テスラ雪中行軍記(下)積雪4~5㍍の妙高高原を縦断、ワイパー凍るも車内はポカポカ、走行821㌔でかかった電気代はいくらだった?
EV(電気自動車)の冬場の性能を検証するため、米テスラの「モデル3」で、真冬の長野、新潟の走破を目論む。2回の充電を経て、スキーのメッカ、白馬村に到着。夜になっても雪が降りやまない中、翌日の日本海側への走破を前に、期待と不安が入り混じった夜を過ごす。
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初めて、完全な電気自動車を雪中で長距離運転した興奮からか、夜中の2時に目が覚めてしまった。道中を振り返ると、東京から白馬までの疲労が、エンジン車だった場合と比べ、少ないように感じる。太いモーターのトルク、4輪駆動の安心感に加え、エンジンの音と振動が一切ないのは大きい。乗り心地も235/45R18という太いスタッドレスタイヤの割には悪くなかった。
スマホの遠隔操作で車内温度は22度に
深夜で暇なので、ひと気のないホテルのロビーで、スマホのテスラアプリをいじってみた。外気温はマイナスの5度、車内はマイナス3度の表示だ。これが、スマホのタッチ一つで、車内の暖房、ハンドルヒーター、シートヒーターをオンにできる。朝の9時に車内が22度になるように設定した。
翌朝は8時に朝食。8時59分にスマホを確認すると、外気温はマイナス5度に対し、車内は11度まで温度が上がっていた。駐車場に車を見に行くと、20~30センチの厚い雪に覆われている。車からはエアコンが作動する音が聞こえているので、暖房は効いているようだ。スマホを見ると、9時9分には車内は22度になっていたが、航続可能距離は昨日、白馬に到着時の483㌔→440㌔に減っている。
一晩で30センチの雪が車上に積もる
テスラのエアコンは、ヒートポンプ式という効率の高いものらしいが、それでも、予備暖房はそれなりに電力を消費するようだ。航続距離を温存するため、ここで一旦、暖房をリモートで止めた。出発前に、ホテルにスノーブラシ(雪かきワイパー)を借りて、モデル3から厚い雪を落とす。
10時にホテルを出発。出発直前に再びリモートで車内を温めていたため、航続可能距離は440㌔→436㌔に減っていた。
北京五輪が始まったので、せっかくなので、1998年の長野五輪で使われたスキーのジャンプ台に立ち寄り、写真を撮影する。そこから、JR白馬駅に出た後、国道148号線(千国街道、糸魚川街道)を北上する。地図を見てもらえば分かるが、急峻な谷あいの峠道である。経由地の小谷(おたり)村では、村人が総出で除雪作業をしていた。
覆道出口の凍った路面にも安定した走り
村から先は、「~~洞門」という名が付いた覆道(スノーシェッド)が続く。覆道内にはもちろん雪は無いが、覆道の外に出た際に、路面が凍っていたり、新雪だったりするので注意が必要だ。対向車線には、松本方面に向かう大型トラックが連なって走っている。万が一車線をはみ出したら、大事故になるので緊張したが、モデル3はここでも、安定した走りを見せた。
高速通行止めで、上越高田ICから一般道に
糸魚川市には12時25分に到着。走行距離は426㌔→483㌔、航続可能距離は436㌔→368㌔になっていた。海沿いの展望台から、日本海の荒波を見物した後、駅前のレストランで刺身定食を食べ、13時30分に糸魚川を出発。北陸道に糸魚川ICから乗り、上越ジャンクションから上信越道を長野IC方面に向かう。高速はきれいに除雪され、走行は快適だ。しかし、上信越道を上越高田ICまで進むと、事態は一変。大雪で長野方面は通行止めとなり、ここで、強制的に一般道に降ろされてしまった。
ワイパーに厚い氷、カメラ視界不良の表示も
一般道(新潟県道63号)は、猛吹雪の白銀の世界だった。ICの近くに、大きな「コメリ」のショッピングセンターがあったが、それ以降は周囲に何もない。帰京後、グーグルマップで確認したら、のどかな田園地帯が続いている。雪は容赦なく、テスラのEVに吹き付ける。ワイパーに厚い氷が付き始めたので、フロントガラスを傷つけるのを恐れて、ワイパーを止めた。ただ、ガラスは撥水加工をしているのか、視界に問題は無かった。また、画面右下に「右ドアピラーカメラに障害物があり。カメラを清掃するか視界復帰するまで待機」と警告マークが出た。運転には支障は無かったが、警告音も出るので、気になった。
妙高高原の視界は50~100㍍、4~5㍍の雪の壁
途中、県道63号から国道18号に右折し、スキー場で有名な妙高高原に向かう。道路わきの雪が壁のように迫る。高さは4~5メートルはあるだろうか。吹雪で視界もせいぜい50~100㍍程度だ。その後、急な登り坂が続くが、坂の途中で立ち往生するエンジン車が散見される中、四輪駆動のテスラは難なくクリアした。試乗前は、エンジンの余熱がないEVは車内が寒いと思い込んでいたが、全然そんなことはなく、22度の温度設定では少し暑いくらいだった。
野尻湖横の信濃町ICから再び、上信越道に乗る。長野IC近くのダイワロイヤルホテル長野には、16時16分に到着。走行距離は483㌔→613㌔、航続可能距離は368㌔→151㌔まで減っていた。ここで、スーパーチャージャーで3回目の充電。17時20分に出発した。航続可能距離は64分間で151㌔→564㌔まで回復した。
ここから、一路、上信越道→関越道→外環道→首都高経由で、東京・台場を目指す。到着は20時23分で、走行距離は861㌔、航続可能距離は253㌔となっていた。
エンジン車よりも優れた操縦安定性、快適性
結論を言えば、EVは大雪の降る長野県、新潟県での走行は全く問題はないどころか、むしろ、操縦安定性や快適性でエンジン車に比べ優れた特性を示した。スピードを抑えて走行したこともあるだろうが、猛吹雪の中でも車が不安定な挙動を示す場面は無く、車内も十分に暖かかった。
雪中、マイナーなトラブルはあった。ワイパーへの着氷と「右ドアピラーに障害物あり」の警告マークである。ただ、ネット情報などによると、上海工場から出荷される最新のモデル3は既に対策済みで、ワイパーとドアピラーのカメラ部分にヒーターを装着してあるようだ。テスラはユーザーからのクレームに対し、3カ月ごとに改良を施すらしい。既存の自動車メーカーでは考えられないペースだ。ディーラーがないため、ユーザーからのクレームをメーカーがオンラインで直接受け取っていることが大きいのかもしれない。CEOのイーロン・マスク氏は、ユーザーのSNSを通じたクレームで、改良を指示することもあるそうだ。
昨年は6回の値上げ、ナビの使い勝手に不満
一方で、価格の改定も頻繁に行っている。試乗した「ロングレンジ」は昨年2月に655万円から499万円に大幅値下げしたが、その後、小刻みに6回値上げし、昨年12月に564万円になった。原材料が高騰しているので、今後も値上げが続けば、EVは再び「高根の花」となる。
また、ナビの使い勝手も、不満の一つだった。今回は高速を多用したが、画面上に、次のICやSA(サービスエリア)が表示される仕組みになっていない。ハンドルの右のスクロールボタンを押すと音声認識が機能するので、「次のサービスエリアは」と聞くと、10か所くらいの先々の休憩所が表示される。ドライバーは自分でその中から、最寄りの休憩所を探さないといけない。せっかくの15インチの大画面をナビが生かし切れていない。ただ、この問題も、ソフトウエアのアップデートで改修される可能性がある。テスラでは毎週2回程度、車のソフトウエアをオンラインで更新している。
スーパーチャージャーの電気代は、1㍑=20㌔相当
最後に、走行に掛かった電気代について、説明したい。テスラのスーパーチャージャーは、1分の充電ごとに20~40円を課金する。単価は充電場所の混み具合で変化するという。一か所の充電拠点で複数の車が充電すると、1台当たりの充電出力が落ちるので単価を安くし、充電が1台の場合は出力が高いので単価も上げる。充電時間は合計で、甲府昭和45分+長野46分+長野64分+代官山25分の計180分。最後の代官山は、テスラに返却前に、渋谷区代官山の蔦屋書店駐車場のスーパーチャージャーで25分充電したもの。航続可能距離を439㌔と、5日の東京・台場出発時の水準(422㌔)まで回復させた。
今回は代官山を除いて、いずれの充電個所も充電していたのは自分の車のみ。そのため、電気代の単価を40円とすると、180分×40円で7200円であった。今、レギュラーガソリンの値段は、1㍑=170円なので、7200円÷170円=42㍑のガソリンの消費に相当する。今回の周回ツアーの総走行距離は821㌔。821㌔÷42㍑=1リッター当たり19.5㌔走行するエンジン車と同等の燃費(電費)性能と言える。燃費サイト「e燃費」によると、トヨタCH-Rハイブリッド(1㍑=19.68㌔)、ホンダフィットハイブリッド(同19.70㌔)と同等だ。モデル3は車格が上であることを考えると悪くない。
深夜電力の充電なら、1㍑=77㌔相当に
ただし、家庭での充電を主体に考えると、景色はガラリと変わる。今回の821㌔のツアーの総消費電力は146㌔㍗。家庭用電力は東京電力なら1㌔㍗=32.32円で、夜間なら12.48円だ。昼の充電なら4517円、夜間なら1822円で済む。夜間電力の場合、エンジン車で1㍑=76.7㌔換算の電費となる。
至るところで「脱炭素」が叫ばれる現在、ドライブ時に二酸化炭素の排出がゼロだというのは、素直にうれしいし、運転に伴う罪悪感が少ない。道中、ガソリンスタンドの前を通るたびに、「もう、ここに寄る必要がないんだ」という妙な感慨も抱いた。
消費者が雪崩を打ち、EVシフトの可能性
こんな車と充電インフラを10年前まで無名だった米国のベンチャー企業が作り上げたのは、驚きだ。日本ではEVに関してネット上で否定的な意見が大半だが、日本の自動車メーカーには、世界の大勢を見誤らないようにしてもらいたい。
再エネに乏しい日本でEVを走らせても、二酸化炭素の排出場所が車から火力発電所に移動するだけで、意味がないというのは確かにそうだ。しかし、これだけ、便利な車を、既存のエンジン車と同じような価格で提供されてしまっては、日本の消費者も雪崩を打って、EVにシフトしてしまう恐れがある。テスラのEVは日本と政治的な対立のある中国製にもかかわらず、日本自動車輸入組合によると昨年1年間で5232台と前年の2.8倍も売れているのだ。
日本の自動車メーカーは、優れた人材、技術力や大きな資本力を持っているのは間違いない。日本人として、EVでの奮起を心から期待したい。
(稲留正英・編集部)
(終わり)