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「罪」を黒塗りの経済大国に突きつけた戦争の「恥」 特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/19〈サンデー毎日〉

グアム島で発見されてから10日目の1972年2月2日に東京・羽田空港に特別機で帰国した横井庄一さん。タラップを降りたところで第一声をあげた
グアム島で発見されてから10日目の1972年2月2日に東京・羽田空港に特別機で帰国した横井庄一さん。タラップを降りたところで第一声をあげた

 1972(昭和47)年 横井庄一さんの帰国

 1972(昭和47)年、流行語になった「恥ずかしながら」の言葉とともに横井庄一さんが帰国した。グアムの密林に28年間隠れていた元日本兵の出現は経済大国となった日本が封印した「記憶」を呼び覚ました。横井さんが戦場から持ち帰ったものは何だったのか。

「みなさんは本当の日本人かどうかわからない」

 グアム島南部タロフォフォの密林地帯で発見されて間もなく、現地で日本の記者に囲まれた横井庄一さん(当時56歳)は疑いを隠さなかったという。当時の雑誌で自身がこう明かしている。〈全部着とるものが派手なもんでしょ。全然見たことねえもんでしょ。言葉もはっきりわからんですよ、言い方が。だから、日本人だかアメリカ人だかわからん、日本人の格好をしたほんとうの日本人がどっかにいるはずだと〉(『文藝春秋』1972年11月号)

 44年3月、歩兵第38連隊の輜重(しちょう)兵としてグアム島に配置されてから28年後、いわく「国防色を着ている日本人」しか知らない横井さんが〝戦後〟にまみえる瞬間を、本誌こと『サンデー毎日』72年2月20日号が報じている。〈特別機が着いた。テレビを通して、数千万人の日本人がこの瞬間を注視している。五分、十分、十五分……とびらが、やっと、開いた。それは、いわば、タイムマシンのとびら、でもあった。(中略)横井さんは、震える、かん高い声で、まるで何かをたたきつけるようにいった――「横井庄一、恥ずかしながら、帰って参りました……」〉

 同年2月2日、横井さん帰国の光景を覚えている人も多いだろう。「恥ずかしながら」の第一声に若者が首をかしげる一方、戦中派は胸を突かれた。横井さんはジャングルの洞穴に隠れ続けた一つのわけに「戦陣訓」を挙げている。41年、東条英機陸相が示した陸軍軍人の行動規範で、「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿(なか)れ」の有名な一節は、戦場での玉砕作戦や集団自決を引き起こしたとされる。

 当時、日本のGNP(国民総生産)は西ドイツを抜いて世界第2位。『経済白書』が「もはや戦後ではない」と書いてから既に十数年がたっていた。経済大国が黒塗りした戦争の罪を「恥」の一言が解凍した。

〈日本がグアムで負けたことは、ビラや様子でわかっていました。停戦協定をして、シナ大陸(ママ)から引きあげているかも知れない。(中略)しかし、日本が無条件降伏するなんて考えられますか〉と横井さんは本誌72年12月17日号掲載の「特別手記」で述べた。帰国後も2カ月余り、軍法会議にかけられる恐怖に耐えていた。

 「英霊がどっと攻めてくるんだ」

 戦陣訓といえば前年の71年、『俘虜記』などで知られる作家の大岡昇平が日本芸術院会員に選ばれたが、フィリピンで捕虜になった「汚点」を恥じるとして辞退、注目を浴びた。その大岡は横井さん発見を速報した本誌記事で痛烈に国を批判した。〈敗兵にこのような生活を強(し)いたのは「生きて虜囚のはずかしめを受けず」という戦陣訓だが、あれはまったく悪い條項だった。そしてそう教えた国の方では、太平洋のあちこちに、横井さんのような兵隊を残したまま、降伏してしまった〉(72年2月13日号)

 海外戦没者概数240万人のうち半数の遺骨が今も帰れない。ことグアム島では2万人中、収容された遺骨は520柱(昨年末時点)にとどまる。先述の特別手記で横井さんはこう語っている。〈グアムの病院に入っていたとき、あれは一番、こわかった。英霊がどっと攻めてくるんだ。(中略)「横井、お前一人で帰るのか」って〉

 横井さん自身、44年8月に戦死公報が出され、墓も建っていた。帰ってきた横井さんは〈わしの墓は絶対にこわしちゃいかん。昔の横井庄一は死んで、いまの私は新しく生まれた横井庄一だ〉と近親に語った(本誌72年5月14日号「横井語録」)。二人の横井さん、それは戦後日本にうずもれていた記憶の断層に重なる。

(ライター・堀和世)

ほり・かずよ

 1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など

「サンデー毎日5月22日号」表紙
「サンデー毎日5月22日号」表紙

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