教養・歴史 アートな時間

現代日本の暗部をえぐる。大阪・西成を舞台に描く父娘の物=寺脇 研

©2022 『さがす』製作委員会
©2022 『さがす』製作委員会

映画 さがす 「探し」て「捜す」父と娘 やがて驚天動地の展開へ=寺脇研

『さがす』という題名は、実に意味深長だ。探求や探訪の「探す」なのか、捜査や捜索の「捜す」なのか。

 ある日突然姿を消してしまった父は、指名手配中の連続殺人犯を見かけ、警察からの賞金をもらうための捜索の旅に出たのかもしれなかった。父娘二人暮らしで独り取り残された中学生の娘は、学校そっちのけで町中父を捜し回る。先生の助けにも、相手にしてくれない警察の捜査にも頼らず、独力で父の働いていた日雇い現場を探し当てるのだが、そこにいたのは同姓同名の若い男だった。

 後で、その男こそ手配写真とそっくりの顔と気づいた娘は、偶然鉢合わせした彼を追いかけ、手がかりになるらしい瀬戸内海の謎の島を探険していくうち、殺人現場に遭遇する。捜しても探しても謎だらけ……。と、ここで映画は3カ月前へと時間を巻き戻し、全ての謎を解いていくのである。意表を突く種明かしに、誰しも度肝を抜かれるに違いない。

 後半は驚愕(きょうがく)の連続で、やや強引なところもあるのだが、日常描写の部分がしっかり足が地についているため現実から遊離しない。舞台は大阪の西成。貧困や暴力が珍しくもない地帯だ。その片隅に住む父娘の生活を、カメラは丁寧に追いかける。

 また、2020年から21年のコロナ禍に襲われた現在の日本の姿が背景にあることも、設定に厚みを増す。貧困、非正規労働、自暴自棄などの暗い影が、いつもどこかに潜んでいる。

 冒頭、どことも知れぬ場所でなぜかハンマーを素振りする男の不気味な姿が映し出された後、画面はすぐに夜の西成の町へ。制服姿の少女が街角を必死に疾走する。行く先はスーパーの事務室だ。さっきの男が万引きで捕まり、揉(も)めて警官まで駆けつけている。所持金では20円だけ足りずにおにぎりとカップ味噌(みそ)汁を盗んだのだという。

 謝ってなんとか示談にしてもらう少女がしっかり者の娘、道ばたでおにぎりをクチャクチャ音立てて食う男がだらしない父親、このコンビの姿が町に溶け込んでいる。だが、ここまでの導入部からして後半の驚天動地の展開への伏線になっているのだから、油断ならない。

 父役の佐藤二朗が演技達者なのは当然として、娘役の伊東蒼が見せる、孤独にも不安にも負けない意思の強い少女像がみごとだ。自主製作の前作「岬の兄妹」(18年)で痛烈に貧困問題を扱った片山慎三監督は、初の商業映画となるここでも、社会に対する鋭利な訴えかけを忘れていない。なるほど、あの「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノ監督の下で修業した経験はみごとに生きている。

(寺脇研・京都芸術大学客員教授)

監督・脚本 片山慎三

出演 佐藤二朗、伊東蒼、清水尋也

2022年 日本

テアトル新宿ほか全国公開中


 新型コロナウイルスの影響で、映画や舞台の延期、中止が相次いでいます。本欄はいずれも事前情報に基づくもので、本誌発売時に変更になっている可能性があることをご了承ください。

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