マーケット・金融 お金の王道
Q3 老後にはローンを残さず、支出額の把握を=深野康彦
結局、老後にはいくら必要? ローンを残さず、支出額の把握を=深野康彦
「老後資金2000万円問題」が世間をにぎわせてから約3年。「老後資金はいくら必要ですか」「いくら準備しておけばよいでしょうか」という質問を受ける。その答えは「必要な老後資金に万人共通の正解はない」。個々人の家計状況や老後のライフスタイルなどが異なるため、万人に共通の必要額はあり得ない。(お金の王道 特集はこちら)
それを裏付けるのが、老後資金問題のきっかけとなった総務省の「家計調査報告」(2020年)だ。2人以上の高齢無職世帯(65歳以上の夫婦のみ)の家計収支の過去8年間の数値をみると、老後資金問題の根拠は17年の数値で、毎月の赤字額が5万4519円、年間だと65万4228円。65歳から95歳までの30年間で、1962万6840円となり、数字を切り上げて2000万円としたのである。
調査年によって30年間の不足額が大幅に異なっており、20年の月間収支はなんと1111円の黒字。老後資金を準備しなくても、収入で賄える。20年は新型コロナウイルスの影響でイレギュラーな数字だとしても、過去8年のデータで30年間の不足額が最小の19年と最大の15年を比較すると、約1078万円もの差がある。わずか8年間の金額を見るだけでも、必要な老後資金に万人に共通の正解はないことが分かる。
とはいえ、家計支出のうち、どこに鍵があるのか分析してみよう。20年家計調査報告(表の拡大はこちら)は食費、住居、光熱・水道、被服及び履物、保健医療など各項目で毎月の支出額と割合(非消費支出を除く)が分かる。「高齢になると病気がちで医療費が多額になる」と思う人が多いが、保健医療費などは月1万6057円で、支出割合は7・2%に過ぎない。
支出額(割合)で多いのは、「食費」6万5804円(29・3%)、「その他支出」4万6753円(20・8%)の2項目が2割を超える。「その他支出」の内訳は、諸雑費1万9351円、交際費1万9826円などだ。支出抑制の観点に立てば、食費、その他支出はカットが可能だが、食べたいものを我慢したり、人との付き合いを減らしたりするのは忍びない。
ポイントは「住居費」
そこで注目したいのが住居費で、1万4518円(6・5%)に過ぎない。高齢者は持ち家世帯が多く支出金額が低額に抑えられる。例えば、住宅ローンの完済時期が70歳を超えるのはよくあるケースだ。65歳以降も住宅ローンが残っていれば、住居費は増え、必要な老後資金も増大する。酷なことをいえば、老後資金2000万円では足りないといわざるを得ない。
賃貸住まいの人は生涯家賃が発生して「万時休すか?」と問われれば策はある。賃貸の利点は身の丈(収入)に合ったところに引っ越して住めばよい。老後の「終(つい)の棲家(すみか)」をどうするかは、老後資金を考えるうえで重要な要素だ。
老後の準備というと、資産の山をいかに高くするかという資産形成に目が行きがちだが、キャッシュフローの視点に立てば、ローンなどの負債を残さないことは立派な老後の準備だ。欲をいえば、住宅ローン完済のめどは定年退職の60歳が理想で、妥協しても再雇用で働くことができる65歳まで。理想を60歳にしたのは、再雇用時の収入はそれ以降急減し、負担は家計に重くのしかかるからだ。
さて、表の空欄は皆さんに毎月の平均値を記入していだきたい。各項目に記入して合計額を計算し、収入から支出を引いて赤字であれば、12倍にして年間赤字額を出し、さらに30倍すれば、それが自分の老後資金2000万円問題に準じた必要資金となる。65歳からを老後とすれば、あなたの必要老後資金から現在の貯蓄額を差し引いた数値((1))を、65歳から現在の年齢を差し引いた年数((2))で割れば((1)÷(2))、毎年の必要貯蓄額を求めることができる。
ただ、これら項目の支出を把握している人がどれだけいるだろうか。家計簿を付けていない人は空欄を埋める前に、我が家の支出を把握したい。家計簿を最低でも3カ月、できれば1年分のデータが欲しい。我が家の現状を把握したうえで、その人にあった資金計画(マネープラン)ができる。
「3W1H」で考える
さて、今度はややマクロ的な視点で老後資金の考え方を述べたい。基本は「3W1H」(When、Where、Who、How)。
「When(いつ)」は、年金と金融資産だけで生活をする年齢は何歳かということだ。公的年金を満額受け取れるのは65歳からなので、完全リタイアをしようとする人が多い。
65歳未満で年金を受け取ることもできるが、65歳から1カ月繰り上げるごとに0・5%(22年4月からは0・4%)を減額される。一方、65歳を超えて完全リタイアして年金を受け取ると、1カ月につき0・7%増額される。66歳だと8・4%、70歳で42%(22年4月からは最長75歳で84%)増加する。
「Where(どこで)」は終の棲家のことだ。そのまま住むか、Uターン、Iターンや、反対に交通の便が良く教養娯楽施設が充実する都会へという考え方もあり、生活費(物価)も異なってくる。
「Who(だれ)」は、ここでは「何人で」ととらえて、老後は夫婦だけで生活するのか、子ども夫婦と2世帯、親と2世帯、子ども夫婦、親と合わせて3世帯もある。一般的に世帯人数が増えれば収入は増加し、1人当たりの生活費は少なくなるはずだ。ただ、親と同居の場合、自宅介護で支出増となるときもある。
「How(どんなふうに)」は過ごし方だ。勤労者だと通勤時間や労働時間が、リタイア後は「散歩」「テレビ」「読書」になるならわずかな金額で済む。「How」は、加えて中長期の行動予定も考えておきたい(図)。例えば、車の買い替え、家のリフォームも考慮して必要な老後資金を具体化させる。一般に年を重ねるほどお金は使わなくなるものだ。
(深野康彦・ファイナンシャルリサーチ代表)