《ウクライナ戦争で知る歴史・経済・文学》米国のウクライナ支援、裏には中国へのけん制=渡部恒雄
米国 「真の狙い」 被害国支援の裏に中国への牽制 露軍に高くついた「侵攻の代償」=渡部恒雄
本稿執筆の時点(4月12日)で、ロシア軍は首都キーウ(キエフ)周辺から撤退してロシア国境に接する東部に兵力を集中させているが、これは電撃的な首都陥落によりウクライナのゼレンスキー政権を崩壊させ、親露政権を作るというロシアのプーチン大統領の当初の戦略の失敗を示している。(ウクライナ戦争で知る歴史・経済・文学 特集はこちら)
米国人の血流さず成果
これは多大な市民の犠牲とともに、ゼレンスキー大統領率いるウクライナ軍の勇気ある抵抗によるところも大きいが、それだけではなく、米国の開戦前からの軍事援助、米軍によるウクライナ軍への訓練、ロシア軍の作戦情報へのインテリジェンス協力、サイバー領域での協力など、手厚いバックアップなしには達成できなかった。
バイデン政権の外交・安保政策の司令塔のジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官は、4月10日の米CNNのインタビューで、「ロシア軍のキーウ周辺での敗北は、ウクライナの果敢で粘り強い抵抗による。それを可能にしたのは米国と欧州の支援した兵器であり、我々はこれを誇りに思っており、支援を継続する」と述べた。そして、「今後もあらゆる段階で、ウクライナへの支援を可能な限り継続して、ロシアとの停戦交渉で彼らの立場を優位に立たせ、ロシアへの経済制裁により、ウクライナ侵攻のコスト負担の重荷を負わせていく」としている。
ロシアとウクライナとの停戦の道筋はいまだ見えず、今後、ロシアのウクライナ東部での戦闘の激化によるウクライナ人の犠牲が増えることが予想されており、現状を手放しで喜ぶことはできないが、長期的な構図においてはロシアの戦略的失敗が明らかだ。
特に、米国が欧州の同盟国との連帯強化に成功して、ロシアからのエネルギー供給に依存するドイツなどの同盟国とともに、ロシアに厳しい経済制裁を科すことに成功したことは、バイデン政権の大きな成果といえる。しかも、アフガニスタンとイラクでの米軍の戦闘に疲れて、内向き志向が高まっている米国の有権者が望まない米軍の直接介入という重いコスト負担を避けて、米国人の血を一滴も流すことなくこれらの戦略を達成していることは、米国のロシアと中国に対する戦略的な立場を優位にしていることは間違いない。
そもそも、バイデン政権の戦略はロシアへの対処だけを考えていない。長期的には、米国と世界の安定にとって、より深刻な脅威となる可能性がある中国を念頭に置いていることを忘れてはいけない。ロシアの今回の「軍事的冒険主義」を失敗に終わらせることは、中国の武力による台湾統一という「軍事的冒険主義」の重いコストを認識させるであろう。そのためにも、米国が軍事力を温存し、欧州だけでなくインド太平洋地域の同盟国とパートナー国との関係を強化することが重要だ。
そして、ウクライナによる侵略への果敢な抵抗と、国際社会からの重い制裁により、ロシアが大きなコストを負うことで、その戦略目標の達成を断念するという既成事実を作ることこそが、米国の長期戦略への布石となる。
アジア諸国と関係強化
この戦略思考は、バイデン政権が、ロシアが2月24日にウクライナに侵攻後、1カ月以上経過した3月28日に議会に伝達した国家防衛戦略の内容が明確に示している。この文書は機密指定だが、国防総省が概要を発表して、ウクライナに侵攻中のロシアへの対処よりも、中国のほうが優先課題だと位置付けられた。国家防衛戦略の概要では、中国は米国にとって最も重大な競争相手であり、国防総省にとっての深刻化する難題だと定義し、中国への抑止力を維持・強化するために行動するとして、サイバーや宇宙などの多様な領域で高まる中国の脅威に対する米本土の防衛が強調された。
そして、目標を達成するために、自国の防衛能力向上だけでなく、同盟国やパートナー国の戦闘能力の向上などに取り組むことが重視されている。ロシアがウクライナでの莫大(ばくだい)な軍事費用を、今の厳しい経済制裁下で捻出して戦闘を継続させるためには、中国からの支援がカギとなるため、中国に対する牽制(けんせい)は中・短期的な戦術として重要だ。同時に、長期戦略においては中国の存在はより重要だ。
ロシアのウクライナ侵攻に対して、欧州の同盟国だけではなく、日本を筆頭にアジアの同盟国とパートナー国との関係を強化するのは、ロシアに対する制裁を効果的にするだけでなく、台湾をにらみ、中国に将来の軍事侵攻のコストの高さを印象付けて、軍事力行使のハードルを上げる狙いがある。
長年にわたる長期的な戦略観の的確さにより、その分析が注目されているCSIS(戦略国際問題研究所)のアンソニー・コーデスマン名誉戦略チェアは、3月23日に「米国の安全保障:ウクライナ戦争後をにらんで」という提言を発表した。そこでは「ロシアと同様に中国にフォーカスし、中国が最も深刻な脅威となっていることを認識すること」と「NATO以外の戦略的パートナーとの関係も強化すること」が指摘されている。
バイデン政権の司令塔のサリバン大統領補佐官の懐刀で次席補佐官も兼務するカート・キャンベル・インド太平洋調整官は、ブッシュ(子)政権時代に、CSISの上級副所長として国際安全保障プログラムを指揮し、アフガニスタンとイラクでの米国の戦略的失敗を分析するアンソニー・コーデスマンと一緒だった。同時期に筆者もCSISに在籍していたが、当時キャンベル直属の部下の一人が、ジュリアン・スミス現駐NATO大使であり、CSISでキャンベルの後任を務めたのが、キャスリーン・ヒックス現国防副長官だ。ワシントンのシンクタンクの戦略思考はバイデン政権に着実に反映している。
(渡部恒雄・笹川平和財団上席研究員)