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「イエスの方舟」と17日間 本誌が〝同乗漂流〟した一部始終 特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/13〈サンデー毎日〉

記者会見する「イエスの方舟」の会員たち(1980年7月4日)
記者会見する「イエスの方舟」の会員たち(1980年7月4日)

 1980(昭和55)年 「現代の神隠し」騒動

 主イエスをかたる男が家出した若い女性らを連れて蒸発――。1980(昭和55)年に社会問題化した「イエスの方舟」事件だ。「娘を返せ」という親の声に便乗した他メディアが邪教集団と決めつける中、本誌はお定まりの海図を捨て、彼らとの〝同乗漂流〟を決断した。

 本誌『サンデー毎日』が1989(平成元)年、オウム真理教追及キャンペーンを始めた時、記事のタイトルには次の言葉が添えられていた――これは「イエスの方舟(はこぶね)」とは違う。

 78(昭和53)年5月、東京・国分寺の粗末なプレハブ家屋で暮らし、聖書研究にいそしんでいた二十数人が姿を消した。一団には家出をして共同生活に加わった若い女性も多く、親の激しい抗議にさらされる中での蒸発だった。それから丸2年、彼らの行方は知られず、80年2月に国会質問で取り上げられたことなどから「現代の神隠し」と騒がれ始めた。教祖のマインドコントロールによって出家させられた子どもの奪還に親が奮闘していたオウム問題の発覚時と似た構図だ。

 本誌自身、初報の同年3月16日号では「千石イエス」を名乗る教祖に操られたカルト集団と見なしている。その姿勢が変わったのが4月20日号。「方舟」が各所に郵送した手紙の中身をそっくり掲載した。メディアの流儀として、疑惑の当事者の言い分を検証抜きで載せることは今も昔もほぼありえない。ただ何かが鼻をくすぐったのだろう。〈誤字脱字が少なく、やや回りくどいが、しっかりした文章のようだ〉。記事冒頭で本誌はそう見立てている。

 これに「方舟」が反応した。水面下の接触を経て、7月13日号は「千石イエス」こと千石剛賢(たけよし)氏(当時56歳)の独占会見を載せた。〈正直なところ、「これがあの千石イエスか?」と、驚かずにはいられなかった。(中略)イメージとあまりにかけ離れていた〉

 「マスコミが虚像を作り上げた」

 記事はまずそう記している。直接取材ができないとマスコミは書き放題だ。新聞が暴力団の影を疑えば、「3億円事件」の関与を報じた週刊誌もあった。テレビのワイドショーは精力絶倫の教祖を囲む〝ハーレム〟の印象を拡散していた。

 素顔の千石氏は心臓病を患い、あえぐように言葉を継いだ。当時の編集長、鳥井守幸との一問一答によりレッテルははがされていった。そもそも「千石イエス」自体がマスコミの造語だった。千石氏が教祖を名乗ったことはなく、会員からは「おっちゃん」と呼ばれていた。彼らは福岡市のマンションに身を隠し、女性会員がキャバレーのホステスをして生活費を稼いだ。

「方舟は原始宗教に近い、コミューン(共同体)型の疑似家族でした。現実の社会や家族関係に疲れた人々が集まってきた。ところがマスコミがおかしな虚像を作り上げた。そこでキャンペーンを張ったのです」

 鳥井元編集長(90)はそう回想する。だが一方で、捜査の手が「方舟」に伸びていた。会員7人の捜索願が出ており、親とのトラブルから千石氏ら5人に暴力行為や名誉毀損(きそん)の容疑がかけられた。本誌は上京した一行を熱海の宿泊施設にかくまい、17日間をともに過ごす。7月27日号は彼らが社会の誤解を解くために出頭を決意するまでのドキュメント「熱海最後の72時間」を掲載。時として煮え切らない会員にいら立ちを隠さない編集部員――。本誌はそれを取材というより、自ら〝同乗漂流〟と呼んだ。

「事件」は幻だった。翌81年5月までに容疑は全て不起訴、起訴猶予とされた。「方舟」は再結集し、逃避行先だった福岡市にクラブ「シオンの娘」を開き、共同生活を続けた。千石氏は2001年に他界し、今は妻まさ子さん(89)が責任者を務める。「あなたは私、私はあなたという前責任者(千石氏)が言った隣人愛の精神、皆仲良くしましょうという言葉を今も大切にしています」(まさ子さん)

 何よりも強いのは、とても当たり前の言葉だった。

「サンデー毎日4月3日増大号」表紙
「サンデー毎日4月3日増大号」表紙

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