教養・歴史アートな時間

世界がどんなに変わろうと 老人と犬は森へ入っていく=芝山幹郎

©2020 GO GIGI GO PRODUCTIONS, LLC
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映画 白いトリュフの宿る森 世界がどんなに変わろうと老人と犬は森へ入っていく=芝山幹郎

 トリュフという単語に特別な響きを感じるのは、先入観のせいだろうか。稀少な食材という知識が刷り込まれ、勝手に有難がっているのか。

 それでも、スライスしたトリュフをパスタや目玉焼きに振りかけると、料理が化ける。魔法という言葉さえ使いたくなる。

 そんなトリュフを、手品のように採取する人たちがいる。イタリアのピエモンテ州アルバの近く、丘陵地帯にある森に彼らは犬を連れて分け入り、木の根元や急斜面から白トリュフを掘り出す。卸値は1キロ当たり4500ユーロを下らない。

 ただ、このドキュメンタリー映画の柱はビジネスではない。売買の場面も出てくるが、映画の主人公は断じて老人と犬だ。

 たとえば、カルロという87歳の老人がいる。彼はティティーナという犬を連れ、夜になっても森へ入る。妻のマリアは当然案じる。視力や脚力が落ちているから怪我もしやすい。夕暮れが迫ると、マリアは丘の上からカルロの名を大声で呼ぶ。

 あるいは、アウレリオという84歳の老人もいる。愛犬のビルバは片時も彼の傍(そば)を離れない。アウレリオも、眼を細めてビルバに語りかける。「お前がいるから妻は要らないが、わしが死んだあと、おまえの面倒を見てくれる女は必要だな」と。

 軒先でドラムスを叩いているセルジオは、犬と一緒に入浴して丁寧に身体を洗ってやる。かつて曲芸師だったアンジェロは「貪欲な連中がトリュフ狩りを滅ぼす」という持論を宣言にまとめようとしている。

 そんな姿が、端正な固定ショットでいくつも描き出される。もちろん、出てくるのはトリュフ・ハンターたちだけではない。路地の暗がりで商談を交わす仲買人。卵料理にトリュフをかけているレストランのオーナーシェフ。さらにはオークションの模様や、トリュフの香りを聞く人々の仕草も眼に入る。

 こうした固定ショットの合間に、地を這(は)うような前進移動のショットが挿入される。犬の頭に装着された小型キャメラの映像だ。車から飛び出し、山道を疾駆する躍動感が眼を奪う。

 それなのに、トリュフの利権を狙う強欲な商人たちは、ストリキニーネ入りの毒餌を撒いて犬を殺そうとする。はらわたが煮えくり返るような話だが、共同監督のふたり(マイケル・ドウェック+グレゴリー・カーショー)も、この暴挙は座視しがたかったのだろう。

 それでもこの映画の光源は、世界がどんなに変わろうと、楽しげに森へ入っていく老人と犬の姿にある。その心は簡単には折れない。よろめきながら犬のあとを追う老人たちの顔は、驚くほど明るい。

(芝山幹郎・翻訳家、評論家)

監督 マイケル・ドウェック、グレゴリー・カーショー

登場人物 カルロ・ゴネッラ、アウレリオ・コンテルノ、アンジェロ・ガリアルディ

2020年 イタリア、アメリカ、ギリシャ

Bunkamura ル・シネマ他 2月18日(金)ロードショー


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