戦後日本2度目の“資源安保”事態を奇貨に=荒木涼子/和田肇(編集部)
衝撃は石油危機に匹敵
ロシア・ウクライナ戦争をきっかけに、エネルギーから食料、鉱物まで世界的な資源争奪戦が起きている。
「資源小国」日本の正念場=荒木涼子/和田肇
ロシアのウクライナ侵攻に伴い、エネルギーや食料など資源の価格が高騰している。それが急激なインフレを引き起こした。ロシアの資源への依存度が大きい欧米に端を発したインフレは世界に波及している。世界の消費者物価指数(CPI)を見ると、5月に米国で約40年ぶりの上昇幅となる前年同月比8.6%を記録(米労働省)。ユーロ圏19カ国では同8.1%上昇で、記録のある1997年以降最高となった(EU統計局・速報値)。アフリカやアジアでも物価は急速に上昇している。日本は、5月のCPI(生鮮食品を除く)が前年同月比2.1%上昇し、9カ月連続の上昇となった。消費税の影響を除けば、約13年半ぶりの高水準を付けた(図6)。(止まらないインフレ 資源ショック 特集はこちら)
今世紀に入って、空前ともいえる世界的インフレを招いた資源価格の高騰は、世界有数の資源輸出国であるロシアとウクライナの戦争によってサプライチェーンが遮断され両国からの資源輸出が激減したことで起きた。
ロシアは原油と天然ガス、産業に不可欠な鉱物資源、さらには小麦など穀物のほか豚や鶏などの肉類にまで及ぶ資源の一大輸出国である。ウクライナもチェルノーゼムと呼ばれる肥沃(ひよく)な穀倉地帯を有し、古来「ヨーロッパのパン籠(かご)」と呼ばれるほど中東や欧州諸国に小麦を供給し続けてきた。両国から供給されてきた資源が、世界市場から、ごっそりと消えるインパクトは計り知れない。
供給懸念に拍車を掛けたのが、旧西側諸国を中心とした先進国が発動するロシアへの経済制裁である。戦争で供給が減ったところに、さらにロシアの資源輸出収入の経路を絶つ目的で、ロシア産の原油や天然ガスに輸入制限をかけた。
一連の制裁はロシア経済に甚大な打撃を与える一方で、ロシア産の資源に依存する国々にとっては、自らの首を絞める「もろ刃の剣」でもある。収入を奪われたロシアが限界を迎えるのが先か、エネルギー危機とインフレで先進国が音を上げるのが先か──。両陣営の攻防は「チキンレース」の様相を呈している。
原油高一服の鍵は中東
ロシア・ウクライナ発の「資源ショック」は、世界にどれほどの衝撃を与えるのか。特にインパクトが大きい「原油」「天然ガス」「小麦」の3資源について、侵攻前の平常時に、ロシアとウクライナの両国がそれぞれ、世界輸出市場などで、どのくらいの割合を占めていたかを調べた。
まず、2019年の世界の原油生産量を見ると、日量換算で9519万バレルだった。
内訳を見ると最大の中東は約3000万バレル。次いで、北米2500万バレル。ロシアは3位の約1200万バレルで、世界の約13%を占めていた(図1)。世界輸出の1割以上が失われる影響は大きい。特に深刻なのは、1200万バレルのうち、約250万~270万バレルを輸入していた欧州だ(表1)。対ロシア依存度は53.5%に達していた。重油や軽油など石油製品の依存度は64%にもなった。
だが、侵攻後の今年6月3日、EUはロシア産石油禁輸措置を発動。今後、欧州向けの9割のロシア産石油がストップする見通しだ。EUが中東などロシア産原油の代替先を確保できなければ、EU圏を中心に原油が枯渇し、価格が暴騰、他の産地に連鎖していくという最悪の事態もありうる。
天然ガスは、19年の世界生産量が3兆9893億立方メートル(BP統計)で、このうちロシアは北米、中東に次ぐ世界3位の6790億立方メートルだった(図2)。20年の輸出量で見ると、ロシアは約2387億立方メートルで、欧州は約1850億立方メートルを輸入、対ロシア依存度は75.5%に達する(表2)。ロシアからの供給がストップすれば、すぐに世界的な供給不足につながる可能性が大きい。
21年の天然ガス消費量で計算すると、欧州が輸入するロシア産天然ガスが3分の1に減少した場合、世界の全供給余力の天然ガスを輸入しても、欧州はLNGで年間約3280万トン、パイプラインで同約240万トン不足する可能性がある。日本もLNG約7500万トン輸入(21年)のうち、ロシア・サハリンからの輸入が約600万トンあり、サハリンからの供給が止まれば、代替先を探さなければならない。
貧困層直撃する小麦不足
小麦はロシアとウクライナを合わせると世界輸出の3分の1を占める。米農務省の推計データ(22年6月発表)によると、21/22年度(21年7月~22年6月)の輸出量はウクライナが1900万トン、ロシアが3300万トンで、世界全体の輸出量(2億119万トン)に占める割合は、それぞれ9.4%(世界第4位)、16.4%(同1位)だ(図3)。
ウクライナは21年秋までの天候が良く豊作が見込まれ、同省は、侵攻前の2月時点で過去最高の2400万トンが輸出されると予測していたが、侵攻の影響で収穫面積は前年度より21%減る見通しを示した。さらに、穀物貯蔵施設や輸送インフラが破壊された上、主要な輸出港だった黒海沿岸は激戦地となり、これまでのように海上輸送ができる状態にない。同省は、22/23年度輸出量は前年度比47%減少すると見込む。
ウクライナ、ロシア産の小麦は中東やアフリカ諸国に多く輸出されており(図4)、小麦の不足や価格高騰は、貧困国の最貧困層を直撃する。食料不足が政情不安につながる懸念もある。
原油、天然ガス、小麦の20年以降の国際取引価格を見ると、いずれもコロナ禍から経済が回復し始めて以降、急上昇しているのが分かる(図5)。
エネ政策は大変革の時
「資源小国」の日本は、このショックを乗り切れるのか。
エネルギー問題に詳しい国際大学の橘川武郎教授は、「エネルギー価格はすでに21年時点で相当上がっていた。特に液化天然ガス(LNG)は深刻で、結果、代替の火力発電の燃料として石炭が選択された。世界の石炭火力発電の発電量が初めて10兆キロワット時を超えた。そういう状況で侵攻が起きた」と指摘する。
英調査会社エンバーによると、20年は9兆2123億キロワット時だった。記録のある00年(5兆7157億キロワット時)以来、上昇傾向が続く。「昨今のエネルギー問題は根が深い。1973年のオイルショック以来の危機が起きている」(橘川教授)。
新型コロナウイルス感染拡大直後の20年4月には、需要急減から石油の国際価格指標であるニューヨークWTI原油価格が一時マイナスを記録。その後は世界の景気回復に伴って上昇傾向となるも、カーボンニュートラルの流れを受けて投資が抑制された。
加えて石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟の産油国でつくる「OPECプラス」の存在感も増しており、経済安全保障上のリスクも読みにくくなっている。
橘川教授は日本のエネルギー政策についても次のように警鐘を鳴らす。
「オイルショック当時、70年ごろからエネルギー価格は上昇していた。そんな世界情勢を受けて、今の資源エネルギー庁が73年にできた。今、エネルギー政策の方向性を大胆に一から変えないといけないくらいのインパクトが起きている」。
石油や天然ガスの全消費量を輸入に頼り、食料自給率も低い日本は、未曽有の資源ショックを「奇貨」として「資源」安全保障政策を見直すべきときに来ている。
(荒木涼子・編集部)
(和田肇・編集部)