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平安宮廷の「広報」から学ぶ 現代に「清少納言」が必要だ 社会学的皇室ウォッチング!/36=成城大教授・森暢平〈サンデー毎日〉

「現代の清少納言」は現れるか(写真は、2019年4月2日 代表撮影)
「現代の清少納言」は現れるか(写真は、2019年4月2日 代表撮影)

 青山学院大教授、土方(ひじかた)洋一さんの近刊『枕草子つづれ織り―清少納言、奮闘す』(花鳥社)を読んだ。「清少納言が感じたことを自由に書き綴(つづ)った枕草子」という一般的な見方を修正する良書である。彼女は、宮廷の文化活動をアピールするためのいわば広報ウーマンであった。女性皇族の活動をアピールすることが少ない現在の皇室広報のあり方と比較するとき、考えることが多かった。

 清少納言が仕えたのは、一条天皇の中宮(皇后)の定子(ていし)である。定子は、藤原北家出身。清少納言は30歳に近かった993(正暦4)年、定子の許(もと)に出仕した。定子は10代後半である。

『枕草子』には、清少納言が、漢詩や和歌の素養を定子から褒められた場面が頻出する。そのためもあり、自慢をちりばめた自己アピール本というイメージが付きまとう。しかし、『枕草子』には個人的なエッセーとは言い切れない側面があると、土方さんは述べる。清少納言は、定子からの委嘱を受け、いわば公務として、のちに『枕草子』と呼ばれることになるテキストを執筆したのだという。

 例えば、当時権勢を誇った定子の父藤原道隆は、京市内の法興院(ほこいん)内に積善寺(さくぜんじ)を建立し、その落成供養に定子が行啓したときのエピソードがある(「関白殿、二月二十一日に、法興院の」の段)。「御前(おまえ)(定子)を初めとして、紅梅の濃いものや薄い色の織り物、固紋(かたもん)、無紋のものなどを、その場にお仕えしている女房みなが着ているので、あたかも光が満ちているように見える」とある(口語訳は土方さんによる)。清少納言は、装束だけでなく、儀式の進行や寺院内の飾りつけも記録した。

 宮内庁の古文書類を集めた書陵部で、近代皇室の記録を見る機会の多い近代史研究者として、この見方はよく理解できる。近代の女官たちも「典侍(てんじ)日記」などの記録を日々付けており、誰が来て、食事に何を出して、何を贈ったかなどを細かく記録している。平安朝の宮廷と同じように日記という形で、後世の人が参照する記録を残しているのだ。

『枕草子』は、「定子後宮(こうきゅう)における公的制作物」だと、土方さんは言う。

 美智子さまの自問

「春はあけぼの」の段を考えると、春についての当時の一般的なイメージは霞(かすみ)、梅、鶯(ウグイス)などであった。しかし清少納言は、そうしたステレオタイプの解ではなく「春といったら、夜明けの時間帯の、だんだん白くなっていく山際(やまぎわ)でしょ」という意外性のある解を出した。敢(あ)えて逆を張っているのだ。

 土方さんは、『枕草子』というテキストには、宮廷社会における新しいトレンドを発信するモード雑誌的な要素があったと述べる。それは「中宮定子が後宮における唯一絶対の文化のにない手であることを認めさせる、政治的な意味を持つ発信」であったのだという。

 おそらく、定子の兄である藤原伊周(これちか)のライバル、藤原道長一派への政治的牽制(けんせい)の意味もあったと想像される。いずれにしても、当時、中関白家と呼ばれた定子の出身家の栄華の誇示という動機も、執筆の背景にあったのだ。

 さて、現代皇室である。美智子さまに関しては、『あゆみ―皇后陛下お言葉集』(海竜社、2005年)、『皇后美智子さまのうた』(朝日新聞出版、2014年)がある。文学的素養溢(あふ)れる美智子さまについて、その才気をアピールする資料だ。『あゆみ』が宮内庁侍従職監修、『皇后美智子さまのうた』には絵本作家安野光雅さんの解説が付く。

 後者には「知らずしてわれも撃ちしや春闌(た)くるバーミアンの野にみ仏在(ま)さず」という有名な歌(2001年)が掲載される。タリバンによって、アフガニスタンのバーミヤンの石仏が破壊されたことを詠んだ歌である。しかし、宗教的不寛容を嘆くのではなく「知らずしてわれも撃ちしや」、すなわち知らないうちに私も攻撃する側に加担していたのではないかと、美智子さまは自問する。

 こうした歌で私たちは美智子さまの思索の一端を知る。現代皇室の存在意義について彼女がどう考えるのかを知ることができるのだ。

 ただ、『枕草子』のような逸脱はない。清少納言は毒舌を吐いたり、皮肉を言う。『枕草子』には、回想的な性格のテキストが混在するためだという。こうした『枕草子』的面白さがあれば、いわゆる「美智子さま本」の魅力はより増す。

 共同参画社会と雅子さま

 雅子さまについてはまだ、そうしたテキストはない。代替わりから3年なので、仕方がない。ただ今後、雅子さまのどういう側面をアピールすべきなのか、宮内庁は考えるときにきている。

 雅子さまの過去の歌には、愛子さまの成長を詠んだものが多い。雅子さまにとって子育てこそ、過去20年間の最大のイベントであっただろう。それはそれで良い。 ただ外務省に勤め、そのキャリアを中途で断念し、皇室入りした雅子さまは、男女共同参画社会のなかで何を考えるのだろうか。今後の発信内容は、より戦略的であったほうが良い。

 多様な生き方が認められる21世紀のこの国では、傷ついたり、挫折したり、回り道をすることはマイナスではない。むしろプラスに転化する可能性を秘める。

 愛子さまが生まれるまでお子様をなかなか授からなかったこと、適応障害に苦しみ公務に十全に当たれなかった経験こそ、お聞きしたいと思うのは私だけなのだろうか。

 かつての皇室は「国民の理想」でなければならなかった。しかし、人びとすべてから共感を得る必要はもはやない。傷ついた経験を隠さず、率直に人びとに伝えていったらどうだろうか。

 昭和の皇室には、侍従・入江相政(すけまさ)という語り部がいた。旧公家出身の入江には和歌の素養やユーモアがあり、昭和天皇の人間性を描けた。『入江相政日記』の最後部は出版することが決まってから書かれたものだ。出版を前提とした日記が、日記と言えるのかという批判があったが、日記とは、実は誰かに読まれることを想定した書き物である。

 雅子さまの考え方を、分かりやすく紹介する側近がいたら、21世紀の皇室も大きく変わるであろう。そうした広報マインドを持った「現代の清少納言」の出現を期待したい。

もり・ようへい

 成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など

「サンデー毎日6月19・26日合併号」表紙
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