「小室ウォッチ」は必要か 人の不幸を嗤う卑屈さを問う 社会学的皇室ウォッチング!/25=成城大教授・森暢平〈サンデー毎日〉
米ニューヨークに暮らす眞子さん(30)の夫、小室圭さん(30)が2月22、23日に2度目の司法試験に挑戦した。小室さんの姿は、英国のタブロイド『デイリー・メール』紙のインターネット版に掲載された。日本の一部メディアも、小室さんの姿とともに今後を揶揄(やゆ)する記事を載せている。だが、民間人であり、メディア取材を一切拒否している小室さん夫妻をそこまで追いかける必要があるだろうか。
「小室氏は、試験の出来についての自信を見せることはなかった。逆に、新進の法律家である小室氏は、建物に入っていくとき、信じられないくらい暗い表情をしていた」
『デイリー・メール』紙の描写である。同紙は、髪を後ろでポニーテールに束ねていたこと、170㌦のスター・ウォーズのスニーカーを履いていたことなど髪形や服装を詳述した。
『週刊文春』(3月10日号)と『女性自身』(3月15日号)も試験時の写真を掲載している。後者の写真のアングルは『デイリー・メール』紙と同じで、同紙同様、パパラッチから購入したものだろうか。いずれにしても、日本メディアの小室さん夫妻への関心が、米国における盗撮行為を助長させている。
むろん、肖像権保護と報道の自由は、日本でも米国でも微妙な関係にある。一般に、個人の写真を無断で掲載することは肖像権の侵害になるが、公共性・公益性がある場合には報道の自由が優先される。小室さんの場合、彼が試験に受かるかどうかについて、公共性・公益性がある正当な関心であるかが議論になるだろう。
言うまでもないが、小室さんも、現在の眞子さんも、皇室の一員ではない。2人の暮らしに公費が費やされていることもない。ニューヨーク総領事館に小室さん夫妻専門の日本の警察官が派遣されていると報じる一部週刊誌がある。フェイクニュースと断じてよい。
小室さん夫妻は、取材を拒否し、公の発言を一切行っていない。個人として平穏な生活を望んでいるのは明らかだ。2人への過度な関心は不当であろう。
NY退去勧告は真実か
そうした点から、とくに『女性自身』を見ると、小室さんへの関心が突出している。 同誌の記事のタイトルは、「小室圭さん 日本政府『NY退去』勧告を絶対拒否」であった。
記事はまず、米国で弁護士資格取得を目指すならニューヨーク州以外にも目を向けるべきだという「提案」がなされたとする。小室さんは今後、正式な就労ビザの申請をする必要があるが、支援のための政府の「極秘サポートチーム」が編成されたと記事は続ける。そして、小室さんに対して、「ニューヨーク退去」がアドバイスされたと書いている。
記事はさらに、弁護士資格が取得しやすいウィスコンシン州に移る案が「提案」されたが、眞子さんの「猛反対」があり、小室さんが移転案を拒否したと書いている。
ニューヨーク総領事館であれ、外務省であれ、小室さんに何かを提案したり、アドバイスしたことは一切ない。日本政府による「NY退去勧告」など100%ない。「極秘サポートチーム」も存在しないし、ウィスコンシン州に移る案などあり得ない。ここまでに記載した『女性自身』の情報で、真実と呼べるものは一つもない。
記事は、小室さん夫妻がいまだに日本政府の庇護(ひご)の下に暮らしているかのごとき印象を与えている。他の在留日本人と同様な一般的な邦人保護の管下にあることは間違いないが、総領事館が小室さん夫妻を特別に優遇していることはない。
一方、小室さんが今回の司法試験にも失敗することはあり得る。現在勤めている事務所を変わることもあるだろう。しかし、そのときは、別のビザスポンサーを見付けることになるだけだ。
現状、小室さんが取得するであろうH―1Bと呼ばれる就労ビザを取得するのは難しいことではない。さらに、米国で働く日本人が、職場を移ることは一般的である。
私自身、米国に6年滞在し、その間いくつか職場を移り、多くの日本人スタッフと働いてきた。私自身を含め同僚は皆、ビザで苦労はした。だが、最終的には何とかなって、米国に残って頑張っている人が多い。
小室さん夫妻の人生は、2人が切り開けばよい。小室さんのビザの心配など余計なお節介(せっかい)をする必要はない。それは、干渉してはいけない私的領域に属することである。ましてや、盗撮など許されるはずもない。
それにもかかわらず、一部週刊誌が小室さんを追い続けるのはなぜか。それは小室さんへのルサンチマンがあるからだ。
賞賛が非難に転じる
ルサンチマンとは、「弱者」が「強者」に対し、憎悪、復讐(ふくしゅう)、怨恨(えんこん)、妬みなどの感情を屈折させた状態をいう。小室さんは、母子家庭から、中高はカナディアンスクールに通い、ICUに進んだ。そこで、皇族であった眞子さんと出会い、交際を始めた。屈折した感情を持つ者(弱者)には、庶民から上昇する成功者(強者)に見える。
その「強者」が、金銭トラブルを抱えていたり、司法試験に落ちたりするのは、「弱者」にとっては快感である。「強者」の不幸は、蜜の味がするほどのおいしいネタで、嗤(わら)いと蔑(さげす)みの対象となる。
さらに言えば、現代社会では、皇室それ自体がルサンチマンを向けられる。
一般に、平準化した社会では、人は他者を摸倣する傾向が強くなる。フランス出身の文学者・人類学者のルネ・ジラールは、これをミメーシス(摸倣)的欲望と呼んだ。民主主義下の君主制はミメーシス的欲望の対象となる。皇族は模倣・賞賛される対象であるが、何かのきっかけさえあれば、いつでも蔑みと非難の標的となる。
現代日本の皇室は、まさに称揚と批判のなかで揺れ動く。小室さんも眞子さんもその渦中にあった。4月下旬、司法試験の合否判明時には、再び、小室さんをネタに、世間が溜飲(りゅういん)を下げる事態があるかもしれない。
しかし、私たちはもう、2人を忘れ、解放する時期に来ている。日本人の精神がそこまで卑屈でないことを私は信じたい。
もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮社)、『近代皇室の社会史―側室・育児・恋愛』(吉川弘文館)など