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経済・企業 注目の特集

不正は問う「誰のための統計か」=黒崎亜弓

 再び公的統計への信頼を揺るがす不正が発覚した。「信用できない」と見切るのは簡単だが、何をもとに社会や経済の現状を知り、かじ取りを議論していけばいいのか。公的統計はデータの公共インフラだ。(統計クライシス 特集はこちら)

根強い“省庁の専有物”意識=黒崎亜弓

「個人的な感触だが、GDP(国内総生産)への影響は軽微だ」

 昨年12月に発覚した国土交通省の建設受注統計における不正問題は、この発言で幕引きされた。5月、有識者会議の美添泰人座長(青山学院大学名誉教授)が報告書を提出した後の記者会見で問われ、こう認識を示したのだ。

 会議は当初、二重計上で過大となっていた受注総額を遡及(そきゅう)改定する方法を検討するために設けられた。それが「国民の関心」を理由に建設関連統計への影響を試算。さらに座長は報告書にないGDPへの影響について言及した。

 しかし、GDPへの影響だけで不正のインパクトは測れない。2018年末に発覚した厚生労働省の毎月勤労統計の不正と合わせ、公的統計の劣化が現れている。

 不正の背景にリソース不足が挙げられるが、体制を充実させれば済むわけでもない。二つの統計不正は同じ構図で、問題はより深刻化している。根底には、歴史的に「省庁の専有物」であり続けた日本の公的統計の体質が横たわる。

どこからが“不正”か

 二つの不正を図1に整理した。

 第1段階は、調査票を集計し、賃金や受注総額の推計値を導くプロセス上の誤りだ。発端は、どちらも10年以上さかのぼる。

 毎勤は事業所に毎月、支払った給与総額などの回答を求めるが、事業所の苦情を受け、全て調査する層を3分の1抽出としていた。建設受注統計では建設業者が毎月の受注額などを答えるが、集計に遅れて提出された調査票を書き換え合算していた。

 そこに過失が重なり、長年にわたって結果が過小・過大になった。毎勤では3分の1抽出の復元を集計プログラムに反映しなかった。建設受注統計では、未回答分の補完を始めた際、合算との二重計上が生じることを見落とした。

 第1段階だけをみると、書き換え合算や無断抽出は不適切で、過失が重なり推計値を上下させていたものの、“不正”とまでは言い切れないかもしれない。

 問題は第2段階、ここ数年の間に内部で気づいた後の対応にある。どちらも公表せずに是正を図ったのだ。正規の手続きに従って調査・集計方法を変更するタイミングで是正したため、過小・過大の解消による値の動きは、方法変更による動きに紛れた。

 建設受注統計では隠蔽(いんぺい)行為も加わった。国交省は統計委員会の評価分科会に対して、合算の是正についてのみ報告した形を装っていた。議題である推計方法変更についての説明資料の末尾に「参考資料」として1ページ。会議で言及はなかった。

「(統計委員会が)知らないということはないです」。書き換え合算と二重計上をスクープした『朝日新聞』は、国交省に照会した際、担当者がこう答えたことを伝える。

戦前・戦後に通じる姿勢

 長年の過ちをさかのぼる困難を思えば、公表のハードルは高い。しかし、ひそかに修正するのは、何かを知るために統計を手がかりにするユーザーへの認識が欠けた行為だ。

「戦前戦後を通じて統計の形は変わっても、官庁の専有物であるという根本の姿勢は変わっていない」。統計史を研究する佐藤正広・東京外国語大学特任教授はこう指摘する。近著『数字はつくられた』(東京外国語大学出版会)で、相次ぐ統計問題に日本の統計が歩んだ道のりを重ね合わせた。

 専有物ゆえ官庁は、作成する統計に対する外からの介入を“迷惑”だと感じる。部外者の統計委員会などには適当に届けておき、与えられたリソースの範囲内で作っておけばいいと考えるわけだ。

 日本と対比するのが西欧だ。国家が政策を導くための手段と、社会問題の解決を見いだすための公共財としての側面がせめぎあい、統計が発達していった。

 たとえば、英国では産業革命を経た1830年代、工場経営者や医師が労働者の生活実態を把握しようと調査を始め、各地に統計協会を設立した。「貧困や犯罪が深刻な課題だったが、現状を知らなければ解決もできないと考えられた」(佐藤特任教授)。

 民間統計は人材と資金両面で壁にぶつかり、国家統計に肩代わりされていったが、彼らは国家が作る統計に対する関心を持ち続け、チェックや要求を行った。

 一方、日本では江戸時代以来、もっぱら統治のためのものだった。明治以降は、各官庁がそれぞれ業務に必要なデータを集め統計を作った。敗戦後の統計改革で、そこに統計学の標本理論が導入された。無作為抽出して調査を行い全体を推計することで、戦前より精緻なものとなったが、官庁の専有物であることは変わらず、市民社会のニーズも少なかった。

法改正に実態伴わず

 公的統計を公共インフラに位置付け直そうとしたのが07年、60年ぶりに改正された統計法だ。「国民にとって合理的な意思決定を行うための基盤となる重要な情報」と明記し、行政に作成責務を課した。

 統計改革の中心となった吉川洋・東京大学名誉教授は、「旧統計法では驚くことなかれ、行政官庁が使うために作っているものだった。たとえれば軍用道路だ。法改正で『軍も使うが、皆が通れる道路』としたが、そのコンセプトは実現していない」と話す。

 省庁の意識はそうそう変わらない。14年から統計委員会委員長を5年8カ月務めた西村清彦・政策研究大学院大学特別教授も、「統計委員会は司令塔であるはずが、当初は省庁から諮問がなければ審議できなかった」と振り返る。

 諮問がない統計の審議に踏み出し、取り上げたのが毎月勤労統計だ。長期にわたって諮問が行われていなかった。検討3年、不正発覚に至る。建設関連の統計は、GDPをより実態を反映した数字とするため、基礎統計を見直すうえで、焦点の一つだった。

 毎勤不正を受け、統計委員会は56の基幹統計を点検していたから、建設受注統計がすり抜けていたことはショックを与えた。点検は省庁の自己申告に基づき、毎勤での問題点以外について報告するかは省庁に委ねられていた。

 今回、再び省庁に対して対象を広げた調査が行われるが、自己申告であることは変わらない。統計委員会の権限は強化されてきたが、省庁に踏み込むまではできず、十分な調査リソースもない。

行政記録で不可視化も

 不正を受けて検討される改善策は、品質管理の発想に基づくマニュアル整備と、人材リソースの質・量両面の拡充に集約される。

 ただし、品質管理の先にはその形骸化という新たな課題が待ち受けることを、製造業各社で発覚した検査不正は示す。マニュアル整備により、作成プロセスを透明化することが求められる。ブラックボックスだと、外部からチェックしにくく利用の壁となるからだ。

 最大の課題とされるリソース拡充も、「省庁の専有物」である限り、微増しか望めないだろう。

 一方、統計作成の効率化のため取りざたされるのが行政記録の活用だ。たとえば、事業者の売上高は税務データから把握できる。回答者負担が減り、統計が網羅する対象が広がると期待される。行政記録情報の“本丸”といえる国税庁も昨年、重い扉を開き始めた。

 ただし佐藤教授は、統計を“我が物”として使う市民社会の色合いが薄い日本で、「統計の不可視化」を懸念する。「統計を作るために調査するのは、国が『このようなデータを持っています』と宣伝するようなもの。行政記録を使うようになれば、人々は統計が作られていることすら意識しないようになりかねない」。

 それは、政府が進めるEBPM(証拠に基づく政策立案)にも通じる。データ分析に基づいて政策の必要性や効果予測、評価を示すことを目指すが、そこに透明性が確保されていなければ、省庁が政策を正当化するツールに過ぎず、合意形成にはつながらない。

「お上が作る」統計が信用されないのは今に始まったことではない。統計を無視すれば、官庁の懐で劣化するだけだ。公共インフラとして立て直すことで初めて、データを基に現状認識を共有し、人々が同じ土俵で議論できる。

(黒崎亜弓・ジャーナリスト)

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