米デュポン社の環境汚染めぐる裁判。実話をもとに映画化=野島孝一
映画 ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男=野島孝一
環境汚染に独り立ち向かう男 巨大企業との法廷闘争描く
それは2016年1月の『ニューヨーク・タイムズ』に掲載された1本の記事から始まった。米国ウェストバージニア州の環境汚染問題で、1人の弁護士が長年、巨大企業を相手に闘い続けてきたという内容だった。これを読んで映画化のプロデューサーに名乗り出たのは「ハルク」シリーズなどの個性的な俳優マーク・ラファロだった。自ら主演して映画化が進められた。
テフロンについてはよくご存じだろう。フライパンなどにコーティングされている〈夢の化学処理〉だ。鍋が焦げつかないというので世界中で幅広く使われている。そのテフロンは巨大化学企業のデュポン社が製造して同社に莫大(ばくだい)な利益をもたらしてきた。その製造過程で出る廃棄物が土地を汚染し、がん患者を生み出してきたという。
1998年。オハイオ州シンシナティの法律事務所に勤める弁護士、ロブ・ビロット(マーク・ラファロ)のところに中年の男が訪ねてきた。その男、ウィルバー・テナント(ビル・キャンプ)はウェストバージニア州で農場を経営しているが、デュポン社の廃棄物が原因で、牛が死んでいるという。テナントはデュポン社を訴えたい。だが、巨大企業を相手に争っても容易に勝てるものではない。多忙を理由に断ろうとしたロブだったが、無沙汰している祖母の紹介とあっては、むげに断れず仕方がなくウェストバージニア州パーカーズバーグにあるテナントの農場を訪ねる。
延々と続く田舎道を走るロブの車。ジョン・デンバーの「テイク・ミー・ホーム カントリー・ロード」の曲が流れてきて、「ああ、これがウェストバージニアの有名な地元ソングだったのか」と気づかせてくれる。だが、そこには廃棄物の汚染で死んだ牛を埋めた塚が累々(るいるい)と広がっており、なおかつ廃棄物の毒で気が狂った牛が襲ってくる。間一髪テナントが牛を撃ち殺す。ロブは腰を据えてデュポン社と法廷闘争をする決意を固める。
巨大企業と争うということは、想像以上に大変なことだ。地域住民は、雇用などで企業の恩恵を受けており、反抗は許されない雰囲気だ。そのうえ、企業には有力な法律事務所がついており、法的論争は質量ともに反企業側に不利になることが多い。
ボブは黙々と証拠書類と格闘を始めた。その作業は孤独で、報われることが少ない。巨大企業の資力に比べ、ちっぽけな弁護士がひたすらあらがう姿がリアルに映し出される。そんな彼を支える妻をアン・ハサウェイが演じている。平凡な主婦の役は実に珍しい。この公害裁判は一部でまだ係争中だ。
(野島孝一・映画ジャーナリスト)
監督 トッド・ヘインズ
出演 マーク・ラファロ、アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス
2019年 アメリカ
12月17日(金)TOHOシネマズ シャンテほかロードショー
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