であった民主党は、女系天皇容認と受け取られて案がつぶれないように慎重な先送り策を目指した。しかし、安倍政権の成立で案はお蔵入りとなった。
一方、17年6月の付帯決議が求めたのは、「女性宮家の創設」等の検討である。当然にして、女性や女系の継承の検討も含まれるべきだ。しかし、21年3月に設置された有識者会議では、「女性宮家」は議論されていない。
議論が始まる前、「『女性宮家』の創設は、女系天皇の容認につながる可能性があるとして見送る方向だ」と報じられている(共同通信20年11月24日)。実際、最終報告書骨子案などさまざまな文書に「女性宮家」の言葉は使われていない。女性・女系の是非の議論は最初から避けている。つまり、岩井氏の呼び方では「内親王家」案、有識者会議の言い方に沿えば「内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持することを可能とする」案が検討されているだけである。
国会の付帯決議に含まれていた「女性宮家の創設」の検討(女性・女系天皇の検討)は実際には行われなかった。国会を軽視した議論、論点をずらした議論と批判されても仕方がない。
門地差別の違憲の指摘
女系議論を避けた理由は、ひとえに保守派への配慮である。「日本会議国会議員懇談会」は2020年11月12日、菅義偉首相(当時)に、「戦後、皇籍を離脱した旧宮家の男系男子孫の中から、悠仁親王殿下をお支えすることのできる年代の方々を皇族として迎え入れ、安定的な皇位継承を確保する」ことを申し入れている。
この申し入れのとおり、有識者会議では、突然、旧宮家の男系男子が皇籍に復帰する案(B案)が浮上し、最終報告書にも含まれることになった。
しかし、旧宮家復帰案には問題がある。京都大の大石眞名誉教授(憲法学)は、有識者会議のヒアリングで次のように述べた(21年5月10日)。
「かつて皇族、臣籍に降りた方々、あるいはその系統、そこから対象者・適格者を選別しようという具体的な案だろうと思うが、しかし、これは一般国民なわけだから、その一般国民の中における平等原則に対して、いわば門地などに基づく例外を設けることになる」
日本国憲法第14条は、国民が法の下に平等であることや、門地(家柄)により差別されないことを定めている。今は一般国民である旧宮家の人物から復帰対象者を「選別」することの違憲性を指摘したのである。
旧宮家の系統にある竹田恒泰氏は、女性・女系天皇について「意見が分かれることが最大の問題だと思う。つまり、女系天皇ができたら、ある人は認め、ある人は認めない天皇ができてしまう」と述べている(17年6月、ABEMATV「みのもんたのよるバズ!」)。その言葉は、70年以上、「国民」であった旧宮家から復帰した天皇にも当てはまる。
有識者会議は、保守派への配慮だけが突出し、議論はまったく中途半端であった。
もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮社)、『近代皇室の社会史―側室・育児・恋愛』(吉川弘文館)など