経済・企業 半導体 需要大爆発
経産省がTSMC工場誘致に固執も、10年前の技術へ巨額補助金の不思議=服部毅
TSMC誘致 経産省が先端工場誘致狙うも10年前の技術へ巨額補助金=服部毅
台湾経済部(日本の経済産業省に相当)の投資審査委員会は昨年12月20日、世界最大の半導体ファウンドリーである台湾TSMCが熊本に半導体前工程(ウエハー処理)工場を設立するために海外投資を行う申請を最終的に承認した。台湾から日本に持ち込む製造技術は10年以上前に開発された28~22ナノメートルの成熟プロセスであり、最先端プロセス流出に当たらず、台湾の半導体業界が国際競争上優位を維持できることを台湾経済部は確認した上で承認したという。(半導体 需要大爆発 特集はこちら)
熊本に設立された新会社ジャパンアドバンスドセミコンダクターマニュファクチャリング(JASM)は、TSMCとソニーグループの半導体子会社との合弁(表)。新工場はイメージセンサーの量産拠点に隣接し、地元の菊陽町が造成中である(写真)。
TSMCの日本進出には数年に及ぶ紆余(うよ)曲折があったので、それを振り返るとともに、日本政府の巨額補助金支出の問題点を整理する。
期待外れの成熟工場
経済産業省は、2019年7月の対韓半導体素材輸出規制に際して日本の半導体製造装置・材料メーカーの販売先が韓国はじめ、ほとんど海外になっていることにがくぜんとし、国内回帰を促すためには、日本に先端ロジック半導体工場がなければならないとの認識に至った。しかし、日本の半導体メーカーは30年にわたり凋落(ちょうらく)を続けているため、外国の強い半導体メーカーに最先端工場を日本に作ってもらい、製造装置・材料メーカーの供給先を日本国内に確保しようという構想を立てた。そこでTSMCの誘致活動を行ってきた。
20年5月にこの誘致プロジェクトの存在が明らかになったのと前後して、TSMCは、米国政府の強い要請で先端5ナノメートルプロセス前工程工場をアリゾナ州に建設すると発表し、日本には進出しないことを決めた。米国は、米中貿易戦争下で半導体は戦略物資ととらえ、国家安全保障の観点から、米国顧客の売り上げシェアが70%近くを占めるTSMCを誘致する交渉をしてきた。
一方、日本はTSMCにとってシェア5%しかない魅力に欠ける市場だ。それでも経産省はあきらめることなく、それなら後工程(組み立て・検査)工場を誘致しようと食い下がったが、またしても断られた。そして茨城県つくば市の産業技術総合研究所内にクリーンルームを提供、研究開発費の半額補助などの好条件を示して21年2月にやっと後工程の研究施設「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」の誘致にこぎつけた。
さらに経産省は、そこであきらめず、巨額補助金支給をちらつかせて初心の前工程先端工場の誘致活動を続け、ついに、昨年10月に日本への前工程工場進出を引き出すことに成功した。しかし、それはもともと経産省が期待していたポスト5Gシステム構築向け先端半導体ではなく、28~22ナノメートルプロセスを用いた工場だ。イメージセンサー周辺ロジックIC用にTSMCとソニーの商談で決まった話である。
TSMCという外国企業の誘致に関しては、さまざまな問題点が指摘されている。なぜ外国企業を支援するかについて、自民党半導体戦略推進議員連盟の甘利明会長は「(失敗の原因だった)従来の自前主義を改めて、海外勢と共同で国内に開発製造拠点を作る」と述べている。
しかし、3年後に稼働する古い技術を用いた生産ラインを新たに建屋から建設することは、他国の既存28ナノメートルプロセスラインよりも製造コストがはるかに高くなり、事業として成り立たないのではないか。
日本のためにならない
これについて、ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)の清水照士社長は記者会見で、「28ナノメートルプロセスは、他国ではすでに減価償却の終わった生産ラインで製造される。これから新工場を作った場合、そこから償却が始まるので、海外勢に対しコスト的に採算が合わない。そこに金銭的サポートが国から得られるスキームであれば安定供給にも国際競争力としても意味がある」と述べた。
TSMCは50%以上の粗利益率を維持することを投資家から求められており、粗利益率を下げてまで日本のために尽くすことはしない。そこでTSMCの要求で日本政府が繰り出したのが、設備投資の半分を上限とする補助金である。しかし、外資企業に補助金を出すことは、国益にかなうかとの懸念が生じる。そこで日台合弁企業とすることで体裁を整えた。ただし、SSSの出資比率は20%未満と低く、TSMCが新工場を支配するのは確実だ。露骨な補助金は世界貿易機関(WTO)の国際ルールに抵触する恐れがある。
21年12月20日、21年度の補正予算が政府案通りに成立した。もともと半導体関連予算は、「ポスト5G情報通信システム基盤整備」のための「先端半導体の生産拠点確保」のためであるが、熊本のTSMCファブは先端ポスト5G向けではない。これで日本の5Gは大丈夫なのだろうか。
また、日本政府は経済安全保障のための半導体安定供給を強調するが、ソニーのイメージセンサーの主な顧客は米中スマホメーカーであり、半導体実装やカメラモジュール化さらにスマホの組み立ては海外で行われている。半導体製造は典型的な国際分業の世界であり、半導体前工程だけ採算度外視で製造コストの高い国内で行っても安全保障対策にはならない。
政治家は半導体が国際分業で、最小コストで製造・販売できるように、国際的な緊張緩和を図ることに努めるべきである。製造はTSMCに任せるなら、ファブレスIC設計や半導体応用の最終製品企業を応援し、そのための人材育成・教育にも注力すべきだろう。
(服部毅、服部コンサルティング・インターナショナル代表)