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科学の伝道師・鎌田浩毅と「防災省」主唱の石破茂が徹底討論 南海トラフ、富士山噴火、首都直下 迫り来る3大天災に政治はどう向き合うのか〈サンデー毎日〉

3月16日の福島県沖を震源とする地震では、東北新幹線が脱線した
3月16日の福島県沖を震源とする地震では、東北新幹線が脱線した

 倉重篤郎のニュース最前線

 3月16日、福島県沖を震源とする強い地震があった。東日本大震災から11年、高確率で襲う天災に対して、私たちはあまりに無防備ではないか。南海トラフ、富士山噴火、首都直下の3大災害への警戒を喚起してきた鎌田浩毅京大名誉教授と、「防災省」創設を訴え続けてきた石破茂氏が討議、過酷な災害をいかに生き抜くべきかを考える――。

 「明るい防災」「おいしい防災」へ

 ウクライナ戦争は世界史的危機だが、一方で我々は足元に迫り来る潜在的危機にも目を向けなければならない。「南海トラフ巨大地震」「首都直下地震」「富士山噴火」の3大天災だ。

 天災は忘れた頃にやって来て、人命、国土に甚大な爪痕を残していく。それは1995年1月17日の阪神・淡路大震災、2011年3月11日の東日本大震災で経験したことである。3月16日深夜、東北を襲った最大震度6強の地震もそうだった。いずれも事前に予知も予測もされていなかった。

 ただ、前記3大天災は、政府や学会が、近々の発生可能性を警告している。南海トラフであれば「40年以内に90%程度の発生確率(政府の地震調査委員会の今年1月予測)」だし、首都直下であれば「30年以内に70%程度の発生確率(同委が20年1月同)」となる。富士山も、1707年の宝永噴火以来300年以上もマグマが溜(た)まり続けており、次の南海トラフ地震が噴火の引き金になる可能性がある、と指摘されている。

 我が懸念は、その冷厳な確率論的・周期論的必然性の世界に対し、我々が十分な心の準備、インフラ的な備えをしているのか。特に、国民の命と財産を守るため決定的な役割を果たすであろう政治が、この問題ときちんと向き合い、意識、インフラ両面で危機管理を十全にこなす体制になっているのか、の一点にある。

 かつて、中曽根康弘元首相が、官房長官に後藤田正晴氏を起用した理由として、大地震に備えた危機管理、と語ったことがあった。その情報収集力、霞が関へのグリップ、護民官的目線を考えればまさに適任であったと思うが、その後の政権にはそういった問題意識も人材登用も見られない。

 実に不安だ。しかも、我々は忘れやすい。1・17も3・11もメモリアル・デイが過ぎれば、記憶の枠から外される。永田町からは天災対応や危機管理は票にならない、との声も漏れる。

 南海トラフでは6000万人が被災

 この稿では、そういった政治の弛緩(しかん)、怠慢を糺(ただ)すべく、「科学の伝道師」として四半世紀、この3大天災への警鐘を鳴らしてきた地球科学者・鎌田浩毅氏(京大名誉教授)と、「防災省」創設を唱えるベテラン政治家・石破茂氏(元自民党幹事長)に対談していただいた。

鎌田 日本列島は1000年ぶりの「大地変動の時代」に突入した。11年前の東日本大震災で日本列島が東側に5・3㍍も移動、地下の岩盤に歪(ひず)みが入り不安定化、列島の各地で直下型地震が起きている。今回の震度6強地震も東日本大震災が地球科学的には終わっていない表れだ。中でも南海トラフ地震、首都直下地震、富士山噴火が喫緊の課題だ。南海トラフは東日本より1桁大きな被害が予測され、首都直下はいつ起きてもおかしくない。わが国最大の活火山・富士山も噴火「スタンバイ状態」だ。なのに政治に危機感がない。

石破 深く反省すべきところだ。「駝鳥(だちょう)の平和」というが、危機も見えなければないのと一緒、という性癖があるかもしれない。政治家にとって防災は票にならない、起こりもしないようなことで何を言っているんだと言われることもある。

鎌田 特に、南海トラフは要注意だ。トラフ(舟形の地形)北側には東海地震、東南海地震、南海地震を起こした三つの震源域「地震の巣」があり、3回に1回は3震源域が同時に活動する「連動型地震」だ。次はこの連動型の番に当たり、首都圏から九州までの広域に甚大な被害を与え被災者は6000万人にも及ぶ。

石破 国民の半分が被災する大変な事態だ。発生確率は40年以内に90%という。その数字だけで十分怖いのだが、危機感がリアルに伝わっているかは疑問だ。

鎌田 確率論では緊急度が伝わらない。いつまでに(納期)、どんな量(納品量)と言われないと、誰も主体的に動かないし、官僚も予算をつけられない。だから僕は約10年後に襲来、災害規模は東日本の10倍、220兆円だと言っている。

石破 2035年±5年、という言い方で予測されている。首都直下はどうか?

鎌田 南海と首都直下は別サイクルだ。南海は古文書によると約100年周期で発生、「納期」がはっきりしている。首都直下は、マグニチュード9の東日本大震災で励起、誘発されており、明日起きるかもしれないし十数年後に起きるかもしれない。直前予知は最先端の地震学でも不可能だ。

富士山の噴火も喫緊の課題だ
富士山の噴火も喫緊の課題だ

石破 富士山噴火はどうか。南海トラフが引き金になる可能性がある、という。

鎌田 富士山のマグマ溜まりの天井が東日本大震災によりヒビが入った状態で、南海トラフの揺れが加われば、泡立ったマグマによる大噴火に至る恐れがある。

石破 火山灰でライフラインが相当程度傷む?

鎌田 噴火発生後2時間で首都機能がマヒする恐れがある。火山灰が関東一円に降り積もり、交通・通信がマヒ、パソコンなど精密機器に入り込み、誤作動を起こす他、大規模停電、上下水道が使えなくなる恐れもある。呼吸器系疾患など人体への影響も無視できない。マグマが200年間溜まっていた前回は江戸に5㌢積もったが今回は300年間で5割増し。東京は1カ月ライフラインが止まる。

石破 いずれも聞くにつけ、ただごとではない。ウクライナでの戦争を見ても、これらの天災に有事が重なったらどうなるか、も考えなければならない。私の地元・鳥取では昭和18(1943)年に大地震があったが、戦中の情報統制で、記録も残っておらず、学校でも習わなかった。それぞれの地域にいろんな記憶があるのにそれを伝承しない、教育しない。これは改めるべきだ。私は常々有事と巨大災害が同時に起きた時を念頭にすべての政策を進めるべきだと思っている。

鎌田 災害と戦争が重なる確率も決して低くはなく、日本は安全保障上きわめて脆弱(ぜいじゃく)な立場に立たされる。

石破 自衛隊の対応も、人が足りなくなる。ある程度省人化を図りながら災害対応もできる態勢作りはしているが、有事と一緒に来ると、災害対応はできない。警察・消防がやらないといけない。玉突きで人がいなくなる。民間防衛組織が必要だが日本にはない。今からでもきちんとつくらなければならないと思っている。

 日本人が死なないための施策が必要

鎌田 下手をすると、このまま2035年が来てしまう。「黒船」的なものが来ないと、日本は動かないのか、とも思ってしまう。

石破 戦争も災害もそうだが、日本人は忘れやすく、検証が苦手だ。東日本大震災では松島基地が被災し、戦闘機に相当な被害が出た。なぜ離陸させなかったのか、自衛隊が何たる有り様だ、と言われたが、地震で滑走路が傷み、飛ぶ方がもっと危なかった、という話で終わっている。しかし、この教訓を南海トラフの備え、辺野古基地の備えの検証まで活(い)かすべきだ。ところで、ウクライナのキエフでは皆、地下鉄の通路に避難しているが、日本の地下鉄はシェルター機能を果たせる?

鎌田 狭すぎて人が留(とど)まれる余分なスペースがない。

石破 水も食料もないし、トイレも足りない。つまり、いざという時にシェルターの役割を果たせない。議員会館は堅牢(けんろう)で自家発電も備えているが、国会議事堂本院は脆弱だ。本会議場の上はステンドグラスなので地震が来るとガラスが割れる。議席の下にヘルメットがあり、いざとなったらそれをかぶれと言う。北欧諸国は建築基準法で一定以上の建物には地下シェルターが義務付けられているし、地下鉄もシェルターとして使えるようになっているが、日本にはそれがない。敵基地攻撃能力の検討は必要だが、有事になっても災害があっても日本人が死なないための施策が急務だ。

3月16日の地震で倒壊した福島県内の家屋
3月16日の地震で倒壊した福島県内の家屋

鎌田 あれだけの死者、行方不明者が出た、阪神・淡路や東日本大震災の体験も既に風化しつつある。

石破 先の大戦でも、日本人死者数がドイツより多かったことについて米国の戦略爆撃調査団が調査し、国家に国民を守ろうという意識がなかった、という結論を出している。防空法では焼夷(しょうい)弾には逃げずにバケツリレーと箒(ほうき)とはたきで火を消せと定められており、明らかに人命軽視だった。今はそこまでひどくはないが、あらゆる危機に対する備えは未(いま)だにされていない。

鎌田 それを払拭(ふっしょく)するためにも、「防災省」創設には大賛成だ。米国で言えばFEMA(フィーマ=連邦緊急事態管理庁)だ。大災害発生時に支援活動を統括する。

石破 「防災省」創設は、ここ15年主張し続けてきた。「デジタル庁」も「子ども家庭庁」も実現を見ているのに、こと「防災省」は動かない。地方創生相時、FEMA長官と会い、平時の最大の仕事は首長、議員をきちんと教育、啓蒙することだと聞いて、なるほどと思った。

鎌田 教育で言えば、「地学」という、地震、地球温暖化、資源エネルギーなどの基礎知識を身につける教科がある。僕らの頃は高校理科の必修科目だったが、今は全生徒の5%しか受けていない。大学受験に関係ないからだと言う。

石破 こんな話も聞いた。今回のコロナ禍では日本人のヘルスリテラシー(基本的健康知識)の低さが問題になった。医師の言っていることが理解できない、と。これも地学と一緒で、高校で保健体育を教えないからだそうだ。試験に出なければ、できる子ほど勉強しなくなるが、その子たちが社会の中心になる。

鎌田 10年ほど後には必ず南海トラフ地震が来る。パスはない。若い人たちが全員被災し、人生最大の試練を受ける。その時の武器として地学や防災教育は必須だ。京大の講義では、学生たちに「今の年齢に13年足してごらん、20歳なら33歳だ。大災害下で職はなくなるし家族も大変だ。それを守るのは地学、生き延びるための学問だ」と言う。皆顔色が変わり真剣に勉強する。

石破 その意味では、地学は役に立ち、「我がこと化」できる学問ではないか。

鎌田 国会議員が率先垂範して、防災を訴えてほしい。活断層はわかっているだけで日本に2000本、全選挙区に満遍なくある。これを争点にすれば、防災に強い政治家は選挙にも強い、ということが起きる。

 「災害ユートピア」を念頭に備えよ

石破 面白く楽しい防災の話を30分でも話せたら変わるでしょうね。

鎌田 南海トラフ地震の場合、日本海側がいろんな意味で援助拠点になる。山陰から山陽へ、北陸から東海へ、南北に物資と人員を運ぶ。日本海側が大震災後の立て直しのポイントになるが、そこに対する予算、人員が後回しになっている。

石破 その議論は進んでいない。最も人口密度が高い東京で出産の機が薄く、人口問題の解決のために一極集中是正が必要だ、と言ってきたが、人口密度の高さは災害リスクにもつながる。これを併せて議論、法制化し予算を組むように大転換すべき時期だ。遅きに失したという言葉があるが、遅いけど失してはいない。

鎌田 まだ間に合う。

石破 そうです。まだ間に合う。

鎌田 「災害ユートピア」という言葉がある。災害時の日本人のモラルの高さから来る共生社会、というイメージだ。「揺れる大地」に生きてきた民族だからこそ、いざという時でも皆が助け合う。今のうちから災害ユートピアを念頭に未来のピンチに備えたい。災害は怖いことばかりではない。「脅しの防災」から「明るい防災」「おいしい防災」という考え方が大事だ。

石破 おいしい防災?

鎌田 そう。保存食品をとらやの羊羹(ようかん)などちょっと豪華、美味なものにして、避難訓練の度にそれを食べる。防災担当者は、次のおいしい保存食品を自由に選ぶ。消費を促し、経済的にも好循環を作る。面倒で嫌な訓練ではなく、楽しくおいしい訓練、発想の大転換だ。

石破 確かに、防災グッズを眺めていても楽しくない。うちもリュックを置いてあるが手にしない。

鎌田 「ピンチはチャンス」という言葉もある。前回の南海トラフ地震は、1946年の終戦直後で、その前は1854年の幕末だ。日本は地盤と社会の変動は一致している。では滅亡したかというと、そうではない。幕府は滅亡したが、西郷隆盛、伊藤博文らが新しい時代を切り開いた。戦後も日本は焼け野原になったが、松下幸之助、本田宗一郎、井深大らが技術立国化した。

石破 これだけの災害大国だが、昨日今日始まったわけではないということだ。

鎌田 もう5万年以上やっている。欧米人は小さな地震でも怖がるが、日本人は平気に生活する。我々には揺れる大地をしなやかに賢く生き延びるDNAがある。そこも着目してほしい。

    ◇   ◇

 大地変動の危機は必ずや来る。今からでも遅くはない。政治は刮目(かつもく)して備えよ。揺れる大地を生き抜いてきたDNAを信ぜよ、とのメッセージであった。天は自ら助くる者を助く、という。天の試練はウクライナに留まらない。明日の我が身にも備えるべきだろう。

いしば・しげる

 1957年生まれ。衆院議員。防衛庁長官、防衛大臣、農林水産大臣、自民党幹事長、地方創生担当大臣など歴任。著書に『日本列島創生論』(新潮新書)ほか

かまた・ひろき

 1955年生まれ。京大名誉教授。地震学者。通産省を経て、1997年、京大大学院人間・環境学研究科教授に。2021年から京大名誉教授。著者に『首都直下地震と南海トラフ』ほか

くらしげ・あつろう

 1953年、東京都生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部を経て、2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員

「サンデー毎日4月10日増大号」表紙
「サンデー毎日4月10日増大号」表紙

 3月29日発売の「サンデー毎日4月10日増大号」には、「国公立大総集編 東大・京大・名大・阪大…23大学 合格者高校別ランキング」「創刊100周年記念号『サンデー毎日に言いたい!』 五木寛之、小宮悦子、森村誠一、野田聖子…」などの記事も掲載しています。

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