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過剰自粛に自ら「待った」 見えた「平成皇室」の萌芽 1988(昭和63)年 昭和天皇ご容体急変

東京では浅草寺の本堂落慶三十年記念大開帳から商店街のイベントまで中止となった=1988年10月
東京では浅草寺の本堂落慶三十年記念大開帳から商店街のイベントまで中止となった=1988年10月

特別連載・サンデー毎日が見た100年のスキャンダル/26

 40代半ばから上の世代なら2度の「改元」をつぶさに見てきたはずだ。生前退位に伴う令和の訪れと異なり、平成への代替わりは昭和天皇の過酷な闘病の過程でもあった。列島が自粛ムードに包まれる中、人々は息を詰めて「Xデー」へのカウントダウンを聞いた。

 場立ちと呼ばれる証券マンが手ぶりで注文をさばく立会場が東京証券取引所にあった頃、売買が殺到し混乱すると場内に笛が鳴り、取引が一時中断された。1988(昭和63)年9月20日、東証ではこの「笛吹き」が13回も行われたという。

〈紙、パルプ、インキ、印刷、印刷機械などの〝元号関連株〟は急騰した〉と本誌『サンデー毎日』同年10月9日号は伝える。前日の9月19日夜、昭和天皇は吹上御所の寝室で大量吐血。「天皇陛下ご容体急変」の報道にカレンダーの刷り直しなど「改元需要」による株高を見込む投資家の買いが集中したのだ。事実、政府が新元号選定に動いた、と一斉に伝えられた。本誌同号は〈首相官邸や内閣内政審議室に右翼団体などから脅しや抗議の電話が数十本かかってきた。「天皇がご存命中にけしからん」という指摘である〉と書いた。

 もっとも、肝心の昭和天皇の病状は密室に封じられていた。87年9月に腸の手術を受け、腹部にがんが見つかったが、「慢性膵炎(すいえん)」と発表されていた。大量吐血の後、数社が病気はがんだと報じた。しかし、告知されていない昭和天皇本人の目に触れるという宮内庁側の懸念に応じ、「がん報道」は控えられていった。

 一方、菊のカーテンの外側では「陛下の下血止まらず」「陛下また200㏄輸血」といった記事が新聞に載らない日はなくなり、血圧や体温など定時の「ご容体」がテレビ画面に映るのが日常の光景となった。昭和天皇の病気が何なのかを知らないまま、少なくない国民が記帳の列に並んだ。

〈タイトルがタイトル。天皇陛下の状態からみてまずいだろうと、思ったので〉と、本誌10月9日号に載ったコメントの主は映画配給会社松竹の宣伝部。公開予定の映画「バカヤロー!私、怒ってます」(森田芳光脚本)の宣伝のため東京都内の神社で開くはずだった「バカヤロー!供養」というイベントを見合わせた。

 「皆さん」に漂った新時代の息吹

 いわゆる〝自粛〟の波は瞬く間に全国に広がった。本誌10月30日号は「自粛列島」調査として、中止された名だたる祭りやイベントの一覧を掲載。東京の神田古本まつりが「まつり」を「市」と名前を変えて準備を進めたが、それでも中止に追い込まれたエピソードを拾い上げている。真相は不確定だが、秋祭りの中止決定後、夫婦心中した露天商のケースもあった。

 昭和天皇のがんが公になったのは89年1月7日、すなわち「崩御」があった朝に藤森昭一宮内庁長官から死因として発表された。侍医に「いつ治るのか」と尋ねながら、前年9月の急変以来、ベッドを離れることはかなわなかった。

「昭和天皇 崩御」と題した本誌緊急増刊(1月28日号)には〈病名を覆い隠すことに終始していたとすれば、非常に切ない〉として、がん告知を巡る国民的議論の高まりを期待する医師の談話が載っている。平成の天皇(今の上皇さま)が2003年、前立腺がんの手術を受け、自ら病状の公表を望んだこととは対照的だ。

 その上皇さまが昭和天皇の闘病中、「自粛の行き過ぎは陛下のお心にかなうものではない」と皇太子として発言したことは記憶されていてよさそうだ。生前退位の意思を示した16年の「おことば」には〈天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます〉(宮内庁サイト)の一文がある。

 本誌1989年1月29日号は、新天皇が即位後の第一声で国民を「皆さん」と呼んだことを〈ちょっぴり新味を感じさせた〉と書いている。

(ライター・堀和世)

ほり・かずよ

 1964年、鳥取県生まれ。編集者、ライター。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長を経て2020年に退職してフリー。著書に『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)、『小ぐま物語』(Kindle版)など

「サンデー毎日7月31日号」表紙
「サンデー毎日7月31日号」表紙

 7月19日発売の「サンデー毎日7月31日号」には、ほかにも「『安倍元首相銃撃』と『日本の危機』」「国民健康保険料が高すぎる! 生存権を脅かす〝取り立ての非道〟」「コロナ禍時代 高齢者『孤独死』の究極防衛」などの記事も掲載しています。

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