坂上忍の動物保護から考える 絶えない〝殺処分〟に立ち上がった=ジャーナリスト・鈴木哲夫〈サンデー毎日〉
今春、俳優の坂上忍氏が千葉県袖ケ浦市に動物保護ハウスをオープンさせた。司会者などとしてお茶の間を沸かす人気者が、私財を投じて動物保護に乗り出したのは、自らの苦い経験があるからだ。さらに、探ると〝動物保護後進国・日本〟の現実が見えてくる。
「寄付やボランティアで頑張っても、それが尽きたら終わる。それじゃ意味ないですよね。何とか事業としてやっていきたい」
俳優の坂上忍氏はそう語った。4月4日に動物保護ハウス「さかがみ家」をオープンさせた。4500坪の広大な土地を私財で購入。そこに犬20匹、猫を最大50匹収容できるハウスを建設した。スタッフは当然寝泊まりする。広大なドッグランが建物の外には広がっている。私は坂上氏と5年間、昼のテレビ情報番組で一緒だった。番組の外で懇談する機会も増える中で聞いたのが、冒頭の動物保護活動への思いだった。
坂上氏は30代の頃、マンションで犬を飼ったが、ろくに世話もせず、その犬はストレスで体調を崩し、知人に引き取られた後に死んだ。坂上氏の後悔は深く「やり直したい」と動物への思いを新たにしている時、ペットショップで値下げして売られていたチワワを見つけた。保護犬だったのだ。そして、引き取って育てた。以降、多くの保護犬や猫を自宅に引き取り、今や犬や猫20匹以上の〝大家族〟になっている。
飼育放棄された犬や猫はさまざまなケースがある。虐待、悪徳ブリーダー(繁殖業者)によって金網に閉じ込められ、年に2回も出産させられる雌犬、病気で捨てられた犬や猫など。行政が一旦は保護するが、里親や譲渡会で引き取り手がいなければ殺処分される。坂上氏の保護ハウスは、そうした犬や猫を引き取り、心身とも健康にし、譲渡会などで引き取り手に渡すまで面倒を見ていくものだ。
環境省によると、2020年度に全国の保健所で殺処分された犬や猫は2万3764匹に上る。警察庁によると、21年に全国で摘発された動物愛護法違反事件は前年から倍近く増え170件。遺棄が81件、虐待飼育が48件、殺傷が41件だ。
それでもまだ「数字はごくごく一部にすぎない」(自民党動物愛護議連の議員)。虐待も激しい暴行は立件されるが、準虐待行為は立件されないという。「飼育環境を強制的に調査する責任を行政に課すとか、虐待の定義を厳しくするなど法整備は必要」(同) また、近年、地方自治体にも住民の関心に応え、首長選などで「殺処分ゼロ」を掲げ、当選後は実践に移す自治体も出てきた。ところが、そこには不透明な部分もあるという。
「実は殺処分の統計のルールがあるわけではないので自治体ごとに数字の立て方が違う。たとえば、ある自治体(都道府県レベル)は譲渡に向いている子と、譲渡に向いていない子にまず分ける。そして、譲渡に向いていない子は殺処分しても、カウントしていないという。国が主導して統計基準を作るべき。でなければ、いつまでも真相は表に出ない」(関東地方の動物保護活動NPO代表)
欧米と比較しても、日本は政府など行政の取り組みも法整備も不十分だ。
スイスでは憲法レベルで動物の尊厳を定めている。虐待から守り、品種改良など禁止。フランスではペットショップでの犬・猫の販売禁止の法律が2年後に施行される。飼い主が衝動買いして捨てられてしまう犬や猫が年間10万匹もいることから、売買を規制して動物の権利を守ろうというものだ。犬や猫は今後、保護団体や個人からの譲渡が基本になるという。世界的には「ワンヘルス」という人間と動物の健康を一つにした社会づくりという概念も広まりつつある。日本獣医師会は本格的に「ワンヘルス」運動に着手している。
収益上げ事業として永続目指す
ペットは独り暮らしの高齢者にとって家族同然。コロナ禍の孤独を救った犬や猫たちもいる。人間のパートナーだ。ところが、日本の動物保護は、ほぼボランティアのような形でやっているのが現状だ。坂上氏はどんな活動を目指すのか。
「日本は多くのみなさんが採算度外視で寄付してくれている。でも、それだと続かないと思うんです。だからこそ、ハウスを永続的に維持させていくためにはビジネスモデルを作らないといけない。収益を上げるために使えるものは使います。自分の名前だって。また、動物の世話をする人も、うちはボランティアではなく社員。『保護士』という職業を世の中に作りたい」
既に動き始めている収益活動は、たとえばドッグフードメーカーとタイアップして〝坂上プロデュース〟のフード開発や、犬・猫のグッズ開発、雑誌出版など。これらの固定収益でハウスが自立すれば、その先には全国でハウスのフランチャイズ展開にもつなげていきたいという。法整備などについても、政府や自治体に遠慮せず陳情していくという。坂上氏は密(ひそ)かに同じ志の保護活動仲間と何度もブレインストーミングを行い、問題点をあぶり出してきた。これを実行に移す。
初期の運営は坂上氏のいわば持ち出しだ。ハウスの年間維持費も数千万円単位になるというが……。
「寄付も受けないつもりでいます。それは僕自身にあえて課している覚悟なんです。もらってしまうとおかしくなってしまう。自立しなければ意味がない。事業として収益を上げ、助成金の制度も実現させたい」
オープン翌日には保護犬6匹、保護猫10匹が他の施設や保護グループからやってきた。5日後、再びハウスを訪ねた。それらの保護犬たちはドッグランを駆け回っていた。坂上氏や保護士が投げたボールを追いかけていた。聞くと、犬たちは監禁状態だったり、暴行されていたり、交配させられていたりしたという。だが、坂上氏や保護士らが毎日心を解放させ、優しく抱きしめ、わずか数日で人になじんで生き生きしていた。
保護犬たちは、このハウスで保護士らとともに旅立ちの準備に一定期間を費やす。やがて譲渡会などで引き取られていってほしい。坂上氏の試みは、日本の動物保護の課題を浮き彫りにするとともに、改善へ一石を投じることになる。
すずき・てつお
1958年生まれ。ジャーナリスト。テレビ西日本、フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経てフリー。豊富な政治家人脈で永田町の舞台裏を描く。テレビ・ラジオのコメンテーターとしても活躍。近著『戦争を知っている最後の政治家 中曽根康弘の言葉』『石破茂の「頭の中」』