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かつては技術と統合の象徴 「お田植え」はどこへ行く? 社会学的皇室ウォッチング!/37=成城大教授・森暢平〈サンデー毎日〉

田植えをされる天皇陛下(皇居内の水田で 5月18日)=宮内庁提供
田植えをされる天皇陛下(皇居内の水田で 5月18日)=宮内庁提供

 季節はやや進んでしまったが、皇室の田植えについて考えたい。天皇陛下は5月18日、皇居内の水田で田植えをした。天皇の稲作は、「伝統」として受け止められることがある。しかし、実は違う。昭和初期に開始された「創られた伝統」だ。そのことを考えると、皇室と近代という問題が浮かび上がってくる。

「陛下は水色の長袖シャツと紺色のズボンに長靴姿で、うるち米の『ニホンマサリ』と、もち米の『マンゲツモチ』の苗を計20株植えた」(『毎日新聞』5月19日)。定番の記事だ。私が宮内庁担当記者だった1990年代半ば、「ニホンマサリ」「マンゲツモチ」という品種名を深く考えることなく毎年、記事にしていた。

 だが、「ニホンマサリ」と「マンゲツモチ」が、皇室とともにある古代米だと考えてはいけない。「ニホンマサリ」は72年に品種改良の育成が終わり、農林省(現・農林水産省)が翌年から埼玉・山梨などで奨励品種に指定し普及を図った。「マンゲツモチ」も62年に育成が終了して、やはり翌年から奨励品種となった。どちらも新しい。こうした新品種が白酒(しろき)・黒酒(くろき)に醸造されて、11月23日の新嘗(にいなめ)祭で宮中の神嘉殿に供えられる。伝統は技術革新と融合しているのだ。

 ちなみに、皇居でとれた米を醸造するのは宮内庁御用達の民間の酒造業者だ。

 ところで現在、「ニホンマサリ」は一般にはほとんど生産されていない。「マンゲツモチ」が高級なもち米としてもてはやされているのとは大きな違いである。

 伝統でなく、惰性

 実は、皇居の水田で作付けされる米は、農林省が栽培を勧める奨励品種であった。例えば、72年の皇居ではうるち米が「コシヒカリ」、もち米は「埼玉10号」が植えられた。「コシヒカリ」「埼玉10号」では、皇居の田植え記事として身近すぎる感がある。しかし、当時は関東地方の米農家に推奨される改良品種であった。

 皇居の稲作が始まったのは昭和天皇が即位した直後の1927(昭和2)年。このとき育てられたのは「愛国」「神力(しんりき)」「亀の尾」。昭和初期の3大品種であった。「愛国」は日清戦争前後に開発された品種で、多収性から関東地方の農家でもてはやされた。この年より少し後、化学肥料全盛の時代になり、それに耐えられない「愛国」の時代は終わる。ただ、27年の段階では、今で言えば「コシヒカリ」的な地位にある優良品種だった。

 米は日本の主食で、日本人の精神性を象徴した。稲作は国を支えるべき基幹産業と考えられていた。収量性を上げ、耐病性・耐冷性を向上させることが、農林行政の中心的課題であった。大正期には人工交配の技術も実用化され、優良品種が次々と生み出されていった。

 昭和初期から始まった皇居の稲作は、伝統の再現ではない。農林省が、米作りのイノベーションを天皇を利用して発信するプロモーションだったのだ。

 そのことは、農林行政が稲作の多収性ばかりに目を配っていた70年代までは実質的な意味があった。ところが、米の過剰生産が社会問題となる。そして、米は多収性よりも「味」が重視される。すると、皇居の米作りにあった農業振興という意味は徐々に失われる。米作りが基幹産業だからこそ、日本の中心で天皇が米を作り、その米が最先端品種であることに意味があったのに、その時代は高度経済成長とともに終わった。

 皇居で作られる米は、1976年にうるち米で「ニホンマサリ」が、84年からモチ米で「マンゲツモチ」がその地位を占めるようになり、以後、変更がなくなる。「消費の時代」の皇室という変化を考えると、現在東日本で圧倒的な作付け割合を誇る「コシヒカリ」「ひとめぼれ」を作ったほうが、人びとは皇室により親近感を持つかもしれない。かつての「愛国」「神力」「亀の尾」にはそうした効果が期待された。しかし、「消費の時代」のなかでは、今度は特定のブランド米を皇室が宣伝する結果になってしまう。

 だからこそ、今はほとんど見られなくなった「ニホンマサリ」が皇居で作られている。それは伝統ではなく、惰性の産物である。

 「稲も亦大和民族なり」

 天皇の米作りには国民統合という意味もあった。皇后宮大夫(だいぶ)の河井弥八が中心となり、赤坂御用地に稲田「開拓」が企図され、前述した1927年、天皇が田植えと稲刈りを行う様子を国民に広く伝えるプロジェクトが開始された。最初の「お田植え」は6月14日。『東京日日新聞』(現・毎日新聞)は、「泥にまみれ給(たま)ひ聖上親しく御田植」との見出しを取った。天皇は鼠(ねずみ)色の運動服で、「賤(せん)の男女」あるいは「農民」の「労苦」を体験した。

 稲刈りの際の『東京朝日新聞』(27年10月2日夕刊)によると、昭和天皇は9月30日、「刈り入れ時が迫っている。今日これから収穫しよう」と急遽(きゅうきょ)提案し、農林省農事試験所長が呼ばれ、午後3時から稲刈りが行われた。この記事では、「電気精米機」を使って白米とされることも紹介される。強調されるのは、天皇自ら農作業を行う姿と稲作の技術イノベーションである。旧慣保存・伝統維持ではなく、稲作革命推進が、皇居の米作りのモチーフであった。

 食と農の思想を研究する農業史家、藤原辰史(たつし)京都大人文科学研究所准教授は、戦前の農事試験場所長の「稲も亦(また)大和民族なり」という言葉を紹介する(『稲の大東亜共栄圏』)。万世一系の神聖性の象徴である天皇と民たちが、米作りという媒介(メディア)を通じて、大和民族としての統一性を与えられる。

「農民の王」が人びとと同じように農作業にあたることが、ことさらに強調された。

 最初の「お田植え」の日、静岡県上張(あげはり)村〔現・掛川市〕の穀倉地帯出身の河井は「陛下御親(みずか)ら田植を遊ばさる。真に恐懼(きょうく)とも歓喜とも名状し難(がた)き思あり。此(この)陛下を仰ぐ国民こそ至幸なれ」と素朴に感激した(『河井弥八日記』第1巻)。

 皇居での米作りは、技術革新と国民統合を目指した近代的営みだった。近代という時代が大きく変わる今、皇居の稲作はどこへ向かうのだろうか。

もり・ようへい

 成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など

「サンデー毎日7月3日号」表紙
「サンデー毎日7月3日号」表紙

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