世界がどんなに変わろうと 老人と犬は森へ入っていく=芝山幹郎
映画 白いトリュフの宿る森 世界がどんなに変わろうと老人と犬は森へ入っていく=芝山幹郎
トリュフという単語に特別な響きを感じるのは、先入観のせいだろうか。稀少な食材という知識が刷り込まれ、勝手に有難がっているのか。
それでも、スライスしたトリュフをパスタや目玉焼きに振りかけると、料理が化ける。魔法という言葉さえ使いたくなる。
そんなトリュフを、手品のように採取する人たちがいる。イタリアのピエモンテ州アルバの近く、丘陵地帯にある森に彼らは犬を連れて分け入り、木の根元や急斜面から白トリュフを掘り出す。卸値は1キロ当たり4500ユーロを下らない。
ただ、このドキュメンタリー映画の柱はビジネスではない。売買の場面も出てくるが、映画の主人公は断じて老人と犬だ。
たとえば、カルロという87歳の老人がいる。彼はティティーナという犬を連れ、夜になっても森へ入る。妻のマリアは当然案じる。視力や脚力が落ちているから怪我もしやすい。夕暮れが迫ると、マリアは丘の上からカルロの名を大声で呼ぶ。
あるいは、アウレリオという84歳の老人もいる。愛犬のビルバは片時も彼の傍(そば)を離れない。アウレリオも、眼を細めてビルバに語りかける。「お前がいるから妻は要らないが、わしが死んだあと、おまえの面倒を見てくれる女は必要だな」と。
軒先でドラムスを叩いているセルジオは、犬と一緒に入浴して丁寧に身体を洗ってやる。かつて曲芸師だったアンジェロは「貪欲な連中がトリュフ狩りを滅ぼす」という持論を宣言にまとめようとしている。
そんな姿が、端正な固定ショットでいくつも描き出される。もちろん、出てくるのはトリュフ・ハンターたちだけではない。路地の暗がりで商談を交わす仲買人。卵料理にトリュフをかけているレストランのオーナーシェフ。さらにはオークションの模様や、トリュフの香りを聞く人々の仕草も眼に入る。
こうした固定ショットの合間に、地を這(は)うような前進移動のショットが挿入される。犬の頭に装着された小型キャメラの映像だ。車から飛び出し、山道を疾駆する躍動感が眼を奪う。
それなのに、トリュフの利権を狙う強欲な商人たちは、ストリキニーネ入りの毒餌を撒いて犬を殺そうとする。はらわたが煮えくり返るような話だが、共同監督のふたり(マイケル・ドウェック+グレゴリー・カーショー)も、この暴挙は座視しがたかったのだろう。
それでもこの映画の光源は、世界がどんなに変わろうと、楽しげに森へ入っていく老人と犬の姿にある。その心は簡単には折れない。よろめきながら犬のあとを追う老人たちの顔は、驚くほど明るい。
(芝山幹郎・翻訳家、評論家)
監督 マイケル・ドウェック、グレゴリー・カーショー
登場人物 カルロ・ゴネッラ、アウレリオ・コンテルノ、アンジェロ・ガリアルディ
2020年 イタリア、アメリカ、ギリシャ
Bunkamura ル・シネマ他 2月18日(金)ロードショー
新型コロナウイルスの影響で、映画や舞台の延期、中止が相次いでいます。本欄はいずれも事前情報に基づくもので、本誌発売時に変更になっている可能性があることをご了承ください。