週刊エコノミスト Online

大隈重信没後100年・早稲田大×同志社大「トップ対談」全文㊦ 解なき時代に「たくましい知性」「良心教育の継続」〈サンデー毎日〉

同志社大学
同志社大学

 大隈重信没後100年の節目に実現した早稲田大・田中愛治総長と、同志社大・植木朝子学長の「トップ対談」。両大学の交流は現在も引き継がれ、対談は互いに目指す「学び」の姿にまで及んだ。

 交流の伝統を引き継いだ「国内留学制度」

――国内留学制度を設けるなど両大学の交流は今も続いています。

田中 同志社大との国内留学制度は1997年度からスタートしました。私は98年度から早稲田の専任教授になったのですが、95年からは非常勤講師として「教養演習」を担当し、統計学とパソコンを使った政治学の実証分析入門を教えていました。97年度には、飯田健君(現在は同志社大法学部教授)という同志社からの交換留学生も出席していました。彼は、私のゼミで選挙や投票行動などについて1年間学んだ後に、同志社に戻って法学部の西澤由隆先生という、投票行動や計量政治学が専門の先生のゼミに入りました。その後、同志社大のアメリカ研究科の大学院で修士まで終えてからテキサス大に留学して博士号を取り、早稲田の高等研究所の助教を経て、今は母校の教授になっています。彼だけでなく、同志社大に留学した女子学生が、早稲田に戻って私のゼミに入るなど交流は活発に続いています。同志社大との交換留学は単なる形式ではなく、共に学生を育てるシステムとなっているのです。

植木 同志社から早稲田に派遣した学生を見ると、政治や経済など社会科学を専攻する学生が多く、政治経済の中心である東京にある早稲田で学ぶことに魅力を感じ、田中先生のゼミなどで学びたいという気持ちが強いようです。早稲田から来てくれる学生は4割が文学部に集中していて、両大学の地の利を活かした学生交流という目的は果たせていると思います。

 双方の学生から「視野が広がった」「人間関係が深まった」、さらには文化や風土、人々の雰囲気や校風の違いを感じることで「母校についての深い理解を得られた」といった声が多く聞かれます。本学の学生は、新しい情報がいち早く入手できる早稲田で、グローバル企業のトップをはじめ著名な方の講演を聞く機会が非常に多く「勉強になる」と交換留学のメリットを述べています。早稲田から来た学生は、歌舞伎や文楽など「伝統芸能の生きた資料に触れることができる」、祇園祭をはじめとする祭りに参加したり、町家建築などの「文化財を身近に見られる」といった、京都ならではの文化的・芸術的な学びの領域に対し、前向きな感想を述べてくれる人が多く見られるのが特徴と思います。

早稲田大学
早稲田大学

 多様性を受け入れ、「解」のない問題に挑戦する人物を育てる

――現代は「解」のない時代とも言われます。そんな時代に、どのような人物、人材を育成しようと考えられていますか。

植木 同志社では「人は何かの材料ではない。大学は人物を育てるべき場所だ」という考えから、「人材育成」という言葉をなるべく使わず、「人物養成」といっている点一つ見ても、新島の精神がしっかり受け継がれていることを強く感じます。

 19年度には「新島塾」を開校しました。これは、建学の精神である「良心教育」を継承し、次代を担う人物を育てることを目的としたリーダー養成のための教育プログラムです。目指す人物像は、多様な人々の考えを受け止めて、物事を決定していけるリーダーです。塾では「本を読む」ということを大きなコンセプトとしています。いろいろな人々の考え方を知ることは学問の基本だからです。学生たちには多くの課題図書を与え、問題を自分で考え、解決策を模索していくことを狙いとしています。

 現代はアウトプットが求められる時代です。しかし、いろいろなものを吸収して自分の中に知識を蓄えていないと独自性も生まれないので、塾ではインプットを大事にしています。多様性への理解、他者への共感といっても、弱者や酷い境遇にある人に対して感情的に共感することは自然にできるでしょう。一方で、自分とは違う理念や信念を持っている人が何を考えているのかを想像することは、ある程度の知識と意思がないと難しい。前者をシンパシー(sympathy)、後者をエンパシー(empathy)などと呼びますが、エンパシーというのは理性的な知的な作業であり、学問として教えなければならないことなので、本塾では力を入れているところです。

 混迷する時代の中でコロナ禍に見舞われ、社会の分断、不寛容、差別といった問題がより顕在化するようになり、改めて全ての根底にある倫理というものの重要性を認識させられる今こそ、本学が建学の精神として掲げている「良心教育」、良心を持って誠実に事に当たることで課題を解決し、社会に貢献できる人物を育てていくことの重要性は、よりいっそう高まっています。

 同時に、創立者の言葉にある「人一人は大切なり」ということも、SDGs(持続可能な開発目標)に「誰一人取り残さない」と言われている時代にあって、大学の根本姿勢として推進していく必要があると思います。さまざまな考えや境遇、背景を持った他者を尊重し、その違いを新しい創造につなげていくという力を持った人物を育てていきたいですね。

田中 大隈が創立30周年の時に、早稲田大の教旨として「学問の独立」「学問の活用」「模範国民の造就」の三つを宣言しました。自分の身や家、組織、国のことだけを考えず、世界人類のことを考える、世の中のためになる人材を育てるには、学問を活用しなければならない。そのためには、権力や金欲、名誉欲に左右されない学問を学んでほしいというわけです。このように、この三つの教旨は、社会や人類への貢献、利他の精神を重視しており、この考えは、新島先生の考えと非常に共通するものがあると思います。

 彼らが生きた時代は、正に答えのない問題に挑戦しなければならない時代だった。現在も同様で、地球規模では気候変動やコロナ禍によるパンデミック、国内でも少子高齢化や地方都市の衰退、また国家間や民族間の対立など、確たる答えが見つからない課題が山積しています。だからこそ、自分の頭で考え、解決策を考えるには、やはり学問が重要だと思います。過去の人類が未知の問題にどう挑戦したかを知ることは今、我々が直面している未知の問題を解決するためのヒントにもなる。学生たちには学問をないがしろにしないでほしいと言いたいですね。

対談は2月中旬にオンラインで行いました
対談は2月中旬にオンラインで行いました

――両大学とも、今後どのような展望を描いていますか。

植木 まず、大前提として建学の精神を守り、良心教育を継続していくことは、私学・同志社としての存在意義として欠かせないことだと思っています。

 現代社会に即応していく力の育成という点では、産学官連携を推進し、社会との連携を強化していきたい。本学では、環境問題に寄与するために20年4月『「次の環境」研究センター』を(空調機器大手)ダイキン工業株式会社と共に設立しました。また、大学院に「次の環境」協創コースという教育プログラムを設けました。ダイキンの社員と大学院生が共に学ぶもので、理系分野だけでなく、文学を専門とする教員が環境について教えるなど、人文・社会分野の教員も関わって環境問題解決に社会人と院生が共に取り組んでいます。このように企業と連携しながら文系・理系の枠を超え、さまざまな視座から課題にアプローチし、思考をアップデートする力を培うことこそ、大学が社会から求められているものでしょう。

田中 日本私立大学連盟(私大連)の会長として、経団連との人材育成の会議に出ていると、「文理を分けていることに問題がある」と言う経済人が非常に多い。文系出身の事務系の社員でも「ビッグデータを扱う必要が出てきている」と。理系出身者は最先端の分析手法を開発するかもしれないが、ユーザーとして文系出身者でも数理的な知識は欠かせないというのです。その意味でも、大学も文理融合を進めていく必要があると思います。

 一方、私は総長就任以来、二つのことを唱えています。一つは「たくましい知性を鍛える」ということ。たくましい知性とは、答えのない問題に対して、自分なりの解決策を仮説として提示し、それが妥当かどうか、データなどの根拠を基に検証する。もし間違っていたら一から仮説を立て直すというたくましさです。もう一つは「しなやかな感性を育む」。これはダイバーシティーにつながるものです。異なる価値観や言語、宗教、文化、性的指向性、異なる世代を理解するしなやかさがないと、人類全体が満足するような解決策は生まれないと思っています。企業との連携もやはりダイバーシティーを受け入れ、かつ文理の壁を超えていく必要があると思います。

 また、「教育効果を上げる」という言葉も改めたいと思っています。かつて、私は教員に「効率ではなく、効果が重要だ」と述べていました。いくら効率的に多く教えても効き目、すなわち効果がなければ意味がないと。しかし、学習者である学生にとっては学習効果が上がることが大事で、学習効果が上がるような教育プログラムを教員は提供し、大学の本部は学習効果が上がるような教育環境を整える必要がある。そうした環境を提供できる大学でありたいと思っています。

植木 解のない時代であるにもかかわらず、学生たちの中には、いち早く、効率的に「正解」を手に入れたいと願う傾向が強まっているように感じます。その意味でも、田中先生がおっしゃった「たくましい知性」、すぐに答えが出なくてもあきらめず、何度でもトライする学問的な忍耐力を育てていく必要があると思います。

同志社大学

 1875年に創立された同志社英学校が前身。1912年に同志社大学と改称。現在は14学部に約2万6000人が学ぶ。学長室は京都市上京区今出川通烏丸東入

早稲田大学

 1882年に創立された東京専門学校が前身。1902年に早稲田大学と改称。現在は13学部(通信教育課程を含む)に約3万8000人が学ぶ。総長室は東京都新宿区戸塚町

うえき・ともこ

 1967年生まれ。90年お茶の水女子大文教育学部卒。同大大学院博士課程人間文化研究科比較文化学専攻単位取得退学、博士号(人文科学)取得。同志社大助教授、教授、文学部長、副学長などを経て2020年から現職

たなか・あいじ

 1951年生まれ。75年早稲田大政治経済学部卒。米オハイオ州立大大学院政治学研究科博士課程修了、Ph.D.(政治学)取得。東洋英和女学院大助教授、青山学院大教授、早稲田大政治経済学術院教授などを経て現職

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事