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EV重視に豹変したトヨタ、巨人参入で進むエンジン車の淘汰=編集部

トヨタがEV本腰で新局面 「会計」が淘汰するエンジン車=稲留正英/加藤結花

 <異次元の加速>

トヨタの大胆なEVシフトは世間を驚かせた(会見する豊田章男社長〈右〉) Bloomberg
トヨタの大胆なEVシフトは世間を驚かせた(会見する豊田章男社長〈右〉) Bloomberg

「2030年までに30車種のBEV(バッテリーで駆動する純粋な電気自動車)を展開し、グローバルに乗用、商用のフルラインアップでそろえていく。30年にBEVのグローバル販売台数で年間350万台を目指す」──。(EV&電池 特集はこちら)

 21年12月14日、東京・台場で開かれたEV(電気自動車)戦略説明会でトヨタ自動車の豊田章男社長は高らかに宣言した。EVに最後まで消極的とみられていた巨人トヨタが旗幟(きし)を鮮明にしたことで、世界の自動車業界は本格的な「EV戦国時代」に突入した。

 トヨタがEVに大きくかじを切ったのはなぜか。豊田社長は、「COP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)が開かれ、各国のいろいろなエネルギー政策が見えてきた段階で、この目線くらいであれば実現可能かというところで、(目標台数を)上方修正した」と語った。

 英国で21年10~11月に開催されたCOP26では、自動車業界にとって無視できない動きがあった。会期中に、国際会計基準をまとめるIFRS財団が、気候変動リスクの情報開示の新ルールを22年6月までに制定すると発表したのだ。新たなルールでは、自社の工場の燃料燃焼などで発生した温室効果ガス(GHG)の排出を示す「スコープ1」や他社から供給された電気の使用に伴う排出の「スコープ2」だけでなく、ユーザーが購入した自社製品の使用から生じる排出も含めた「スコープ3」の開示を求められる可能性がある。

 表は自動車各社のサステナビリティー(持続可能性)報告書から、任意に開示された温室効果ガスの排出量を比較したものだ。スコープ3は、全体の温室効果ガスの排出量の98%を占めている。

「1京円」の脱炭素圧力

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 COP26では、50年の温室効果ガス排出ゼロを目指す金融機関の連合体「GFANZ(ジーファンズ)(Glasgow Financial Alliance for Net Zero)」も結成された。世界の銀行、保険、運用会社など450社が参加し、資産総額は1京円を上回る。新たな開示ルールが適用されれば、排出量の大きな自動車メーカーは、金融機関や投資家からの圧力で、エンジン車の製造が難しくなる恐れがある。

 伊藤忠総研の深尾三四郎・上席主任研究員は「欧州連合(EU)におけるエンジン車の廃止時期は35年だが、IFRSの新ルールはまさに22年から。その動きに自動車各社はあらがうことができるのか」と話す。

 新ルールのインパクトはこれだけにとどまらない。スコープ3では、調達した部品・サービスや輸送・配送に伴う排出量もカウントされる。エネルギーの大半を化石燃料に依存する日本では、EVを生産・輸出することは難しくなる。デロイトトーマツグループの後石原大治ディレクターは「EVは『地産地消』型のビジネスになっていく」と指摘する。

 すでに、欧州では、ドイツが中国電池大手CATLをチューリンゲン州に誘致、台湾半導体大手TSMCも独進出を表明するなど、中国、台湾の部材メーカーを囲い込む動きが加速している。米国もバイデン政権がSKイノベーションやLGエナジーソリューションなどの韓国の電池メーカーやTSMCの誘致を強力に進めている。

 中国勢は25年に中国や欧州を中心にEV3000万台分の電池の生産能力を持つ見通しだ。トヨタなどの日本の自動車メーカーは、現地にEV工場を建設すれば「脱炭素」に対応できるが、日本国内の雇用にとっては大きな痛手になりかねない。

 EVは同時に、クルマの「スマホ化」を促す。EVは複雑なエンジン機構を必要とせず、「部品点数は半減し、かつ、電池や半導体など基幹部品の標準化が進む」(ローランドベルガーの呉昌志プリンシパル)。新興メーカーでもEVを生産できるようになる。自動車産業の付加価値は、既存メーカーが担う組み立ての「川中」から、商品企画や電池・半導体の「川上」や、シェアリングなどの「川下」にシフトすることになる。

 こうした動きを先取りした資本市場では、自動車メーカーの時価総額に大きな変化が生じている。図2に時価総額上位20社の自動車メーカーを示した。テスラを筆頭に7社のEV専業メーカーがランク入り。米リビアン、中国NIO(ニオ)など米中の新興メーカーへの期待が高い。中国は21年、EVなどの新エネルギー車(NEV)を50万台輸出している。

 民間調査会社の富士経済によると、世界のEVの販売台数は、20年の220万台から、35年には2400万台強と10倍以上に急拡大する見通し。それに対し、既存のエンジン車は、同期間に約7000万台から4200万台に減少すると予想されている。

乗用・営業車にジワリ波及

 消費者のEVシフトも始まっている。テスラは21年11月、東京・有明のショッピングモール「有明ガーデン」に納車拠点「テスラデリバリーセンター有明」を設置した。3階と1階の駐車場では、上海工場製のモデル3など計78台が顧客の引き取りを待つ。

 昨年2月のモデル3の大幅値下げで、テスラの21年1~11月の販売台数は約4300台と前年同期間の3・7倍に増えた。モデル3を購入した都内の20代の女性会社員は「テスラが初めてのクルマ。スマホみたいにソフトでアップデートされるのが面白いと思った」と説明。20代の大学生の息子と訪れた横浜市在住の50代の夫婦は、「環境問題に関心がある息子に強く勧められた」と話す。

 ただ、日本では乗用車タイプのEVの品ぞろえはまだ少なく、当面は、大量のトラックやバス・タクシーを保有し、温室効果ガスの排出規制がかかる運輸・物流会社から普及しそうだ。すでに、佐川急便が7200台の中国製EV、SBSホールディングスも1万台のEVトラック採用を表明している。中国EV大手のBYDは、日本の大都市におけるEVバスの導入を働きかけ、「30年までに4000台を日本で販売する計画」(BYDジャパンの花田晋作・副社長)という。EVは世界の自動車産業の景色を一変させるだけの力を秘めている。

(稲留正英・編集部)

(加藤結花・編集部)

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