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異次元緩和で深まる国民の痛み、黒田日銀総裁の「罪と罰」=浜矩子

参院財政金融委員会で質問に答える日銀の黒田東彦総裁=国会内で2022年6月7日撮影
参院財政金融委員会で質問に答える日銀の黒田東彦総裁=国会内で2022年6月7日撮影

毀損する「円」

 自国通貨安を意図的に誘導して繁栄した国はない。

大誤算の日銀「異次元緩和」 一層深まりゆく国民の痛み=浜矩子

 黒田東彦総裁率いる日本銀行が2013年4月に始めた「異次元緩和」(正式名称は「量的・質的金融緩和」)に対する天罰がいま日本経済を揺るがしている。

 それは、単なる政策の失敗にとどまらない「政策の犯罪」と呼ぶべき所為である。国民は今、その当然の帰結を目の当たりにしている。その痛みはこれから増していくに違いない。

“脱法的”な手法

 犯罪とはただの比喩ではない。「罪その一」。中央銀行にとって禁じ手の財政ファイナンスに乗り出したことだ。歴史をひもとけば、通貨価値を損なう政策が悲劇をもたらした事例は枚挙にいとまがない。

 例えば、18世紀前半のフランスで経済崩壊をもたらした「ミシシッピ会社事件」。王立銀行が事業実態のない会社(ミシシッピ会社)の株式を発行し、虚偽の情報を流して株価を高騰させて、国民が株を購入した資金は国債償還に充てられた。その後、事業の中身のなさが知れ渡り、株式も通貨フランも無価値になった。

 第一次大戦の敗戦国ドイツが1920年代に経験したハイパーインフレは、巨額の賠償金の財源を捻出するために、当時の中央銀行(ライヒスバンク)が短期国債を引き受けることで発生した。通貨暴落がドイツ国民に屈辱をもたらし、ナチス台頭の温床になった。旧大日本帝国は、日中戦争・アジア太平洋戦争の戦費を国債で賄い、その大半を日銀が引き受け、戦争継続の「打ち出の小槌(こづち)」となり、戦後の急激なインフレと預金封鎖を招いた。

 中央銀行による財政ファイナンス、すなわち中央銀行が政府の借金(国債)の直接の引き受け手になることは、歴史の教訓を経て厳格な封印を求められてきたのだ。黒田氏は、13年3月の就任以降、従来とは桁違いの国債大量購入を宣言。国会や記者会見などで、「これは財政ファイナンスではないか」という質問に対して、それを繰り返し否定してきた。しかし、黒田体制以降、日銀の国債保有残高は急増(図1)。政府と日銀の財政は事実上一体化している。

 財政法第5条は財政ファイナンスを禁じている。形式上は、異次元緩和の下でも日銀は国債を市場で買っているのであって、政府から直接、国債を引き受けているわけではなく、あからさまな法律違反を犯しているとはいえない。だが、発売直後の国債を電光石火で買いまくることは、ギリギリで法律の枠内にとどまる“脱法的”な手法にほかならない。多くの金融政策の専門家が、日銀はすでに財政ファイナンスに手を染めていると指摘しながらも、黒田氏は自らの政策が財政ファイナンスであることを否定しなければならない。

「罪その二」。歯止めを意識することのない自国通貨安の追求である。自国通貨安の追求については、黒田氏は、もう少し正直だ。彼は一貫して「円安は日本経済にとってプラス」だと言い続けている。円安に関しては、黒田氏は、それが「日本経済にとってプラス」であることをそれなりに信じているようだ。そうだとすれば、時代錯誤である。日本経済はその姿が大きく変貌しているからだ。

 かつての日本経済は、確かに円安頼みの輸出主導型経済だった。戦後、71年まで22年間続いた1ドル=360円の固定為替相場時代に、日本経済はこの為替レートの恩恵を享受した。たった1ドルで日本製の高品位なブラウス(ワンダラー・ブラウス)が買える。これが米国の消費者を魅了し、同国の繊維メーカーを震え上がらせた。

 その後も、何かにつけて円安は日本経済にとって強力な頼みの綱だとみなされ続けた。85年9月にG5(先進5カ国)が、ニューヨークのプラザホテルで合意(プラザ合意)を交わした時、円高進行の容認を求められた日本は恐怖におののいた。円高不況の回避が至上命令となる中で、政府・日銀は金融の大緩和に乗り出した。その帰結がバブル経済と崩壊による「失われた10年」だった。

 プラザ合意の時点で、日本経済の変貌は既に始まっていた。その延長上にある今日の日本経済は、輸出大国ならぬ輸入大国だ(図2)。産業構造が第1次、第2次、第3次と進展し成熟度が増していく大きな経済においては当然の流れだ。生産、生活両面で多様な輸入品に依存している。製造業が海外に移転し、日本企業の海外拠点からの部材調達も、日本の輸入規模を押し上げる。黒田氏の頭の中は、まだ日本において輸入品が高額で贅沢な「舶来品」だった時代にとどまっているのだろうか。

統制経済への道

「二つの罪」に対する報いは、「二つの痛み」として、この先、日本の国民を襲うことになると考えられる。一つが生活苦だ。次に統制経済化である。

 生活苦は既に始まっている。ガソリンや食材の値段がどんどん上がり始めた。新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を被った勤労者に対して、円安がもたらす生活費の上昇が新たな苦渋となって襲い掛かっている。この状態を目の当たりにして、黒田氏は、なおも「円安は日本経済にプラス」と言い続けるのか。ここに来て、若干、言い方を調整してはいるが、現下の円安進行に対して決して警戒感を示すにはいたっていない。

 統制経済化も兆候が表れ始めている。ガソリン・灯油価格の上昇抑制のための補助金支給である。これを出発点に、さまざまな商品が価格統制の対象となるかもしれない。行き着く先は配給制か。

 それにも増して怖いのが、筆者が「アホノミクスの大将」と呼ぶ安倍晋三元首相のトンデモ発言だ。5月9日、大分市での講演会で「日銀は政府の子会社」だと彼は言った。この種の発言は今に始まったことではない。だが、ここまで大っぴらにこの主張を披露する態度は、いよいよ箍(たが)が外れたような様子で恐ろしい。自国民を苦しめる自国通貨安を「プラス」とし、首相経験者が中央銀行を政府の子会社と述べてはばからない国。そんな日本とその通貨は、世界から見放されるに違いない。

(浜矩子・同志社大学大学院ビジネス研究科教授)

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