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日本の電力逼迫に追い打ちだけじゃない!“通貨戦争”も仕掛けたロシア=編集部

日本の電力逼迫に追い打ち “通貨戦争”も仕掛けたロシア=金山隆一

 日本のエネルギー危機が現実になろうとした瞬間だった。福島県沖で3月16日に起きた最大震度6強の地震。震源域に近い相馬共同火力発電の新地発電所(同県新地町)で石炭を陸揚げする巨大な設備が損壊し、他にも東京電力管内に送電する火力発電所が停止したことで、首都圏を中心に東日本で電力需給が逼迫(ひっぱく)。何とか他の電力会社から融通を受けるなどして乗り切ったが、ブラックアウト(大停電)寸前に追い込まれた。(世界エネルギー大戦 特集はこちら)

 2011年3月の東日本大震災後、日本では原子力発電所が相次いで稼働を停止し、世界的な脱炭素の流れを受けて二酸化炭素排出量の多い石炭火力発電も縮小を余儀なくされる。しかし、風力発電などの再生可能エネルギーも安定供給には心もとない。そうした中で日本が頼ったのが、二酸化炭素排出量が比較的少ない液化天然ガス(LNG)だった。日本の10年度の電源構成で29%を占めていたLNGは、19年度は37%にまで増加している。

 日本にとってまさに命綱のLNGだが、ロシアのウクライナ侵攻が調達危機に拍車をかけた。日本はロシア極東のサハリン州で石油・ガス開発事業「サハリン2」に参画し、LNGを日本へ輸出している。さらに、ロシア北極圏のLNGプロジェクト「アークティックLNG2」にも三井物産などが権益を持ち、日本への輸出を目指していた。そうしたプロジェクトが侵攻によって撤退や中断の可能性も出てきたのだ。

 岸田文雄首相は3月31日の衆院本会議でサハリン2から撤退しないと明言。4月1日には萩生田光一経済産業相が閣議後の会見で、アークティックLNG2についても「撤退しない」と表明した。確かに、ロシア産LNGは輸送距離の近さや中東依存からの脱却など、調達源の多様化には欠かせない。しかし、ロシア産LNGの輸入が難しくなれば、日本のエネルギー危機はさらに深刻化する。

ルーブルは侵攻前水準に

 ロシアのウクライナ侵攻は、日本をも巻き込む“エネルギー戦争”を引き起こしただけではない。すでに“通貨戦争”の様相も呈している。対露経済制裁の一環として今回、米欧が国際銀行間通信協会(SWIFT)からのロシア排除などを決め、ロシア経済に大きな影響が及ぶことが見込まれるが、これに戦慄(せんりつ)したのが中東産油国など非西側諸国だった。

 国際決済に詳しいある機関投資家は「非西側諸国は、米欧に決済インフラを握られていては国際貿易の息の根を止められる、と恐怖を覚えている」と明かす。米ドルやユーロへの依存度を引き下げようという動きはすでに始まっているようだ。3月15日にはサウジアラビアが中国への石油輸出の一部を、ドル建てから人民元建てに変更することを検討していると米紙が報じた。

 SWIFTによれば今年1月、国際決済通貨における人民元のシェアはすでに円を抜いており、3・2%と過去最高になった(図1)。人民元だけではない。今年2月にはインドがベラルーシの国営肥料大手からインド・ルピー建てで肥料のカリを100万トン輸入する可能性があることが明らかになった。ベラルーシが欧米の制裁でドルやユーロの取引を制限されていたからだ。

 経済制裁に伴って一時、対米ドルで7割近くも暴落していたロシアの通貨ルーブルも、4月に入って侵攻前の水準に戻している(図2)。ロシアのプーチン大統領が経済制裁への対抗策として、3月5日付の大統領令で米欧日などの「非友好国」への債務の返済にルーブル建てを認めたことなどを契機にルーブルは反発。プーチン大統領は3月末、ロシア産天然ガスの支払いをルーブル建てとするよう義務付けた。

ドル基軸通貨に風穴?

 ロシアが仕掛けた通貨戦争は、ドル基軸通貨体制に風穴を開けるかもしれない。原油取引は「ペトロダラー」と呼ばれるように米ドルで取引され、これが米ドルを基軸通貨たらしめてきた。米国が米ドルの決済を握っているからこそ、世界にさまざまな影響力を行使できる力の源泉ともなっていた。資本取引を規制する人民元などが一足飛びに国際決済通貨にはならなくとも、米ドル離れが今後拡大する可能性が生じている。

 国際通貨の歴史に詳しいシグマ・キャピタルの田代秀敏チーフエコノミストは、3月24日に国際通貨基金(IMF)が公表した米経済史の泰斗アイケングリーン氏らのリポート「ドル支配のステルス(見えない)侵食」に着目する。世界各国の準備通貨における人民元などの台頭が確実に進んでいる現状に警鐘を鳴らしており、田代氏は「中東各国が対露経済制裁に前向きではない現状も見れば、米ドルの影響力はさらに下がることになるだろう」と指摘する。

 ロシアが産出する資源は天然ガスや石油、石炭にとどまらず小麦や肥料、鉄鋼製品、アルミニウム、ニッケルなど多岐にわたり、それぞれ世界シェアで上位を占める。西側諸国との貿易が遮断されても、中国など非西側諸国との関係次第では米ドルに依存しない新たな経済圏が生じる可能性もある。世界経済は歴史的な転換点の真っただ中にいるに違いない。

(金山隆一・編集部)

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